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彼女の家はとにかく沢山の部屋があって、それは一日では周りきれないほどだった。
図書室、美術室、音楽室にわかれていて、おまけに料理室までもがあった。
「料理室?それって普通に台所で良いじゃ?」
「お嬢様が料理を学ぶ部屋が料理室でございます。キッチンは別にありまして、そこではシェフたちが日々、料理を作っております」
「はぁ、料理室ねぇ」
「森口」前を歩いていた彼女が振り返る。
「あなたの執事としての最初の仕事を与えるわ。来週、日曜。私の高校の友達を百人、招待しているの。その子たちをもてなしてちょうだい」
「百人!?そんなに大勢?それにもてなすって何すれば良いんだよ」
困惑する僕に「料理を運んだりと基本的なことだけで構いませんので、分からないことは私が教えましょう」吉川さんが小さな声で言った。
「じゃあ、私はお風呂に入ってくるから吉川に家の中でも案内してもらいなさい」
そう言って彼女は、部屋の奥の奥に消えた。
「さあ、ではまず着替えからです」
吉川さんが手に黒と白の真新しい服を持っている。
「これは、ここでの制服みたいなものですな」
そう言うと、僕にその制服を渡した。
「早速これを着ろと」
吉川さんは黙って頷いた。
着替え終わり、鏡を眺める。「意外に悪くないかなぁ」なんて、この現実離れした家と、いかにもな制服に騙されそうになる。
「こちらへついて来てください」
吉川さんの後ろを歩きながら廊下を見渡す。
置物、飾られた絵、花、全てに空気が張りつめている。
「彼女、いや『お嬢様』の雰囲気が中と外じゃ随分と違いますね」
僕が尋ねると「仕方のないことです」と吉川さんはため息をついた。
「ここ、桜川家にふさわしい人間になるため、幼少の頃からそれは厳しい教育をうけてらっしゃいますから。『抜け』があってはいけません。家が栄えれば、それだけ妬み嫉みの対象となりやすいですから」
「へぇ、お金持ちにはお金持ちの悩みがあるんですね」
「森口さまもすぐ実感なさいますよ」
そう言うと、あるドアの前で足をとめた。
「此処でございます」
ドアを開けると、パーティーテーブルがいくつも並び、無数のグラス、皿、フォークやナイフが置かれていた。
「此処で今度のパーティーにおける執事の動きの特訓を行います。もう日がございません、スパルタでいきますよ」
話の内容とは不釣り合いな笑顔だった。




