畑町裕樹 その①
それはつい最近起こり始めた事件であった。
――――人が部屋から忽然と姿を消す。
一か月で百人以上の人間が姿を消した。消息を絶った人たちに接点はなく、警察は頭を悩ませるばかりであった。ただ、一つだけ手掛かりは見つけていた。姿をくらました全員がパソコンを付けっ放しにしていたという事だ。しかしそこから捜査が発展することはなかった。パソコンはブルースクリーンが表示されているだけで、それ以前に何を調べていたのか、何をしていたのか一切分からないままであった。
そんな中、巷ではある噂が飛び交っていた。この物語は、世間を騒がす「神隠し事件」に遭遇した少年、少女の冒険記である。
八月。蝉の鳴き声が今日もうるさい。私立大学に通う畑町祐樹は蝉の鳴き声で目を覚ました。カーテンの隙間から差し込む朝日に目を細めながら、汗で濡れた額を手の甲で拭った。そのまま一分ほど睡魔と戦いながらうな垂れていた。
「くっそ暑ぃ……」
祐樹の手は自然と冷房のリモコンへと伸びていた。無機質な機械音と共に涼しい風が吹く。ここでようやく彼の脳内が活動し始めたのであった。
まずは携帯に目を通した。特にメールも友人からのチャットの通知も来ていなかった。ついでに時間を確認すると午前八時と表記されていた。
「蝉の野郎……」
今大学は夏休みである。祐樹にとっては大学に入って二度目の夏休み。蝉が忙しく鳴かなければもっと遅い時間に起きていただろう。だから彼は蝉に悪態を吐いたのだ。もっとも蝉が鳴かなくても暑さで起床していたかもしれないが。
祐樹は深い溜め息をすると、腰掛けていたベッドから立ち上がり、冷蔵庫まで向かった。そして扉を開け、中からミネラルウォーターを手に取り、それを一気に飲み干した。
「生き返る」
ペットボトルが空になったので、適当に投げ捨てて再びベッドに腰掛けた。そしてテレビの電源を入れた。液晶の中で、朝のワイドショーの司会者が難しい顔をして「またです」と口にした。この「また」というのはきっと神隠し事件の事だろうと思いながら祐樹はぼうっとテレビを見つめていた。
『これで何件目でしょうか。昨夜未明、都内に住む十七歳の少女が部屋から忽然と姿を消しました。警察は最近多発している失踪事件と何らかの繋がりがあるとして捜査を進めています』
司会者の言葉に続いてゲストとして横に座るご意見番が持論を展開していた。
『この事件はですねぇ、集団心理が働いたものですよ。現在行方不明になっている人数がここ一か月少々でのべ二百人を超えたという統計が出ています。今の日本に不満を持った者達が密かに集結して何かをやらかそうとしているに違いありません』
この言葉にスタジオが若干ざわついていたが、祐樹にとってはどうでもよいことだった。別のチャンネルに変えても同じ事件のニュースばかりで、遂に祐樹はテレビを消してしまった。部屋には蝉の鳴き声と冷房が動く音しか聞こえない。
「あいつに連絡取ってみるか。起きてるだろう」
時刻は一時間後の午前九時。場所は祐樹の家――――彼は一人暮らしである――――からそう遠くないコンビニ。そこに祐樹はいた。週刊少年誌を立ち読みしながら人を待っていた。
いらっしゃいませー、と店内に響いた後、野太い声が祐樹の耳に届いた。
「おい、なんでこんな朝早くに呼び出す?」
「オレが暇だったから。それにどうせ秀樹も暇だろ?」
少年誌を閉じ、棚に戻して祐樹は声がした方を向いた。そこには筋肉質で如何にも格闘技をしているような身体つきの男が眉を顰めながら立っていた。




