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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

死の街とゾンビ少女の結末

作者: ミジンコ

注意、この物語に救いはありません。ご注意ください。

 荒れ果てた街、辺りには人間の死体が数多く散らばっておりその全てが体の部位のどこかをを欠損している。

 そんな通常ではありえない死体が数多くある中蠢く人影。覚束無い足取りで呻き声を上げながら街中を彷徨う者達。彼等は一様に瞳から光が消えうせ、体のどこかが欠けていたり噛まれたような跡がある。酷いものになると破れた腹部から臓物がはみ出している者さえいた。

 通常の人間なら臓物がはみ出して平気でいられるはずが無い。そう、彼等は人間ではない、いや人間ではなくなってしまった者達。ゾンビである。

 特殊なウイルスに感染した人間はやがて死に至る。そしてウイルスによって死んだ者はやがてゾンビとなって動き出し、強烈な飢餓を満たすために生者を襲う。

 ゾンビに噛まれた者はウイルスが感染し同じゾンビとなって生者を襲い始める。

 そんな負の連鎖が繰り広げられる街に彼女はいた。

 身長は160cmほどの彼女は銀色に輝くセミショートの髪、整った顔立ちと白く透き通るような肌は見る者を魅了するだろう。生きてさえいれば。

 虚ろな瞳で死の蔓延した街を覚束無い足取りで彷徨い歩く彼女のワンピースの肩口は破れ血に染まり、肩の肉が喰い千切られている。

 彼女またゾンビに襲われ、自らもゾンビとなって強烈な飢餓に自我を呑まれた犠牲者。そしてこれから加害者になろうとしている者。

 そんな彼女の目の前に一人の人間の男が姿を現した。

 年齢は四十台半ばといったところだろうか。精悍な顔立ちの彼は無精髭が生えているもののとてもじゃないが四十台半ばには見えない。よくて三十台半ばだろう。

 そんな彼は手に持った拳銃を少女へと向ける。自分へ向かってゆっくりと迫り来る亡者とはいえ人であった者へと銃を向けるのに彼は慣れていないのだろう、銃口を向ける手がカタカタと震えている。

 少女の眉間を狙った銃弾は手の震えによって狙いを外し、額の右端へと命中した。

 少女の体は弾丸の衝撃で仰向けに倒れる。そして奇跡は起こった。

 男の撃った弾丸は奇跡的に少女の頭蓋骨によって滑り、頭蓋と皮の間を通って後方へと突き抜けていった。そして銃弾の衝撃が脳を強く揺さぶりその結果……。


(あれ……私はいったい何を……)


 突如覚醒した意識に少女は困惑する。少女の最後の記憶では虚ろな眼をした男に肩を喰い千切られ、痛みのあまり突き飛ばし逃げ出した。そして体中を襲う激痛と熱によって意識を失うところまでである。

 仰向けに寝転んだまま体中を触り確認する少女。


(やっぱり肩を喰い千切られたのは夢じゃなかったんだ。けどなんで痛みがないんだろ?)


 いろいろと思考する中少女の手が自らの胸へといった時、少女は納得した。


(心臓が動いてない……。それじゃあ私はもう死んじゃったんだ。それじゃなんで私は動いてるの? 考える事ができるの?)


 頭の中に様々な疑問が浮かぶ。いくら考えても解決する事の無い疑問に少女は考えることを諦めムクリと体を起こした。


「ヒッ!? なんで生きてんだ!? ずれたとはいえ頭を撃ち抜いたはずだろ!?」


 突如起き上がった少女に男は狼狽した。拳銃を持つ手の震えは更に強くなり、少女へと照準を合わせようとしても思うようにいかない。


「え? ちょっと何で銃向けてるんですか!?」


「ヒッ! やめろ! こっちに来るなーー!!」


 カチンカチン


 男へと向かって歩き始めた少女に男のパニックはピークへと達していた。まともに狙いが定まらないまま何度も引き金を引くが響くのは乾いた音のみ。

 既にマガジンに入っていた弾丸は撃ちつくされ一発も残っていないのだが、冷静さを失った男がそれに気付く様子も無い。

 そして生者である自分を捕食しようと歩み寄ってくる亡者達の姿にも。


「危ない!」


 男へ迫るゾンビに少女は一目散に駆け出した。


(うわっ!? なんで私こんなに早く走れるの!? けど今はどうでもいいか、そんな事よりも助けないと!)


 自分のものとは思えない速さに戸惑うもすぐに気持ちを切り替え男へと迫るゾンビへ迫り、その頭部へと強烈なハイキックをお見舞いした。

 生前よりも圧倒的に強化された少女のハイキックはゾンビを吹き飛ばし、男に襲い掛かろうとしていた他のゾンビも巻き込んでいく。

 吹き飛んでいったゾンビ達は建物の壁へと激突し、壁に真っ赤な血や脳漿を撒き散らして動かなくなった。


「ふぅー、大丈夫ですか?」


「やめろ! 喰わないでくれ!」


「ちょ、危ないですよ! 銃を振り回さないでください!」


「……? ……お前……生き……てるのか……?」


 少女の反応にさっきまで取り乱していた男はポカンとした表情で動きを止める。


「いえ、ゾンビです」


「いやだってお前……喋って……」


「ええ、ついさっきまではただのゾンビだったんですけどね。今ははっきりと意識があります」


「そうか……不思議な事もあるもんだな……」


 男は緊張の糸が切れたのかその場にドカッと腰を下ろす。そして腰を下ろした瞬間の衝撃と安堵した事によって麻痺していた痛みが戻り男は呻き声を上げた。

 よく見てみると左足の太ももに血の跡が付いている。


「その怪我……」


「ああ、ゾンビに間違えられて撃たれちまったんだよ。運が悪いったらありゃしねぇ。ところでお前さん、ゾンビなんだよな?」


「ええ、さっきも言いましたがゾンビです。意識はありますが」


「ゾンビに襲われないんだよな?」


「まあ襲われませんね。ゾンビですから」


 そこまで聞くと、男は意を決して少女を見る。


「それなら一つ頼まれてくれないか?」


「頼みですか?」


「ああ、三十二番地区に俺の家がある。家内と娘の様子を見てきてもらいたいんだ」


「三十二番地区ですかー」


(ここは三十四番地区だからそう遠くはないよね。まあ様子見てくるだけだから問題はないか)


 頭の中に地図を広げ、周囲の風景と照らし合わせて現在位置を確認する。男の言っていたのは三十二番地区でここはそこから三十三番地区を挟んだ三十四番地区。距離的には五キロ程だろう。今の少女の脚ならば十分も掛からない距離である。


「いいですよ」


(ここで会ったのも何かの縁だしね)


「本当か!? 恩に着る!」


「とりあえず何処かに隠れていてください。ああ、ちょうどいいのがありますね」


 少女が目を向けた先には大量の家庭ごみを入れておく金属製の大きな蓋付きの箱。成人男性が二人は余裕で入れそうな大きさがあり、なにより金属製な為頑丈だ。中のごみさえ外に出してしまえばこれほど安全な場所はないだろう。


(臭いは我慢してもらうしかないけどね)


 少女は箱の中のごみ袋を全部外に放り捨て中を空にする。男にごみ箱の中に入ってもらい、蓋が閉まるのを確認すると三十二番地区へと少女は走り出した。

 ゾンビになるよりも早く、疲れを知らない体はぐんぐんと周囲の風景を後ろに流していく。

 途中何体ものゾンビが呻き声を上げながら覚束ない足取りで生者を求め彷徨い歩き、何体ものゾンビが倒れた人間に群がってその肉を食べている。

 稀に生きたまま喰われている人間が狂ったように笑っていたり、絶叫を上げたりしているが少女は助ける事をしない。いや、助けても無駄だと分かっているのだ。

 ゾンビに噛まれた者はゾンビになる。少女自身がそうだった様に噛まれた者が助かる手段など存在していない。そうでなければ少女自身ゾンビになる事などなかったのだから。

 そして地獄の様な光景を見続けながら走り続けた少女はようやく三十二番地区へとたどり着いた。

 男に教わった住所の場所へと歩き、少女は一軒の家に到着した。

 まだ昼間だからか家の明かりは点いておらず、窓もシャッターも閉まり切っている。中に動いている人間の気配はなく、一体の男のゾンビがドアをしきりに叩きている程度だ。

 少女はドアを叩いているゾンビの頭を蹴り砕くとドアノブへと手を掛ける。

当然鍵が掛かっており、ドア毎壊そうかとも一瞬考えた少女だがもし万が一中の人間が生きてる場合ドアが壊れていたら大変だろう。ゾンビの侵入を阻むものが無くなってしまう。

 少女は周囲を見回し、二階にベランダがある事に気が付く。少女は力一杯ジャンプしベランダの欄干を掴む。そのまま力任せによじ登りベランダに降り立つと窓から中の様子を窺った。


(誰もいないのかなー。部屋の明かりは点いてないしベッドに誰かが寝てるでもないし……)


 中をどれだけ見ても人のいる様子は見受けられない。


(ここ二階だし、窓割って入っても大丈夫だよね? 非常時だし、後で謝ればいっかって……開いてる?)


 少女が窓ガラスを割って入ろうと窓を掴んだ瞬間鍵が掛かっていない事に気が付く。少女は窓ガラスを割らずに済んだ事にホッとしながら土足のまま部屋の中へと侵入した。


「おじゃましま~す~」


 部屋の中に少女の声に反応するものは何もなく、空しく響き渡るのみであった。少女が部屋を出て階段を下りていく。少女が一階へとたどり着いた瞬間、むわっと噎せ返るような血の臭いに顔を顰める。

 少女が臭いの元を探すため辺りを見回していると、一つの扉が目に入った。ほんの少しだけ開いている扉。


(臭いの元はここ……? どう考えてもまともな状況じゃないのは確かよね)


 少女が恐る恐る扉の隙間から中の様子を窺う。部屋の中は一見普通のリビングである。二本の脚が横たわってさえいなければ。脚より上は家具の影に隠れていて様子が分からない。


(家具が邪魔で良く見えないけど……こんな非常事態にリビングのど真ん中で寝てるなんて有る訳ないよね……)


 少女がゆっくりと扉を開きリビングへと入る。そしてリビングの中には首から夥しい量の血を流している三十台後半と思われる女性の死体と、その死体を貪っている幼い少女のゾンビであった。

 よく見れば少女の脚には噛まれた様な跡がある。少女は母親と買い物に行っている時に不審者に襲われ脚を噛まれた。噛んだのがただのロリペド野郎だったならばよかった。あんまりよくはないがまだよかった。脚を噛まれた少女を母親は抱き上げ逃げ出す。途中幼い少女が突然の高熱に魘され意識を失い、虚ろな目で彷徨う人影を避けようやく家に辿り着きリビングでホッとした瞬間ゾンビと化した幼い少女に首を噛み千切られたのだ。

 突然行なわれた愛娘の凶行に母親は茫然としたまま傷口から大量の血を吹き出し死亡した。


(酷い……こんなのあんまりすぎるよ……。とりあえずこの子にこれ以上母親を食べさせるなんて事させちゃ駄目だよね)


 少女が意を決して母親を貪り喰っている幼い少女のゾンビへと近付く。


「ゴメンね」


 一言謝ると少女は幼い少女ゾンビの頭へと拳を叩きつける。側頭部が陥没し、首の骨が砕ける音がリビングに響き渡った。

 少女は動かなくなった幼い少女ゾンビを母親の隣に寝かせてやる。陥没した側頭部を下に向け母親に甘えるような姿勢で寝かせ、母親共々瞼を閉じさせた。

 辺りに飛び散っている夥しい量の血飛沫と噎せ返るような血の臭い、母親の首の喰い千切られた痕さえなければ、仲睦まじい親子が昼寝をしているだけに見えるだろう。


(おやすみなさい。向こうの世界では良い事がありますように)


 少女はそんな母娘の亡骸に手を合わせ冥福を祈ると、リビングを出て階段を上り、侵入してきた部屋からベランダへ出て地上へと飛び降りる。

 最後に男の妻と娘が眠る家を一度だけ振り返ると、少女は男へ報告する為三十四番地区へと向かって走り始めた。

 相も変わらず地獄絵図な街並み。いたる所に倒れる欠損した人間の死体とそれに貪るゾンビ達。大破したパトカーの中には死の間際まで抵抗していたであろう警察官の死体。

 パトカーのそばまで来た途端少女は違和感を覚えた。


(お腹が減った……?)


 今までまったく感じる事の無かった空腹感。死んでいる警察官の死体がとても美味しそうに思えるという普通の人間では絶対にありえない感覚に少女は戦慄した。


(まさか、また私もゾンビに戻っちゃうの……? 嫌、絶対に嫌。せっかくゾンビなんて悍ましいものから意識だけとはいえ人間に戻れたんだから。もしもの時は……)


 少女は警察官の死体から拳銃を拝借する。


(すいません、これお借りします。返す当てはないんですけど)


 拳銃を握りしめ少女は再び街を疾走する。目に映る全てを背後に置き去りにして走り抜ける少女は時折襲ってくる空腹感を我慢しながら、ついに少女に家族の安否確認を依頼してきた男の待つ三十四番地区へと戻ってきた。


(ええと……あの人を隠してあるごみ箱は……と、え……?)


 目の前を歩いているゾンビに少女は目を疑った。少女が見たゾンビ、それは少女に依頼をした男だった。


(なんで……? ごみ箱の中に隠れてたんじゃ……)


 少女は男だったゾンビを無視し男が隠れていたはずのごみ箱の蓋を開く。男の代わりに中に入っていたのは五歳位の少年……のゾンビだった。

 男は少女が走り去った後ごみ箱の中で静かに息を潜めていた。時折音を立てないように僅かに蓋を持ち上げ外を確認していたが、ほとんどの時間をごみ箱の中に隠れる事に費やした。

 少女が走り去ってどれだけの時間が経っただろうか……。不意に男の耳に子供の泣き声が聞こえてきた。

 男が蓋を持ち上げ外を確認すると、この地獄と化した街に一人の幼い少年が泣きながら歩いていた。

 幼い少年の泣き声に誘われて何体ものゾンビがゆっくりと幼い少年に近づいていく。

 男は葛藤した。助けるべきか見捨てるべきか。

 とうとう一体のゾンビが幼い少年へとその魔の手を伸ばした瞬間、男は隠れていたごみ箱から飛び出した。痛む足を無視し一目散に幼い少年へと駆け寄り抱き上げる。

 新たに表れた()にゾンビが噛みつく。男は呻き声を上げながら無理矢理ゾンビを振り払うとごみ箱まで走り、幼い少年をごみ箱へと入れ蓋を閉じた。

 そして幼い少年を助けた男は急に襲い掛かる高熱と痛みに動くことが出来ず、ごみ箱の外でゾンビにその体を貪られ命を落とし、ゾンビの仲間入りを果たしたのだった。

 そして男が助けた幼い少年。彼もすでにゾンビに噛まれていた。幼い少年はごみ箱に入れられた後、高熱を出して死亡しゾンビの仲間入りを果たしていた。


(報告できなかったな……。でもゾンビになった娘さんが奥さんを喰い殺していましたなんて言えなくて逆に良かったのかもしれないか……)


 少女が男のゾンビへと近づく。虚ろな瞳でフラフラと彷徨う男の目には目の前の少女など映ってはいない。

 少女は死んだ警察官から拝借した拳銃を男の眉間へと当てる。額に当たる金属が煩わしいのか男のゾンビが銃口を振り払おうとした瞬間、少女はセーフティーを解除し引き金を引いた。


 パン!


 街に銃声が響き渡る。

 眉間を撃ち貫かれた男のゾンビは倒れ、もう二度と動き出す事は無かった。


(おやすみなさい。向こうでは家族と幸せにね)


 男の妻と娘にもしたように少女は男の瞼を閉じさせると手を合わせ冥福を祈った。


(さて、これからどうしよう……。早く自殺しないと私も理性の無いゾンビに逆戻りしちゃう……。けど、死んでる身で言うのもあれだけど、死ぬのは怖いな……)


 パン!


(え?)


 少女は不意に聞こえてきた銃声と自分の背中から来た衝撃に困惑する。なんとか手を地面に着く事で倒れるのは回避したが、腹部へと視線を向けるとそこには銃弾が突き抜けたと思しき穴が開いている。

 痛みは無いのだが腹部に穴が開いているという不思議な感覚に戸惑いながらも少女が銃声の聞こえてきた方角へと顔を向けると、少女の表情が驚愕に染まった。


(え……うそ……。生き……てた……?)


 少女へと銃口を向けている人物。それは少女の弟だった。今年で十五になる少女の弟。彼が涙を流しながら震える手に銃を持ち、少女へと向けて発砲していたのだ。


「え……? 姉……さん……?」


 少女が振り向いた事で弟は自分が撃った相手が誰なのか理解した。拳銃を降ろし弟が少女へと駆け寄ろうとする。


「近づかないで!!」


 今まで聞いたことの無い少女の大きな声に弟は驚き立ち止まる。弟は自分が少女()を撃ったから怒っているのかと思ったが実際は違う。

 もう少女の空腹はかなり危ない所まで来ている。このまま弟が少女に抱き着こうものならおそらく少女は意識を失い弟へと喰らいつくだろう。もう限界だったのだ。

 最初から意識を取り戻した事自体が奇跡の様な出来事。今まで意識を保てていたのが不思議なくらいであり、今この瞬間にも飢餓感に意識を呑み込まれてもおかしくなかった。


「ゴメンね、私はもう死んでるの……。こうして意識保っているのが奇跡なのよ。今あなたが私に近づいたらきっと襲ってしまう。それだけは避けたいの」


「でも……でも姉さん! 父さんも母さんも死んだ! ゾンビに喰われてゾンビになっちまった! 姉さんまで死んだら俺は……俺はどうすればいいんだ!」


 弟の叫びが街中へと木霊する。その叫びは他のゾンビを引き寄せ、弟へと襲い掛かろうとしていた。

 しかし目の前の少女()しか目に映っていない弟がそれに気づく訳もない。


(お前達には渡さない! これは私の肉だ!)


 少女が弟に襲い掛かろうとしていたゾンビを蹴り飛ばし、壁へと叩きつけていく。強烈な飢餓感故か威力の上がった少女の蹴りは、大の大人のゾンビを易々と吹き飛ばし建物の壁へと叩きつけては前衛的なアートへと変えていく。


(私の肉私の私の肉肉肉肉ニクニクニクニクニク――)


「姉さん!!」


(ニクニクニ――ハッ!? 私は……今何を考えてたの……!?)


 弟の叫び声で飢餓感に飲み込まれかけていた少女の意識が急浮上する。

 そして今自分がしようとしていた事に気が付き少女は戦慄した。少女は弟の両肩を万力の様な力で押さえつけ、その首筋に噛みつく寸前だったのだ。

 大慌てで弟から手を放し距離を取る少女。少女の瞳は自分のしようとした事に対する強い怯えの色があった。


「ねえ、一つお願いがあるんだけど」


「何? 姉さん」


「私を殺してくれない?」


 少女の余りに残酷な願いに弟は固まった。


「い……嫌だ! 俺には姉さんを殺すなんてできないよ!」


「お願い、私に自殺する勇気なんてない。けど私にはもう時間が無いの。このままじゃいつ意識を失ってあなたに襲い掛かるか分からない! だからお願い、人としての意識があるうちに私を殺して。せめて心だけは人間のまま死なせて!」


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!」


 涙交じりの少女()の懇願に弟は泣き叫びながら引き金を引く。


 パン!


 乾いた音が街に響き渡り、弟の放った銃弾は少女の眉間を正確に撃ち貫いていた。


(あり……が……とう……。駄目……な……お姉ちゃん……で……ゴメン……ね……)


 少女の最後の想いは口から出る事はなく、瞳から光を失った少女はゆっくりと地面に倒れていく。

 弟は目から滝の様な涙を流して倒れ行く少女()の姿を見つめていた。

 完全に動かなくなった少女()。弟は涙を流しながらある物を見つける。それは少女()の首から下げられていたロケット。中を開くと父と母、少女()と弟の家族四人が幸せそうに笑っている写真が入っていた。

 弟は大切な物を扱うよう丁寧に少女()の首からロケットを外すと己の首から下げる。


「姉さん、このロケット、形見として貰ってくね」


 今はもう動かない姉の亡骸にロケットを貰っていくと告げると弟は走り出した。

 どこに行けば助かるかなんて弟には分からない。それでも弟は今は亡き家族の分まで生き残る為に走っていた。

 途中襲い来るゾンビを避けたり、拳銃で撃ち殺したり、それさえ間に合わなければ蹴り飛ばし体勢を崩している内に逃げたりもした。

 そしてどれだけ走ったのだろう。弟は肩で息をしながら縺れそうになる脚を懸命に動かし地獄の様な街を直走る。やがて弟の目にバリケードが飛び込んできた。

 街を覆う様に展開されたバリケード、その外側には大勢の軍人が完全武装で街の中へと向けて銃を向けている。


(やった! 生きてる人がいる! 助かったんだ!)


「おーい! おー――」


 パン!


 銃声が響き、それと同時に弟の胸に衝撃と強烈な熱が奔る。


「え……?」


 強い熱を感じた胸に視線を落とすと、そこには首から下げている姉の形見であるロケットが粉々に砕け、服に空いた穴からじわじわと血の色が広がっていく。


 パン! パン!


 続けざまに放たれる銃弾が弟の頭と心臓を穿つ。何で撃たれたのか、まったく理解できないまま弟の意識は永遠の闇に閉ざされた。


「こちらA班、生存者一名射殺完了。繰り返す、生存者一名射殺完了」


 弟を射殺した軍人が無線の向こうにいる誰かに向かって報告をする。その声に感情は無く、生存者である弟を撃ち殺した事に対する罪悪感など持ち合わせてはいなかった。

 彼等が持っているのは使命感。謎のウイルスの蔓延を防ぐ事が彼等にとってもっとも重要な事であった。

 それに比べれば今しがた射殺した生存者の命など、必要な犠牲の一つでしかなかったのだ。


『了解。本部より全部隊へ通達、総統閣下の許可が下りた。速やかに街中へ入り、感染者及び感染の疑いのある生存者、一人残さず駆逐せよ』


「A班了解。これより行動を開始する」


 無線から指示を受け取った部隊長が部隊全員へと無線の内容を通達する。各員が再度装備のチェックを開始する。銃火器はもちろんウイルスや感染者から装着者を守る防護服。空気感染を防ぐ為のダイバーの様なヘルメットに酸素ボンベ。

 全ての点検を終えた部隊はバリケードを守る最低限の人員のみ残しアサルトライフルを手に街中へと入っていく。

 そして軍隊が街に突入して一日、街の中にいたゾンビは元より、この地獄を命からがら生き延びていた生存者、その全てが軍によって殲滅された。

 そして全ての動くものを殺し終え部隊が全て街から撤収したのが確認されると、どこからともなくやって来た爆撃機が動く者のいない、死んだ街へ向かってナパーム弾を次々と投下していく。

 高温の炎が街を蹂躙し、街に無数に散らばっている死体や家屋をなんの例外もなく焼き尽くしていく。

 隣り合わせで眠るように死んでいる母娘も、幼い少年を命と引き換えに助けた男も、奇跡的に意識を取り戻し弟の手によって人として死んだ少女も、自分を助けてくれるはずの希望に殺された弟も全てナパームの炎は焼き尽くしていった。

 炎は丸二日燃え続け、後に残ったのは焼け崩れた家屋と誰のものとも判別のつかない炭化した死体のみであった。


 街を襲ったゾンビ事件から数年後、かの事件が人々の記憶から風化しかけている今も街だった場所は封鎖されたままゾンビが発生した原因は突き止められていない。

 風の噂では複数のウイルスが組み合わさって出来た突然変異だとか、某国が放った細菌兵器だとか、某企業の生体実験の失敗など噂は憶測の域を出ない。

 真相は未だ闇の中である。

この物語はフィクションです。登場する人物、団体、企業は現実とは一切関係ありません。

はい、言いたかっただけです。

初めてホラーに分類できる(と自分では思っている)短編を書きました。

これを書くきっかけになったのは寝ている時に見た夢です。初めてストーリー性のありそうな夢を見たのでそれを少しだけアレンジして書きました。

読者様方の暇つぶしにでもなれば幸いです。幸いついでにブックマークや評価、感想等を頂けると嬉しいです。


よろしければ現在連載中のこちらもお暇でしたらどうぞ。

「異世界転移の融合者」

http://ncode.syosetu.com/n7384dv/

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― 新着の感想 ―
[良い点] ストーリーの構成がとても良いと思います。 ただ、本当に救いがないですね…。 [気になる点] ところどころ、言い回しが気になるところがありました。 私の場合もそうですが、何日か経った後にも…
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