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キミの隣で、満月を。   作者: 明琴
3/10

変わりゆく、ものがたり。

主に、クレア視点で物語が進んでいく予定です。

他の視点の時は、「side…」と文の始めに明記していきたいと思います!

──今だ。


森の茂みに身を潜め、私はそっと手元の弦を引いた。

目の前には、夢中で草を(ついば)む小鹿が一頭。


もちろん、小鹿とはいえ軽く50㎏は越える大物。

仕留めれば、三人家族の我が家では一週間はもつであろう、貴重な栄養源でもあった。


「……。」


タイミングを見計らい、焦点を確実に定めていく。

例え殺す相手とはいえ、一発で仕留め、苦しむことなく逝かせてやりたい…。

これは、森の恩恵を直に受ける狩人としての、森に対する礼儀のようなものでもあった。


[どうか、そのままじっとしていて…]

私は、心の中で小鹿への謝罪を唱えながら、張り詰めた弓を最大限まで引き、そして。









『ギャアアアアアアアアアアアアアアっっっ!!!!!』


「っ!?」


耳をつんざくような、子供の甲高い声。

しかし、自分が昔から狩り場としているここら一帯は、子供がそう簡単に迷い込んでしまえるほど、小さな森の浅瀬などではなかった。


ずっと、ずっと、奥深くの手付かずの森。

なのに今、はっきりと子供の声がした。


いや、悲鳴に近い、痛烈な叫び声だった気がする。


「まさか、そんなこと…」

悲鳴に怯えて逃げてしまった鹿などもうどうでもよく、私は、声のする方へと足早に歩き出した。




…あるはずない、そんなこと、あるはずがない。

もう狩人になって十二年も経つが、この森でその存在を見かけたことは、まだ一度もなかった。


─獣の耳を持ち、人の成りをした人害の獣。

その八重歯は人間のそれより鋭く、犬並みに鼻が利き、運動神経に置いては右に出るものはいないという、ヒエラルキーの頂点に君臨する自然界の絶対王者。




─そして。


人間の恐れる最大の敵であり、私の大切な人を奪った憎むべき仇。



「そんなに騒ぐんなら、今すぐ味見してやってもいいんだぜ?」



ただ、現実というのはどこまでも残酷で。

そのことを身にもって知っていた私は、一欠片の希望を抱くことすらせず、ただただその姿を視界の端に捉えていた。





───人狼…。


やはり、予感と悪寒は見事に当たり、私はすぐさま弓を構える。

そこには、幼い少女を肩に担いだ大人の人狼が一人、口許には不気味な笑みを湛え、陽気に森の奥を進んでいた。



「はなじで!!!がえる!!がえるのっ!!」

少女の泣き叫ぶ声だけが、無情にも木々の間をすり抜けていく。



「っるせぇガキだな、ったく。」


しかし、さすがにここからでは遠すぎた。

私は、徐々に人狼との距離を詰め、再度臨戦態勢へと入っていく。





────しかし。




「ああ…ん?」


やはり、人より何千倍と利くその鼻が、私に感づかないはずがなかった。

人狼は、少女を抱えたまま立ち止まり、辺りをきょろきょろと見回し始める。


…これでは、近づくことおろか、自分が殺られる方が先かもしれない。

いや、自分だけならまだ構わない。

でも、あの少女だけは……必ず、救わないと。



「おっかしいな、今、確かに…

──旨そうな女の臭いが、したんだがな。」


私は、太ももについているホルスターのボタンを軽く緩めた。


そして、捨て身の作戦へと移る。



「ま、それでなくても今日はごちそうが───」



「───動くな。」


人狼の背後へと飛び出し、弦を最大限にまで引き伸ばす。


「アア…?」

振り返った人狼は、見せつけるかのように牙を剥き出し、その鋭い目を更に細めてこう言った。


「フっ……小娘独りか…」


「黙れ。

今すぐその子を放せ、さもないと───」




「愚かだな。」


次の瞬間、人狼は恐るべき脚力でこちらに爪を立て、襲いかかってきた。


『テメェも、俺のエサにしてやるよ………!!!!』


「っ……!!」


避ける暇がない。






──いや、これこそが、こちらの本当の目的。


「愚かなのは、果たしてどっちだか。」


不敵な笑みを浮かべた私は、弓矢を投げ捨て、ホルスターから拳銃を取り出した。


そして、人狼の腕を狙い、確実に撃ち定めていく。


「うっ…ああ……!」


人狼が、あまりの衝撃に少女を宙に投げ出したその瞬間、私は、見事にその子を腕の中に収めることに成功した。


「テメェ……」


人狼の腕からは真っ赤な鮮血が溢れでている。

幸い、銃の腕前は思ったより落ちていなかったようだ。


ただ、不意討ち作戦が成功したとはいえ、まだ安心は出来ない。

本来なら、胸を一発狙って殺してやりたいところだったのだが、この少女がいた手前、そんな危うい場所に弾を撃ち込む事なんて、私には到底出来なかった。




「素直に返す気がないなら…

力ずくで、奪うまでだ。」


情のこもらない、酷く冷たい声。

それが自分の声だと気付いても、私は、今更変える気になどなれるはずもなかった。



だって──目の前に、長年追い続けた仇がいる。

もちろん、これがおばあちゃんを喰い殺した人狼(ほんにん)なのかどうかは分からない。

でも、この人狼は間違いなく少女を襲った。

そのいたいけな体を、自分のものにしようとした。


正直言って──生かしておく価値など、私の選択肢にはもう微塵も残ってはいなかった。






しかし、父が生前口にしていた言葉が、ふと今の思考を遮る。


‘’人狼は、人間の他に感情を有する唯一の生き物だ。

だからきっと、私達が彼らを恐れれば、彼らはきっとどこかで傷つき、逆に、私達が彼らを心から愛することが出来れば…

きっと彼らも、私達に歩み寄ってくれるんじゃないかな。


もちろん、そうすぐには難しい事だとは思う。

でもいつか、クレアが大人になる頃には──

人と人狼が、仲良く手を取り合える世界になっていてほしいな…って、父さんはそう思ってるんだ。‘’

……と。



幼い頃の私は、この言葉を信じた。

もちろん、父の言った事が嘘だなんて、これっぽっちも思ってはいない。


でも。

人狼は結局、私の全てを奪っていった。

今ではもう、私にとってそれは──

殺す対象以外の、何者でもないのである。



「グスン……っ

うぅ……んっ……う」


少女は、私の肩に顔を埋めて泣いていた。

この歳で人狼に出くわしてしまったのだ。

きっと……トラウマどころではなく、心に大きな傷をおってしまったに違いない。


でも、と私は密かに思う。

もし叶うならば─どうかこの子が、森に対して恐怖ではなく、何かに対する憎悪を抱くことなく、純粋に…

これからの人生を、歩んでいけたらいいな…と。


例え相手が人狼といえど、幼い頃から何かを憎み、過去を背負うような生活を送るのはとても苦しい。

私も、この子と同じくらいの歳で人狼に出くわした身だったからこそ、余計にそう思ってしまうのだ。




「よ、よくも……」


人狼は肩で息をしながら、私を睨んでくる。


いくら睨まれたって、心変わりはしない。

後はコイツを──狩る、ただそれだけ。




しかし、私の瞳に映る人狼の表情は、酷く愉快そうに歪んで見えた。


「小娘、もう襲ってこねぇのか?

──あんたの銃から、もう鉄の臭いがしねぇんだけどなぁ」


「……。」


人狼の言うとおり、私だってその事実は随分前から把握していた。

手持ちの弾は……残り0。


全て、さっきの射撃で使いきってしまったのだ。



「………狩人をなめるな。

負傷した人狼を片付けるくらい、どうってことない。」


嘘も甚だしい。

でも、今こいつから背を向けて走り出せば、確実に追い付かれ、その後の結末は目に見えていた。


「フン…。

虚勢を張るのも、いいとこだな」



人狼は、そう言いながら腰を上げ、血まみれになった体を勢いよく起こした。


このままでは──

二人とも、きっと生きては戻れないだろう。



「一人で……帰れる?」


気がつくと私は、少女にそう声をかけていた。



「えっ……でも…」


至極全うな反応である。

ただでさえ森という場所は危険なのに、そんな危なっかしい所に幼い子を一人で放り込もうなんて、きっと私はどうかしていた。


しかし、少女から紡がれた言葉は、その歳からは考えられないほど……

とても優しく、思いやりに溢れた疑問だった。



「でも、お姉ちゃんは?

お姉ちゃんは、どうするの…っ…?」


「………っ!!」


まさかこの状況で、私の身を案じてくれるとは。

‘’人狼の娘‘’と呼ばれ続けて早十二年、家族以外の人に心配をしてもらったのは、本当に久しぶりのことであった。


だから。


「…大丈夫。

お姉ちゃん、あの悪い狼さんをやっつけてすぐに追いかけるから。…ね?」


余計に、この心優しい少女を自分の手で守りたかった。



「うん、分がっだ……っ…」


叶えることの出来ない、無意味な約束。

でも、平静を保ち、まるで悪を倒すヒーローのごとく笑って見せると、少女は力いっばい頷いてくれた。


「ほら、振り返らずに思いっきり走って!」

少女をそっと地へ下ろし、優しい笑顔で送り出す。






──これでいい。これで、良かったのだ。


少女は、私の発言をちゃんと守り、本当は怖いであろう森の中に、たった一人きりで飛び出していってくれた。


あの歳の子なら、‘’一人じゃ帰れないよぉ…‘’とだだをこねて嫌がるかもしれないと考えていたが、その心配は無用だったようだ。


どうかあの子が、無事に家まで辿り着けますように…


少なくとも、もうこの近くに他の人狼が現れる事は多分ないだろう。

なにせ、人狼は群れで生活する事をとても嫌うと聞くし、それに、縄張り意識が極度に強いという事も、何度か耳にしたことのある事実だった。


しかしながら、森に潜む脅威は…あいにく人狼だけではない。

ここにはまだ、たくさんの危険がその身を隠し、森に迷い混んだその者の行く手を──静かに阻んでくる。




でも、ここで黙って殺られるよりはきっと────。

この人狼から少しでも引き離した方が、彼女が生きて帰れる確率が高くなるんじゃないか──と、私はそう信じて少女を森の中へ放り出したのだった。



「そんなナイフ一本で、俺に勝てると思ってんの?」


相変わらず、その精巧な鼻が私の所持品を見事に言い当て、自慢げに笑ってみせる。


もちろん、無謀…なのはよく分かっていた。

でも、少しでもあの子が遠くに逃げるまでの時間稼ぎもしたかったし、何せ、憎むべき仇なんぞにそうそう容易く殺られてやる気もない。


それに──例え腐っても、一狩人。

ベストに忍ばせた最後の武器を、私は潔く抜き取ってみせた。


「伊達に十二年も、この仕事をやっていないんでね」


そうだ。今殺られれば、残された家族はどうなる?

私の死を心から悔やんではくれるだろうし、家の近くに墓の一つくらい建ててもくれる事だろう。

しかし、今家族を養っているのは、私のこの狩猟が主だ。

だったら、今ここで殺られるのは──


もちろんのこと、本望ではなかった。




「次こそ仕留めてやらぁぁぁぁ!!!」


再び、人狼の鋭い(つめ)が頭上から襲いかかってくる。


私は、さっと身構え、手にした(ナイフ)で対抗しようとしたのだが、やはり…

運命というものには、どう頑張っても抗えるわけがなかった。



「ぐっ……はっ!」

何とかその攻撃事態は避けれたものの、すぐさま人狼は私の上に馬乗りになり、最後の一撃とばかりに、その鋭い爪を大きく振りかぶってみせた。



───殺られる。


決して諦めたわけじゃないが、勝敗はもう目に見えていた。

そっと目を閉じ、最期の時を黙って受け入れる。


『オラァァァァァァ────』


心なしか、人狼の声も遠くに聞こえるようになり…

自分が死んでしまったことを改めて実感し────



───ドンッッ!!!


『グハッっっ!!!!!』



身が、軽くなった。



「お前ごときの人狼が、

人間にちょっかい出してんじゃねぇ……っ…!」



んっ……?

誰か知らない、第三者の声…。


そんな、はずは…………


「………っ!?」


目を開けて、私は再び驚いた。


なぜなら──先ほどの人狼を制し、さっきの言葉を投げかけたのは………

まさかの、別の人狼だったのだ。



「放っせ、テメェ……!」


「…っ…っハァ……こ、断る。」


その人狼は、随分と辛そうに言葉を発していた。

けれど、まだ気を緩めることは出来ない。

だって、私を助けたのは……

狩人でもハンターでもなく、一人の─人狼だ。


つまり、そのことが意味するのは───



『二人まとめて、始末してやる──。』



そう。

人狼が善意から人間を救うだなんて、絶対にあり得るはずがない。

これはきっと、‘’私‘’という獲物を巡っての、同族同士の争い。

どちらが勝っても──私は、必ず喰われる。



落ちていた弓矢を即座に拾い、狙いを定めて構えを取った。

なのに、最後の最後まで意気地無しの自分は、人狼二体という恐怖に視界が滲み、上手く矢を引くことが出来ない。


「っ…ざけんな、こんなとこで死んでたまるか!」


少女を襲った方の人狼は、もう一方の人狼を押しのけ、森の奥深くへと消えていく。


「ま、待て!逃げるなっ─、

────────っ!!!!」


目の前に、大きな影が立ちはだかった。

もう一人の、人狼──。


「ち、近づ、づ、くぅっ…な……」

怖さのあまり、上手く言葉にならない。

また、私は死に目を見るのか。

狩人だなんだほざいておいて、結局私は、何にも出来ないただの女ではないか。

自分の不甲斐なさも相まって、今はそんなことを考えてる場合ではないというのに、目から涙が溢れて止まらなかった。


己の覚悟の弱さを知り、今まで人狼に出会わなかった運の良さに甘えて、私は、私は──。






──ゴシ、ゴシ、ゴシ。


「………っ!?」


「あなたを食べたりなんか、絶対にしませんよ。」


気づけば、目の前の人狼は自身の服の袖で私の涙を拭い、申し訳なさそうに私を見つめていた。


でも、信じることなんて─出来ない。


「……どうせそんなこと言って、次の瞬間に私はお陀仏なんでしょ?」



「………。」


案の定、人狼は黙ってしまった。

やはり…図星だったようだ。


でも─その人狼の目は優しく垂れ下がり、さっきの人狼のような殺気が感じられないことに、私は少しだけ戸惑っていた。


「…信じてもらえないことは、分かっています。」


数秒の沈黙の後、先に口を開いたのは人狼の方だった。




「でも、それでも…

あなたがご無事で、本当に、本当に良かっ…………」


バタンッ───。


「………っ!!!!!」


発言の内容もそうだが、人狼は私にもたれるように倒れ込み、そのまま意識を失って……


「ちょ、ちょっと!!」

やはり、他の町娘より屈強な体つきをしているとはいえ、男性─それも、他と比べて筋肉質な人狼を支えて立てるほど、私も頑丈ではなかった。


「こ、これじゃ……別の意味で死んじゃう……っ!!!」

なんとか持ちこたえてはいるものの、このままでは押し潰されてしまう。


「どい……って……っ!」

少々手荒いとは思ったが、なんとか人狼を自分の上から追い出すと、私は乱れた息をゆっくりと整えた。



その時。


「パパぁーー!!」


遠くの方で、先ほどの少女の声がした。

それは、悲鳴でも絶叫でもなく、確かに…歓喜の声だった。


「助かったんだ…」

大人の、しかもこんな山奥に現れたというのだから、きっと彼女の父親は私と同じ狩人なのだろう。


これで…少女の件は、とりあえず一安心だ。


「次は、こっちを処理しなきゃ……」

逃げるなら今のうち…という事は理解していたが、目の前で苦しそうに唸っている人狼の顔を見ていると、どうしてもそのままにしておくことが出来なかった。


恐る恐る人狼の顔を覗き込み、その額にそっと手を当てる。


熱い。それも、結構な高熱。


「どうしたら……」

疲労故に倒れてしまったのなら、そのまま寝かせておけばいいとくらいに考えていたのだが、これだけ熱があれば…

せめて、雨風をしのげる家くらいは…必要になってくるだろう。


しかし、まだ完全に信用したわけではない相手を、我が家にあげることはできない。

自分だけならともかく、戦う術を持たない妹や母にまで、この男を近づけたくはなかった。


「もう、そうなったら……」

なぜ、憎き人狼にここまでしているのかは自分でも分からなかったが、私は、苦しそうに喘ぐ人狼を叩き起こし、肩を貸しながら──

以前、祖母が住んでいた家へと、その足を向かわせたのだった。

各キャラの挿し絵がまだ描けていないので、「登場人物紹介」より先に1話目を投稿させて頂きましたm(__)m


分かりにくい部分も多々あったと存じますが、今月中にはそちらの方も投稿できるかと思いますので、合わせてお読み頂ければ幸いです(*^-^*)

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