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ビスケットの星をきみに。

 挿絵(By みてみん)


「魔王様には蒼いリボンをつけて」ホワイトデー番外編2015。

 twitterお題bot【milk】(@milkmilk_odai)様より、お題「ビスケットの星を君に」をお借りしました。

 フレーズが可愛かったのでそのままタイトルとして使用させて頂いております。


 ホワイトデー前夜に奮闘するグラウスさんのお話。

 軽くBLです。


 初出・novelist様 2015-02-27 23:58:49


 人間の世界には、ホワイトデーというものもあるらしい。



               挿絵(By みてみん)



 深夜0時。

 ノイシュタイン城の厨房に、厨房が似合わない男がひとり。


「……クッキーかビスケットかマシュマロ。あとはアクセサリー」


 ぼそりと呟いては大きく溜息をつく。


 「ホワイトデー」なる日があると聞いたのは1ヵ月ほど前。

 バレンタインデーに女性から男性へチョコレートをあげるお返しに、ホワイトデーには男性から女性へプレゼントを贈る。この日に贈られるものは義理であれ友であれ、「愛を込めて」贈られたものと認識されるらしい。男性から女性へ、の部分だけちょっと違うが、どれだけ鈍くたって込められた意味くらいはわかるはず。

 誤解のしようがない。こういう日なんだから。




 思い返せば1ヵ月前。

 彼の義妹(いもうと)は手作りチョコを渡していた。あれにおくれを取るわけにはいかない。

 できることなら指輪のひとつでも贈りたいが、いきなりでは引かれるだろう。しかし市販の菓子では軽すぎる。

 だったら、こっちも手作りで対抗するしかないじゃないか。


 なんせ鈍い人だ。

 今まで何度想いをぶちまけてきただろう。しかしことごとく空振った。今度こそ。と思いつつも、作ったところであの甘いものが苦手な人が食べてくれるだろうか。

 義妹の時でさえ、本人の前では大喜びで受け取っていたくせに後で全部食べさせられた。これだって同じように喜んでみせるだけではないだろうか。

 後でゴミ箱の中から未開封のまま見つかったりしたら目も当てられないし、ガーゴイルのあたりから「この間のクッキーうまかったっすよ」なんて言われた日には粉々になるまで殴り倒す自信がある。ああもちろんガーゴイルを、だが。



 オーブンから甘い匂いが漂う。

 そろそろだろうか。蓋を開けるとその濃度が増した。

 黒い天板の上には黄色いビスケットが並んでいる。自分で言うのも何だがなかなかの出来だ。あの娘には絶対に負けない。


 レースペーパーを敷いた小さな籠に入れ、その籠ごとシフォンで包む。

 結んだリボンは水色に銀の縁取り。どことなく少女趣味な気もするが、市販品は(おおむ)ね、このようなかわいらしい包装をされていた。そのほうが女性受けがいいのだろう。

 私の場合は少し違うのだが……ここで下手にクールだのダークだのといったテイストを持って来ても斜め上に誤解されるだけだ。ここはストレートに「ホワイトデー」を前面に出したほうがいい。



「あれぇ? それ何?」


 いきなり背後から声が飛んできた。

 びくっ! と身を強張らせたままおそるおそる振り返ると、予想どおりの声の主が予想どおりの笑顔で自分の手元を覗き込んでいる。


 ……なんでいるんだ。

 2時間前、ベッドで寝息を立てているのを確認したのに。


「ね、何それ。こんなとこで何やってんの?」

「あー……いや、別に」


 ホワイトデーは明日。今はまだ渡す時じゃない。

 だけど。


「あぁ! バレンタインのお返しだ。貰ってないとかなんとか言っちゃって、どこのお姉さんにお返しするんだよ。この色男ぉ」


 だから! 何で誤解するんだ、この人は!


「違います! どこのお姉さんにも返しません! これは、」


 言いかけて冷静になる。

 待て。いくらなんでも厨房で告白とかないから。

 せめてもうちょっとムードが欲しい。


「ま、いいや。俺関係ないし」


 どう見ても誤解したままのその人は、水差しから勝手に水を汲んで飲むと、「んじゃね。お姉さんによろしくー」と、手を振った。

 その振られた手を慌てて掴む。


「何?」


 あぁ(orz)。

 この人が目の前から去りそうになると、条件反射で捕まえる癖が。


「あ、あの……味見、していきませんか? たくさん焼いてしまったので」

「俺甘いの苦手だってわかってて言ってる?」


 その人は挑発するように目を細める。


「甘いのが苦手な人用に作りましたからっ!」


 天板の上からビスケットをひとつ。

 指輪でもはめる時のように手を取り、手のひらにのせる。


「花の形?」

「星です」

「ふーん」


 その人は窓硝子(ガラス)越しに見える夜空にビスケットを掲げる。


「なんで星なの?」


 月のそばにいるのは星だから。なんて言えない。






 雲ひとつない夜空に浮かぶ硝子細工の月。

 星如きの小さな光ではいくら集まっても勝負にもならないほど、冴え冴えと澄み切った光を放っている。

 あの夜も月があった。この人の傍には、いつも。

 あれ以来、月を見ればこの人を思い出す。


「……月が綺麗ですね」


 思わず口をついて出た言葉に、その人は目を丸くしたまま固まった。


「お前、意味知っ………………あ、いや、なんでもない」

「どうかしました?」


 耳まで真っ赤になったその人は慌てたようにビスケットを飲み込むと「寝る!」と叫んで厨房を飛び出して行ってしまった。


 どうしたのだろう。

 追及されずに済んだのは助かったけれど、できれば味の感想も聞きたかった。

 あんなに慌てて、何かまずいことでも言っただろうか。



               挿絵(By みてみん)



 そんな彼が「月が綺麗ですね」の本当の意味を知ったのは、それよりずっと後のお話。


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『魔王様には蒼いリボンをつけて』本編
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