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私には性別がありませんでした  作者: 六条菜々子
第6章 無意識的から意識的へ
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第64話 打ち上げ花火

 夏休みが始まり、数日が経った。

 その期間中は、あえて武弥と共に過ごす時間を増やそうとはしなかった。自分の気持ちはよく分かっていた。私は武弥のことが好きなのだということを。これ以上武弥と一緒に居ると、私はこの感情を抑えられなくなるということも。

 何かのはずみで、私は私のことを傷つけてしまうのではないかと恐れていた。ただ、臆病だった。



「沙希、明後日の花火大会のことなんだけど」

 そんな電話がかかってきたのは、昨日の夜のことだった。

 これまで、武弥とは学校で話すことが多く、こうして電話を使って連絡し合うことは、それほどなかった。なので、突然かかってきた武弥からの電話に、私は少し驚いていた。

 そんな私の事情など知らないであろう武弥に、私はこう返事をした。

「それがどうかした?」

 そう返した後、私はあることを思いついてしまった。それは、武弥が花火大会をあまり楽しみにしていないのではないか、ということである。つまり、この電話は一緒に行くことを断るための電話なのではないか、そう思ったのである。

 しかし、私はそれでもいいと思ってしまった。そうすれば、武弥へこの気持ちを伝える必要は無くなると思ったからだ。

 他の女の子と付き合えばいいとさえ思っていた。それが、たとえ七海であったとしても。

「もしかして、都合悪くなった?」

 いっそのこと、『他の子に誘われたから、沙希とはまた今度な』ぐらい言ってほしいと思った。あの告白は嘘なのだと言ってほしかった。そうしないと、私の心は壊れそうだった。

「いや、違うよ。沙希は浴衣とか着るのかなって思ってね」

 それは、予想に反したものだったが、私は平静を装って返答した。

「浴衣着てほしいの?」

 以前、武弥と臨海市まで遊びに出かけたことがあった。その時に、私が浴衣に興味を示していたことを武弥は覚えていてくれたのだろうか。そう思うと、心が痛かった。

 それは、私のことを女だと認めてくれているということだからだ。

「うん。だめか?」

「別にだめって訳じゃないけど……」

 その後に続くはずの言葉を私は言い出すことは出来なかった。

「わかった。着てあげる」

「それは楽しみだ」

 落ち込んでいる武弥の声を聞きたくなかった。そう思った私は、浴衣で花火大会に行くことにした。人生初の浴衣デビューはこうして決まった。



「武弥、お待たせ」

 花火大会当日、浴衣を着ることになった私は、お姉ちゃんに手伝ってもらいながら、浴衣を着て出かけた。少し手間取ってしまい、待ち合わせの時間に少し遅れてしまったのだ。

「浴衣似合ってるな」

 不意に言われたその言葉に、私は恥ずかしくなってしまった。自分の顔が熱くなっていることにすぐ気が付いた。

「じゃあ、行こうか」

 私は、武弥の気遣いを無視するように、歩き始めていた。



 花火大会の会場は、町の中心部にある。この地域では、規模の大きい部類に入るため、見物客も多い。その中にいると、ゆっくりも出来ない。なので、私と武弥はその近くにある、卯辰山公園へと向かった。

 頂上にたどり着くまで、少し時間はかかったが、開始時刻には間に合ったようだ。

「沙希、大丈夫か?」

「うん」

 それほど勾配はきつくないが、私の体力では少し大変だった。息が上がってしまい、ゆっくり進むことにした。

「もうすぐ始まるぞ」

 武弥は、携帯電話の画面を確認しながら言った。その直後、花火の打ちあがった音が、あたりに響いた。

「花火、綺麗だね」

 思わず口に出してしまうほどに、打ちあがっていく花火はとても綺麗に見えた。一つひとつに、何か思いが込められているような気がした。

「そうだな」

 そう言いながら、武弥は軽く私の手を握ってきた。そのことに少し驚いて動揺していたけれど、私も軽く握り返した。

 すると、武弥は私の方を見て、笑っていた。きっと私も笑っていたのだと思う。本当に、本当に幸せな時間だった。ずっとこのまま、武弥と一緒に居れたらいいのにと思った。

 次々に花火が上がる中で、私は時間が止まってほしい、そう願った。いつの日だったか思いついた、時計が壊れるということではなく、この一瞬が何より宝物だと感じていた。


 どのくらい経ったのだろう。今が何時かは分からないけれど、ただ何となく花火大会が終盤に差し掛かっているような気がしていた。

 結局、武弥と握り合った手は、今もそのままだった。手が熱くなっていることに気が付きながらも、私はそれを離そうとはしなかった。

「そろそろ終わりだね」

 武弥はそう呟いた。しかし、その言葉で私は現実に引き戻された。

 もう、終わってしまうのだと。あんなに待ち望んでいた花火大会が、終わってしまうのだと。

 もう、武弥とは会えないかもしれないと。

 そう思うと、途端に胸が苦しくなり、手を握る力を少し強くした。


 花火大会が終わり、他の見物客が山を下りていくなかで、私と武弥はその場所に立ち尽くしていた。

「なあ、沙希」

「どうしたの?」

 沈黙を破ったのは、武弥だった。武弥の言いたいことは何となくわかってはいたが、あえて黙って聞くことにした。

「俺のこと、本当はどう思ってるんだ?」

 武弥は、私の何かを感じ取っていたのかもしれない。そんな質問の仕方だった。

「親友だと思ってるよ」

 私は、嘘をついてそう言った。親友だなんて思えなかった。友達として武弥のことを見ることは、もう出来ていなかった。私が本当に好きなのは、ずっと武弥だった。男として生活していた時に、羽衣を好きになることで武弥のことは忘れようと思ったこともあった。でも、私にそんな器用な真似は出来なかった。ただ、羽衣を傷つけてしまっただけだった。

「ずっと俺は沙希の『親友』なのか?」

 苦しかった。武弥は私を責めているわけじゃない。でも、その気持ちが私には耐えがたいものだった。

「……うん。だから私は、武弥と恋人同士になることは出来ない。もうこんなあいまいな関係は、今日で終わりだからね」

 それは事実上の絶交宣言でもあった。もう武弥とは関わりたくないという気持ちから出た言葉だった。



 それからの約一か月間、私は武弥と顔を合わせることはなかった。

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