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私には性別がありませんでした  作者: 六条菜々子
第6章 無意識的から意識的へ
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第63話 かけがえのない時間

 だんだんと、雨の降る日は少なくなっていった。やがて7月になり、梅雨明けが発表された。梅雨が明けると、暑い日々が始まる。本格的な夏の到来である。

 途中で定期試験があったけれど、普段から勉強をしていた私には、特に難しいことではなかった。ただ、数学は赤点にならないように必死に頑張った。それ以外の教科は、そこそこの成績だった。

「今から夏休みの課題プリントを配ります」

 先生の今の言葉は聞かなかったことにする。ただ課題をしたくないということもあるけれど、本当の理由は違う。

 多分、私はもうこの席には座れないと思う。もうみんなとこうして顔を合わせることはないと思う。なぜそう思うのかは、はっきりと分からない。ただ、なんとなくそんな予感がするのだ。


「沙希、もう帰る?」

 武弥が急に話しかけてきたので驚いたけれど、いつの間にか話は終わっていたようだ。

 夏休みの諸注意事項を話し終えた先生は、教室の前にある椅子に座ってゆっくりしていた。先生も先生なりにいろいろと考えるところがあるのだろうか。時々来る生徒からの質問に、だらだらと答えていた。

 生徒たちは、帰る準備をいつもよりも早く終わらせて帰る人もいれば、入試対策のために残る人もいた。だが、残る人はそれほどいなかった。この学校では、3年生の約8割強が就職だからである。就職組は、ほとんどが内定を夏休み前にもらっていた。

「ううん。まだ学校にいるよ。どうしたの?」

「いや、一緒に帰ろうと思ったんだけど、まだ帰らないのか」

 武弥はとても残念そうな顔をしていた。そんなに私と一緒に帰りたかったんだ。

「武弥も一緒に来る?」

 部長に気に入られた私は、合鍵を持っているのだ。なので、特に用事がないときと文芸部の休みの日が重なった時は、部室でゆっくり一人でのんびりと過ごしているのだ。

 今日は、久しぶりに一人で文芸部室を使おうと思っていたけれど、武弥なら別にいても平気だと思う。

「行ってもいいのか? 部活じゃないのか」

「ううん。私一人だけだよ」

 武弥は、さっきまでの表情を忘れたかのように嬉しそうな顔をしていた。この顔が見れただけでも、武弥を誘った意味があったように感じた。



 部室棟の一番端にある、文芸部室へと向かった。

 この学校には、西棟、東棟、連絡棟、北棟と四つに分かれて校舎がある。つまり、部室棟というのは通称で、本当は西棟というらしい。なぜ部室棟とみんなが呼んでいるのかはよく分かっていないらしく、部長が昔聞いた話では、部室が集まっている棟だからというのが有力な説なのだそうだ。かと言って、部室よりも教室の方が数は多い。

 まあ、学校には多少の謎はあったほうが面白いので、これでいいのかもしれない。

 連絡棟の3階にある図書室を通り過ぎ、階段横の道を行くと、文芸部室に到着する。



 私が鍵を開けて、最初に武弥を部室へと入らせた。その方が面白い反応が見れると思ったからである。

「なあ沙希、なんだこの部屋」

「教室と和室が合体してるんだよね。だからこんな部屋になってるの」

 この部屋は2つの部屋が合わさっている。手前が小さな教室。家庭科の授業で使われたりする。奥は襖で仕切られている、和室になっている。放課後には、この教室は文芸部室になるので、2つのグループに分かれて別々の部屋で活動している。

「すごいなあ。この学校に和室があるなんて知らなかったよ」

 武弥は、和室が気に入ったのか、畳に座り込んでしまった。今どき畳が好きな男子高校生がいるというのも、何だか面白い。私も畳が好きなので、人のことは言えないけれど。


 それからしばらくは、武弥と和室でゆっくりとした時間を過ごしていた。何かをするわけではなかった。ただ、お互いの存在を近くに感じているだけで十分だった。

 本当は、武弥と一緒に居る時間をもっと増やしたい。もっとそばに居たい。武弥はきっと何も言わずに、私のことを受け入れてくれる。

 武弥は私のことを好きだと言ってくれた。すごく嬉しかった。そう思ってしまった自分がとても憎かった。


「そろそろ帰ろうか」

「そうだね」

 ここに来てから、どのくらいの時間が経ったのだろう。途中から昼寝をしていた武弥が起き上がり、帰る支度をしていた。

 私は、武弥の近くに居てもいいのだろうか。その答えが導かれることはない。



 夏休み前最後の下校。武弥と肩を並べて通学路を歩いている。


 最後の夏休みは、すぐそこに迫っていた。

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