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一本目・滝谷と橘(二)

僕の父は警察官だ。

趣味は柔道、署でも柔道師範をしている。

小中高大と柔道漬けの人生で、凡そ一般的に言う青春時代など送って来なかっただろう。

かといって、現役時代に大活躍したわけでもない。

最高は高校時代に個人戦近畿大会準優勝。それでも十分凄いと思われるだろうが、トップクラスの人から見れば全然だ。

父さんはよく言う。

「きっと柔道に出会わなかったら、血反吐吐く程しんどい練習もせんでよかったし、もっと女と遊んだり楽しそうな青春送れたやろな。でも、それは楽し『そうな』だけや。きっと詰らん人生やったやろ、俺にとっては…な。柔道が俺の人生で、俺の人生の道が柔道やねん。」

女と何某の件は父の外見からして無理だろうが、それ以外のことは確かにそうであっただろう。

それでも――

どんなに辛くても、どんなに過酷でも、父をここまで夢中にする『柔道』ってきっと素晴らしい物なんだろう。

きっと楽しいものなのだ。

僕もやってみたい――

そう思って歩み始めたこの道が、父さんの血を引いている僕を夢中にさせるのに、そう時間は掛からなかった。

今、柔道は父の趣味から僕の趣味に変わっている。



「僕は柔道が大好きだ。」



二、

「スリアゲ百回終了後、新入部員以外は各自打ち込みを始めろ!」

太陽高校柔道場に今日も怒声が響く。

声の主は本年度から新しく部長に就任した源である。

「そういえば柴村と小田原、それに滝谷は経験者やったな。どうや、上級生と同じメニューでやってみるか?」

ぎこちなくアップをする新入部員達の中に在って、比較的慣れた手際でこなしていく三人に源が言った。

「それがええそれがええ。滝谷、お前こっちきて久しぶりに相手せえや。」

「あ、藤堂先輩。」

大柄の坊主頭が打ち込み中の群から声を掛ける。身の丈190近くは有るだろうか。

「なんや藤堂。お前の後輩か?」

「せや。前に言うたことあったやろ?結構強い後輩居るて。それがこいつや。」

「お前がそこまで人のこと持ち上げるなんて珍しい。相当強いんやな、この子。」

「そんなことないです!」

恥ずかしさと照れが入り混じった顔で、急いで滝谷が否定する。

「ははっ、まあええからほら来い。受けたるから。」

笑いながら藤堂は、慣れた手つきで滝谷を引っ張っていった。

「さて。じゃあ柴村君は俺とやろか。小田原君は・・・と、おい藤間!この子の面倒見たってくれ。」

うぃっす、と軽く会釈をしながら藤間は小田原の前へ赴いた。

「他の新入生もはよこっちのメニューこなせるようにしっかり基礎体力つけるんや。」

「はい!」

「よし、ほな始めるぞー。声出せよぉ!」

源の掛け声と共に関を切ったかの如く、力強い掛け声が口々から響き渡った。

「おっ!随分技のスピード上がっとるな。」

「そりゃそうですよ、最後に先輩とやったのもう2年も前じゃないですか。」

せやな、と嬉しそうに滝谷を見る藤堂の目には優しい父性すら感じられた。

どれ位経ったであろう。恐らく時間で言えば十数分の事なのだろうが、一本一本集中して自らの技を見詰め直す『打ち込み』をやっている当人達には果てし無く長い時に感じられるものである。

「よし、ちょっと休憩や。十分後、二・三年と経験者組は乱捕り。一年はひたすら受身の練習。」

皆、了解ーと言いつつ水分補給に勤しんでいた。

「ふぅ。」

「結構、きついよな。うちの道場よりしっかり準備運動するし。」

そう言いつつ、道場の縁側で水を飲んでいた滝谷に話しかけてきた男がいた。

経験者の柴村である。

「あ、えっと。うん、せやね。僕も疲れたわ。」

「そうは見えへんけどな。」

そう苦笑いしながら答えた柴村に、

「えっと、きちんと喋るのは初めてだよね。」

と滝谷が返す。

「あぁ、せやな。でも自分のことは中学の時から知っとったで?」

「え?」

「覚えてないかな、全中の府大会で二年連続当たってるねんけど。ほら、修峰館の66級。」

「あっ!」

「なんや、完全に忘れとったんか、俺なんか最初にここで見たときから気づいとったのに。冷たいなぁ。」

「ご、ごめん。僕、あんま人の顔覚えるの得意ちゃうくて。」

「ええよ、しゃあないて。俺かて自分に負けた奴なんて一々覚えとらんからな。」

少し意地の悪い笑みを浮かべながら柴村は言った。

「でも、俺が自分のこと覚えてたんは滝谷君がめっちゃ印象に残ってたからもあんねん。」

「印象?」

「うん、なんていうか…あんなに楽しそうに柔道する奴、初めてみたからさ。」

「そうかな?」

少し照れて滝谷が答えた。

「せや、対戦してて思っててんで?こいつ、ほんまに柔道好きやねんなぁって。なんか、めっちゃ羨ましかったもん。俺も、最初は強くなりたくて始めて、好きやってんけど何年もやってるときついししんどいし、ちょっと嫌いになってもうててん。だから高校で続けるつもりなかってんけど…」

「君のお陰でもうちょっと続けてみよかな思えてん。俺もいつか自分みたいに楽しく柔道できるようになるかもってさ。だから滝谷君が柔道家柴村宗司の命の恩人やな。」

「なんか、そんなこと言われると照れるよ。」

「ははっ、まぁこれからは部活友達としてよろしく頼むわ。宗司でええで。」

「あ、うん。よろしくな、宗司君。僕のことも天人って呼んで。」

「アマト?なんか変わった名前やな。どんな漢字なん?」

「えっと、天空の天に人。」

「へぇ、なんかかっこええな。よろしく。」

人懐っこい笑顔が、「自分に似てるかも」等と滝谷は思った。

「あ、そういえばさ。宗司君。」

「宗司でええて。どうしたん?」

「うちの府から全中出て、73級で準優勝した子覚えてる?僕らと同いで。」

「あぁ、なんか先生達が騒いでたわ。何年振りかの逸材やいうて。確か、橘やったっけ名前。」

「そう橘君!あの子、高校何所行ったか知ってる?」

「さぁ、なんか関東の強豪高からの推薦蹴ったって聞いてるけど詳しいことは知らんなぁ。でもどうして突然あいつの話振ったん?」

「えっとな…」


「うちの制服着てる橘君、見てん。」


休憩の終了を告げる源の怒号が道場内から響き渡ってきた――




















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