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私には性別がありませんでした  作者: 六条菜々子
第6章 無意識的から意識的へ
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第59話 すべての始まり~追憶~

 あれは、私がまだ周りと同じ『男の子』だと思って過ごしていた時に起きた。別に大したことは無かったのだけど、今考えるとあの時から私自身が気付いてもおかしくない事だった。

 周りのことは違う、普通の子ではないということを。



「また男子が掃除さぼってるね」

「まともにしてくれるのは中津君だけだよね」

 あの時も、私は男子の中では一人だけで教室の掃除をしていた。他の男子は休んでいるわけではなく、くだらない遊びをして楽しんでいた。それを見て、私と女子たちは『またやってる』という感じで見ていた。私以外の男子はみんなそんなことをしていたので、女子たちは男子のことを嫌っていた。

 この日もいつもと同じだった。

「男子も手伝いなさいよ」

 少し違うところもあった。女子側がついに怒りをあらわにしたのである。堪忍袋の緒が切れると言うのは、こういうことを指すのだろう。ただ、この時に先生がいなかったため、男子は遊ぶことをやめなかった。

 事故はそんなときに起きた。


 私が机を運ぼうと歩いていると、男子の中の一人がぶつかってきたのである。その時のことをよく覚えていないけれど、私は冷や汗を流しながらお腹を押さえていたらしい。私の倒れている姿を見て、泣き出してしまう子もいたみたい。

 意識が戻った時には、私は保健室のベッドの上で寝ていた。

「大丈夫?」

 声をかけてくれたのは、保健室担当の先生だった。

 その後、先生から教室で何があったのと聞かれたけれど、何が起きたのか私にもよくわからなかったから、上手く答えることが出来なかった。

「まだ痛い?」

「ううん。ちょっと気持ちが悪いだけ」

 その返事は、普通の男の子がするものではなかった。


「中津、さっきは本当にごめん」

 しばらくすると、さっきの男子が戻ってきた。その顔にさっきまでの笑顔はなくて、とても申し訳なさそうな顔をしていた。

「いいよ。わざとじゃなかったんだろ」

「…そうだけどさ」


 その日の放課後は、家の前まで送ってもらった。

「さっきはごめんな」

「もう謝らなくてもいいよ」

 もう何もできない。そう訴えかけるような顔をしていた。それに対して、私はそこまで気にしていなかった。何も言わないのなら別だけれど、この子はきちんと謝っている。私が怒る理由は見つからなかった。

「あら、おかえり。お友達連れてきたの?」

 しばらくすると、家の中からお姉ちゃんが出てきた。私が誰かを家の前まで連れてくる事なんて無かったから、少し驚いていた。

「うん。家上げてもいい?」

「いや、俺はそんなつもりじゃ…」

「いいわよ。せっかくだからゆっくりしていきなさいね」

 もう時間は五時を過ぎていたけれど、ちょっとだけ家に上がることになった。


「お前の家って一軒家なんだな」

 一軒家と言うところに興味を持ったのか、憧れのまなざしで家の中を見ていた。話を聞いてみると、自分の家はアパートなのだそうだ。私はよく分からないけれど、やっぱり一軒家に憧れを持つのだろうか。

 ただし、一軒家と言っても決して綺麗ではなかった。築30年を越えているから、お世辞にも綺麗とは言えなかった。自分の住んでいる家なのだけれど、あまり好きではなかった。

「もう気にしないでいいからね。さっきのことは」

 私がそういっても、その顔は晴れなかった。

「秋路、ちょっと手伝ってくれない?」

「わかった。ごめん、ちょっと行ってくるね」

「あ、うん」

 お姉ちゃんが台所を離れるので、代わりに手伝いをすることになった。お姉ちゃんはリビングの方に消えていった。一体何の用事だろう。


 お姉ちゃんは十分程度で戻ってきた。あの時は何の為に行ったのだろうと思っていたけれど、多分私のことを説明していたのだろうと思う。直接聞いた事は無いから分からないけれど。

「ありがとう。もう戻っていいよ」

「わかった」

 私は料理を作ることが好きだったので、よくこうして手伝うことが多かった。


 外がすっかり暗くなっていたので、もう帰ろうということになった。小学生にしては、少し遅い時間だった。

「家まで送ってくれてありがと。また学校で」

 すっかり笑顔が無くなってしまったけど、ほんの少し元気になっている気がした。家に入れてよかったと思った瞬間だった。

「ううん。ほんとにごめん」

「もういいよ。気持ちは伝わってるから」

 申し訳ないという気持ちが確かに私に伝わってきていた。もう十分。そう感じていた。

「じゃあまた明日ね」

「うん。…また明日」

 顔は引きつっていたけれど、ちょっとだけ気が楽になってくれていたらいいなと思っていた。私のことで迷惑をかけたくなかった。



 それからしばらく、学校に行くときに一緒になることが多かった。掃除の時にぶつかったことがきっかけになってしまったけれど、次第に仲良くなっていった。

 そして、いつからか下の名前で呼び合う仲になっていた。

「じゃあ秋路、今日も家寄って行ってもいいか?」

「うん。いいよ」

 最初の方は自分の部屋に入れることはしなかったけれど、次第に入れることが普通になっていた。ただ、何故か武弥は部屋で二人きりの時にそわそわすることが多かった。もしかすると、このころからすでに『知っていた』のだろうか。


 そんなある日、私は武弥に臨海市へ買い物に出かけようと誘われたことがあった。特に断る理由もなかったので、私は行くことにした。誘われた時にはあまり気にしていなかったが、当然ながら武弥と二人きりである。

「どこから行く?」

 臨海市の電気街に着くと、そこには人がたくさんいた。実はここに来るのはこの日が初めてだった。外出をあまりしなかったので、森本市から外に出ていくことも無かったのである。臨海市に家族以外と行くのも、これが初めてだった。

「どこでもいいよ。どこか行きたいところはないのか?」

「そうだな。ゲームとかはどうだ?」

 武弥はこんな性格だが、実は病弱であった。今でこそ普通に生活することが出来ているが、この日も退院して少ししか時間が経っていなかった。そういった事情もあり、武弥は携帯ゲームを好んで遊んでいた。

「いいよ。案内よろしく」


 さすが武弥といった感じだった。ここの事をよく知っていた。ここはだめとかあそこは品揃えがいいとか、こっちには安い店があるなど。とにかく物知りであった。

「武弥って何でも知ってるんだな」

「まあな。何回来てると思ってるんだよ」

 武弥は自信満々にそう答えた。本当に何でも知っていたので、私は電気街を回っている間、全く飽きが来なかった。むしろ、時間はあっという間に過ぎていった。一日ではとても足りるはずがなかった。


「あっという間だったね」

「秋路もか。俺も今日はあっという間だったよ」

 武弥は満足げに言った。ゲームのカセットをいくつも買い込んでいた。10個くらいだっただろうか。久しぶりに来たと言っていたので、よほど嬉しかったのだろう。すごく幸せそうな顔をしていた。

「そういえば秋路は何も買わなかったな。良かったのか?」

「うん。俺はそもそもゲーム機すら持ってないよ」

 私がそう言うと、武弥がとてもびっくりした顔をしていたのをよく覚えている。きっと心の中で『ありえない…』と思っていたのだろう。小学校の高学年と言えば、男子なら誰でもゲームを持っていることが当たり前、みたいな風潮があった。男子が話を始めると、その内容の多くはゲームに関することだった。それに対し、女子は服装や恋バナなどが多かった。

「もしかして、ゲーム自体をしたことがないのか?」

「うん」

 私がそう答えると、武弥は唖然としていた。よっぽどショックだったのだろう。人を見るような目ではなかった。

「秋路、俺の家に来るか?」

「武弥の家に?」

 その誘いはそれまでに無かったものだった。今まではずっと私の家で遊んでいたのである。遊ぶといっても、ただぐだぐだするだけだったが。しかし、今回は武弥の家に行くことになった。

 理由は単純で、武弥が私にゲームの面白さを教えたいのだそうだ。いつもより気合が入っている武弥の誘いを私は受け入れた。


 武弥が好んで遊んでいたのは、アクションやレース系のゲームだった。操作方法が単純という理由で、私はレースゲームを選んだ。

「これで進むから。まあ、とりあえず走ってみるといいよ」

「わかった」

 いざやってみると、予想以上に面白かった。自分の操作したとおりに画面の中で車が動くのである。

「おいおい。お前、操作上手いな」

 何戦かしてみたが、全勝で終わった。ゲームをするのは、この日が初めてだったので自分でもびっくりした。

「なあ、対戦とかしてみないか?」

「対戦?」

 武弥の話を聞くと、対戦とはゲーム内で競争が出来るというものだった。私はそこで気が付いた。これなら、二人で遊べるということに。

「今度してみようか」

 私はその提案に乗った。


 それからしばらく武弥の家に通う日々が続いた。通うと言っても、私が武弥のゲーム機を借りて車を走らせるだけだった。武弥はずっと私の後ろでそれを眺めているだけになっていたので、退屈じゃないかなと思っていたけれど、武弥は楽しそうだった。


 そんな毎日だったけど、小学校卒業間近の日に武弥はこんな質問をしてきたことがあった。

「なあ、秋路」

「どうした?」

 その時の武弥の顔はとても真剣だったので、今でもよく覚えている。

「お前ってさ、好きな人とかいるの?」

「ううん。いないよ」

 私がそう答えると、武弥は緊張が一気に無くなったみたいに、疲れた表情を浮かべていた。

「そ、そうか」



 そんな何気ないやり取りが、もしかするとすべてが始まった瞬間だったのかもしれない。

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