亀裂……そして
僕と志穂さんが、あれやこれやとやり取りしていると突然、教室の戸が凄い勢いで開いた。
「手は打ったわ、これよ」
入ってきたのは『お嬢様』こと彼女だった。
彼女は誇らしげに封筒を掲げる。
そこには、入学許可の文字が。
「森口、あなたは明日から私の学校へ来なさい。桜ノ宮学園よ」
「ちょっと、勝手にどういうことですか!?」
僕は慌てて尋ねた。
「もう転学届は出しておいたわ。桜ノ宮学園は私のおば様が経営している高校だから、入学後については安心してもらって大丈夫よ」
「ちょっとー、それじゃあ私は何のためにこの高校に来たのよ」
甲高い声で二人が話す。
僕は自分がおもちゃにされているようで、頭に熱がこもってきていた。
そして、とうとう爆発してしまった。
「いい加減にしてくれ、僕はおもちゃじゃないんだ。あなたも志穂さんも馬鹿げてる。もう僕はあなた達とは一切関わりたくないんだ。頼むから二度と近づかないでくれ」
爆発した僕を見て、志穂さんは「そんなに怒んないでよ」と懲りずに擦りよってきた。
一方、彼女はというと傍目にもわかるほどシュンとしていた。
(やばい、言い過ぎたかな……)
思わずそう思うほどだった。
「ちょっと言い過ぎ……」
僕がそこまで言うと彼女は走り去ってしまった。
追いかけようとすると「根性ないわねー」と志穂さんにガッチリと腕を掴まれてしまった。
それから一ヶ月。
彼女とは一度も会うことはなかった。
♦♦♦
バレンタインの日。
志穂さんは予想通り、やけに大きくやけに高いチョコをプレゼントしてくれた。
「あ、ありがと」
一応、お礼を言う。
志穂さんは「一日でも早く、あなたを私のものにしてみせるから」
と、何ともストレートな返事を返した。
(そういえば、彼女はどうしてるだろう。新しい執事見つけたのかな)
寝る前に一度は必ずその考えがよぎった。
連絡をとってみようかと思ったが、意地というか一度あそこまで言ってしまった手前、踏ん切りがつかなかった。
志穂さんが珍しく、お茶の習い事とやらで早く帰った日、僕は一人で帰り道を歩いていた。
(ワン!)
突然、メイらしき鳴き声が聞こえてきた。
空耳か……そう思った矢先、犬が飛び付いてきた。
「メイ!」
メイは嬉しそうに、尻尾をふる。
ふと顔を上げると、そこには吉川さんが立っていた。
「お久しぶりでございます」
そう言って頭を下げる。
「久しぶりです」
僕はなんだか合わせる顔がなくて、素っ気なく返事をした。
それでも、吉川さんは変わらず優しく笑いかけてくれた。
そして、こう言った。
「是非、森口さまに会いにいって頂きたいのです」
僕は、もちろん彼女のことだと分かった。
そして、黙って吉川さんの後ろに止まっている車に乗り込んだ。
車のなかで吉川さんは言った。
「最近のお嬢様は見ていられません。あなたと疎遠になってから一日中ぼんやりとしてしまって。ご迷惑かとも思いましたが……」
「いえ、迷惑だなんて」
僕は声を振り絞って答えた。
「此処でございます」
案内されたのは桜ノ宮学園だった。
初めて入るこの場所に圧倒されながら、吉川さんに促されるまま進んだ。
「あそこに」
手を差し出された先には中庭にぼんやりと座る彼女が居た。
「森口さまの存在は、お嬢様の中で私達が思う以上に大きかったのかもしれませんね」
吉川さんが言う。
僕はその言葉を聞いて、思いきって呼び掛けた。
「お嬢様」
彼女は驚いたように、こっちを見た。
そして、足早に校舎の中に入って行く。
「待って」
僕が追いかける。
階段の踊り場でやっと彼女の手をつかまえる。
「ごめんなさい」
彼女の第一声はそれだった。
「えっ?」
「本当にごめんなさい、私あなたのこととなると周りが見えなくなって……今までしていたことを考えると恥ずかしくて」
「そんなことない。僕のほうこそごめん。」
沈黙が二人を包む。
そして、どちらともなく笑った。
「なんだか意地の張り合いね、馬鹿みたい」
彼女は照れくさそうに言う。
「そうだ、待ってて」
そして、もじもじとどこからか小さな箱を取り出す。
「今日、バレンタインだったわよね」
そこには思いのこもったチョコが入っていた。
それを見て僕は言う。
「嬉しいよ。もし良かったらまた僕を……」
その時
「ちょっと待ちなさーい!」
あの人の声だ。
志穂さんが息を切らせて僕たちの前に現れた。
「なーんか、嫌な予感がしたのよね。後をつけさせて良かったわ」
「そこまでする!?」
僕がひいていると目ざとく僕が持っているチョコを見つけた。
「何よそれ、貸しなさい」
必死に取り上げようとする。
「それは大事なものなのよ」
彼女が奪いかえそうとする。
二人が激しく揉み合う。
その時、「あっ」
彼女がはずみで階段から、転げ落ちた。
僕はすぐに駆け寄った。そのまま彼女は意識が戻らないまま病院に運ばれた。
その間、志穂さんはずっと震えていた。
何日かして、医師から告げられたのは衝撃的な言葉だった。




