村はずれの魔法使いの生活
とある小さな村の外れに、一人の魔法使いが住んでいる。
彼は人口百人ほどのその村で、村の子どもたちや村人たちに文字の読み書きを教えるなどして、その対価として銀貨や野菜、肉や卵や牛乳やパンなどを村人から分けてもらって暮らしていた。
「お師匠様ー、もうすぐ朝ご飯ができますから、そろそろ起きてください。いつまでも寝てると、お布団剥ぎますよー」
魔法使いには弟子が一人いる。
先日、十五歳になったばかりの少女は、台所から持って来たフライパンをお玉でガンガン叩いて、ぐうたらな魔法使いを起こそうとしていた。
ちなみに彼女は、今より一時間以上も早くに起きて、近くの川から水を汲んで来たり、料理をするための火を起こしたりといった様子で、テキパキと働いている。
魔法使いの師匠の身の回りの世話をするのは、彼女の役目なのだ。
そして彼女は、その対価として、師匠から魔法を教わっている。
先日ようやく修得した“発火”の魔法により、火打ち石を使って火を起こす必要はなくなった。
しかし彼女が、薪のないところに炎を維持する“火炎”の魔法や、水桶の中に清涼な水を発生させる“水作成”の魔法を使えるようになるまでには、まだまだ勉強が必要である。
「うう……あとちょっとだけ……」
一方、ベッドの上で気持ちよさそうに布団に包まった魔法使いは、うるさい弟子に背を向けるように寝返りを打つ。
彼は一人前の魔法使いにしては歳若い、二十歳代後半ぐらいの青年である。
弟子の少女は、呆れたようにため息を吐く。
そして、フライパンとお玉を一度その辺に置くと、魔法使いの部屋の木窓を開けるために壁際へと向かう。
そして、外開きの木窓を開いて、薄暗かった部屋の中に朝日を呼び込むが、魔法使いはそれでも起きない。
むしろ外の冷たい空気が入り込んできたせいで、いっそう布団の中に潜り込んでしまう。
「もう、子どもじゃないんですから。早く起きてくれないと、もうすぐ出来上がる食事が冷めてしまいます」
「食べるときにまた火を通せばいいよ……」
「スープはそれで良くても、卵やパンには焼き加減があります」
「うう……でも布団から出たら寒い……」
「魔法で部屋を暖めればいいじゃないですか」
「そんな朝から疲れることはしたくない……そうだ、リリアが俺の布団に入って、俺を温めてくれればすぐに起きられるかも……」
「……ああもう、バカな事ばっかり言ってないで、早く起きてください。弟子の私が、お師匠様を差し置いて食事するってわけにもいかないんですからね」
少女は少し顔を赤らめながら言って、フライパンとお玉を手にして、魔法使いの私室から出て行った。
取り残された魔法使いは、仕方なく布団から這い出て、ベッドから降りて欠伸をする。
寝間着代わりの厚手のローブ一枚を身に纏った青年は、髪はぼさぼさで、みっともない。
だが身なりを整えれば、村娘たちが羨望するほどの美男子に変身するような容姿だ。
彼はのたのたと家の外に出て、そこに組んでおいてある水瓶の水で顔を洗う。
そしてまたのたのたと家の中に戻り、居間のテーブルの前の椅子に腰掛ける。
テーブルの上には、野菜の入った塩スープ、パン、サラダが二人分並んでいて、そこに弟子がスクランブルエッグとベーコンが乗った皿を持ってきて、テーブルの上に追加した。
いずれの料理も、木製の食器に、綺麗に盛り付けられている。
「リリアの作る料理って、どうしてこう旨そうなんだろうな。……いただきます」
「お師匠様の作る料理が、いい加減すぎるだけです。いただきます」
魔法使いの青年と、こちらも席に着いた弟子の少女が、それぞれに手を合わせて、食事を開始する。
「リリア、良いお嫁さんになりそうだよな。……っていうか、リリアもいつかは誰かの嫁に行っちゃうのかぁ」
「行きませんよ。嫁に行く気のある女が、魔法使いの弟子になんか、なるわけないじゃないですか。……ていうかお師匠様も、一緒に寝る相手が欲しいなら、お嫁さんもらったらいいんじゃないですか?」
「えー、でも、リリアほど可愛くて面倒見が良くて料理が巧い子なんて、そうそういるかなぁ」
食事をしていた弟子が、フォークとナイフを皿に置き、訝しげな表情を作る。
ジト目で師匠を睨みつけるが、その頬は恥ずかしげに、ほのかな朱で染まっている。
「あの……前々から思っていたんですけど、お師匠様のそれ、ひょっとして私を口説いてるんですか?」
「……あれ、そう聞こえてなかった?」
その師匠の返答に、弟子は難しい顔をして、再びフォークとナイフを手にして、食事を再開する。
一方の魔法使いの青年は、食事を続けながら、少女に問いかける。
「返答は?」
その問いに、弟子はムスッとした顔で食事を口に運びながら答える。
「……そのモテ男特有の自信が気に入りません。あと、師匠だと思えば耐えられるものも、夫だと思うと耐えられる自信がありません。……今のままの関係の方が、いいと思います」
「つまり俺は振られたと」
「そうですね。ざまぁ見ろです」
それからおよそ半年後。
弟子は純白のウェディングドレスに身を包み、村人たちが見守る中、師匠だった男と誓いの口づけを交わすこととなった。




