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「では、運転手を外で待たせてありますので一旦、校門まで行きましょう」
玄関を出ると、窓から沢山の生徒たちが身を乗り出している。
「凄いな、あんな車にのってくるなんて有名人?」
口々に噂しているのが聞こえてくる。
その時点で、またしても僕は嫌な予感がしていた。
段々と姿を現したソレは、テレビや映画でしか見たことのないようなものだった。
「お嬢様の隣へ」
吉川さんがドアを開けてくれる。僕は窓からの視線から逃れるように車に乗り込もうとした。
「おーい、涼太。どうなってるんだ?そのとなりの可愛い子だれ?」
真田が大声で叫ぶ。皆の視線が一気に集中する。
(あとで覚えてろよ)
ドアが閉まり、車が走り出す。
「右に曲がってちょうだい、それからあの信号まで真っ直ぐよ」
彼女が運転手に迷いなく指示を出す。
「ひょっとして、家までの道知ってるのか」
恐る恐る聞いた。
彼女は不敵に唇の端を上げた。
「もちろん、リサーチ済みよ」
(さようなら、僕の平和な日々よ……)
家で吉川さんから一連の話を聞いた母は、しばらく口をあけたまま固まっていた。
「母さん、固まってないで何か適当に理由つけて断ってよ」
小声で肘をつつく。
僕の声で我に返り「そうね、大事な息子だものね」
「あの……」
母が言いかけた時、「僅かですが」
ぽんと置かれたのはお札の束だ。
あまりに驚きすぎて僕も母も飛び上がりそうになった。
「三百万あります。足りない場合は、おっしゃってください」
吉川さんがにこやかに言う。
「日曜の朝から夕方だけ涼太さんを借りたいんです」彼女がうるんだ瞳で訴える。
「そ、そう。そういうことなら、お好きにどうぞ。ふつつかな息子ですが」
なんと母はあっさりと快諾してしまった。
「涼太、こうなったらとことん力になってあげなさい」
僕の両手を握る。
(そうだ、この人は昔から物に弱かったんだ……)
「さぁ、お見送りしてさしあげて」
玄関を出ると(ふっふっふ)と彼女は笑い、「買収成功!」と高らかに宣言した。
「今週の日曜の朝、迎えにくるわ」
そう言い残して、あのやけに目立つ車にのりこんだ。
そうして、僕は僕の意思と全く関係なく彼女の執事になった。




