第2話 思い出のなかの男の子
「慎也くん、このあいだは遊園地、楽しかったねぇ」
ふたりで肩を並べて仲良く登校。僕は機嫌がいい。
君はなんだかひどく昔のことのように語っているけど、
僕の記憶が正しければ遊園地に行ったのはつい一昨日のことだ。
まぁ、それがいわゆる「君らしさ」なのかなあ。
高校生としてはじめて迎える3学期。
今季は雪が降るらしい。
草木はすっかりその色を無くし、次の出番に備えている。
それに引き替え入試だ、卒業式だ、新学年だと僕らの学校は大忙しだ。
1年生の僕らでさえこの忙しさ。
ああ、3年生になりたくないなあ。なんて。
「ねえ、慎也くんはどの曲がいい?」
「え、ああ、あかりが好きなのでいいよ」
「まーたそんな適当なこと言ってー」
僕らのクラスは卒業式で歌う曲決めをしていた。
黒板に並ぶのは、どこかで聞いたことのある定番曲ばかり。
うーん、どれを歌っても同じ気がするけどなあ。
始業のチャイムが鳴った。
目の前にいた彼女は渋々席についた。
黒板にあった曲を思い出してみる。
……9日?あいにく、僕らの学校の卒業式は3月1日なんだ。
「ここテストに出るぞー」
しまった、先生いまなんの話してたっけ。
「ごめんあかり、いまのとこ聞いてた?」
3学期始めの席替えで、なんとあかりと隣になれたのだ。
これは素直にうれしいなあ。
「な、なに!?」
彼女は右手をさっと隠した。
「そんなに驚くとこだっけ」
あかり、どうしたんだろ。右手?
「右手、どうかした? ノートもあまりとってないみたいだし」
「ちょ、ちょっと慎也くん、ひとのノートを勝手に覗かない! ほら、先生こっち見てるよ!」
ああ、ほんとだ。
仕方がないので僕は素直に前を向く。
僕、なにかしたっけ。
先生が授業を再開する。
視界の端で、隣の席の彼女が右手を机の上に戻したのが見えた。
帰り道、僕はあかりに訊ねた。
「今日の授業中だけどさ、右手は――」
「そんなことより私、少し寄り道したいところがあるんだ!」
うーん、なんでそんなひた隠しにするんだろ。
でもまあ、話したくないことをわざわざ聞き出すこともないか。
僕はあきらめ、彼女の寄り道についていくことにした。
「いいよ、寄り道。いこっか」
「公園?」
あまり遊具の数が多くないそこを、公園と呼んでいいのか少し迷った。
いまにも壊れそうな、錆びついたブランコや鉄棒。
夕方だからか、ひともいない。
どちらかというと、公園より空き地という表現のほうが適切かも。
「そうだよ! 昔はよくここでふたりで遊んだよねぇ」
「え?」
うーん、覚えてないなあ。
あかりは人違いしてる気がする。
君とはじめて会ったのは、高校の入学式のはずだけど。
「まさか慎也くん、覚えてない?」
なんでそんな寂しそうな顔で見てくるんだ。
彼女と目を合わせづらい。
あかりはまだ僕を見つめている。
んー、ここは話を合わせておくべきかなあ。
「いや、覚えてるよ。うっすらとだけどね」
苦笑いでごまかす。どうだろう。
「だよね! よかったー! ふふ」
彼女の顔がぱっと明るくなる。うう、ちょっと罪悪感。
いつか謝ることにしよう。
「なつかしいなあ。慎也くん、あのころから夢はお医者さんになることだったよね」
「ああ、そうだったっけ」
おいおいその子は僕と夢までかぶってるのか。
僕の知らないあかりの昔話。
「ほらほら! ここでお花の冠作ったりしてさ! ふふ」
僕に話して聞かせる君は生き生きとしていて、
ほんとうにいい思い出らしい。
姿も見えない謎の男の子に、僕はヤキモチを焼きそうだった。
でも、君のこんな笑顔が見られるのなら寄り道も悪くないな。
「それじゃ、送ってくれてありがとう。またあしたね、慎也くん」
「どういたしまして、またあした」
あかりがドアの向こうへと消えるのを見届けて帰路につく。
季節が冬というのもあって、外はもう真っ暗だった。
僕は家までの道すがら、あかりの話に出てきた男の子のことを考えていた。
うーん、やっぱり僕じゃないよなあ。
あの公園は初めて見たし。
「ただいまー」
暗闇からおかえりは返って来ない。
洗濯物を取り込み、お風呂を洗い、食事を作る。
これが僕のいつもの生活サイクルだ。
父親は医者をやっているので、あまり家にいない。
母親は僕が幼いころに死んでしまったと父から聞いた。
幼いといっても本当に小さいころで、僕には母の記憶がない。
あるのはかなり昔に撮られたらしい1枚の写真だけだ。
けど僕はこの人生を恨んでなんかいないし、悲観的になってもいない。
あかりに出会えたから、結果オーライだ。
なんちゃって。
僕、少し楽観的過ぎるかなあ。
「帰ったぞー」
お、父が帰ってきたようだ。
「おかえり、早かったね」
「ああ。そうだ、ひとつ相談があるんだがいいか?」
なんだろう。父さんが僕に相談事だなんて。