桜川綾の憂鬱
「おっはよー。いつまで寝てるの起きなさーい!」
あれから一週間、僕は吉川さんに言われた通り、渡された資料を頭に詰めに詰め込んだ。
そして、こんなに朝早く(七時三十分かぁ……)からアノ声が聞こえるということは、僕がやってきたことの成果を試す日が来たということだ!
……こう思わないとやってられないよなぁ。
僕が妙な感慨に浸っていると、またもや隣には彼女がちょこんと座っている。
「うわぁああ」
「二回目ね、学習能力ないわね。あなたは本当に」
僕はこんなことで動揺しちゃいけない、と首をふる。
「今日は、本番ですね。お嬢様」
「なによ、いきなりキリッとしちゃって。らしくないわ」
「なんせ吉川さんから貰った資料をこの一週間、読みまくりましたから。もうプロの執事と呼んで頂いても構いません」
多少、格好つけてみた僕に彼女は薄い目をする。
「凄い寝癖なんだけど。で、プロの執事がなんだって?」
急いで鏡を見ると、髪が逆立っている。
「格好つけてないで行くわよ。今日は会場のセッティングもお願いね」
そうして、僕は車へと押し込まれた。
桜川家に着くと庭園には、沢山の人が準備に勤しんでいた。
「おぉ、やっとお着きになられましたか。さぁ、お皿の準備をお願いしますよ」
吉川さんが指差した先には、それはもう大量の皿が重なっている。
「あれを全部ですよね?」
「もちろん、割らさないようにお願いしますよ」
ここに居ると感覚麻痺してくるなぁ……。
隣では吉川さんも手伝ってくれている。
僕はかねてからの疑問を吉川さんにぶつけてみた。
「吉川さんは、どうして引退するんですか」
しばらく考え込んだ後、キッパリと言った。
「孫と遊びたいからです」
「はぁ、孫ですか」
「えぇ、この仕事をしていると時間がとれませんのでね。引退したらハワイでもどこでも行って、孫とゆっくりしたいものですなぁ、はっはっは」
なんか、いつもの吉川さんのキャラと違う。
そう思いながらも、人には知られざる願望があるんだなと、深くは突っ込まないようにした。
「そろそろ開場の時間ですな」
周りを見渡すと、きらびやかな装飾が見事に成されている。
それと同時に車のドアを閉める音、華やかな声が次々と聞こえてきた。




