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私には性別がありませんでした  作者: 六条菜々子
第6章 無意識的から意識的へ
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第57話 過去は変わらない

「今のあなたの体はとても簡単にいうと、男と女、その両方が混ざり合った状態なんですよ」

「両方が混ざってる?」

 良くフィクション小説や漫画等で両方のいいところ取りをしたようなキャラクターがいることがある。簡単にいうと、男の子にしか見えない女の子や女の子にしか見えない男の子などが代表例である。だが、実際にはそういった人はあまりいないのが現実である。

 そもそも、私がこういう体だから、どうしても同じ類の人かのように感じてしまうのだ。いわゆる二次元キャラに私が憧れを持ってしまうのは、そういう理由からである。つまり、私が私自身を現実と受け止められていないのだ。ただの現実逃避である。

 この症状―私の今の体の状態にはある名前が付けられている。『染色体異常』だ。この症状は非常に個人差が出るものであり、これに全く気付かないままの人もいれば、重症であれば死に至ることもある。私に場合は出生時からその影響が出ており、下についてあるものが異常に小さかった。その時に担当医が気付いたらしい。『これ、精密検査にかけたほうがいいかもしれません』と。実際、出生時の精密検査をしてくれたおかげで、私はこの歳まで健康的に生活することが出来ている。

 これは別の人の話だが、第二次性徴期が来るまで気付かない人もいるらしい。私の場合は運が良かったのである。

 つまり、私の体は世間でいう一般的な発育が出来ていないのだ。その詳しい話をお姉ちゃんは担当医から聞かされたらしい。難しくて理解できなかったと言っていた。ただ、寄り添っていこう。そう覚悟を決めたらしい。

 そんな状況下であっても、私のお姉ちゃんはこのことをよく『人とちょっと違うだけだよ』と言って聞かせてくれた。その言葉に安心していた。それと同時に不安でもあった。人と違っている不安。『自分とは一体何なのだろう』そう深く考えさせられた時期でもあった。でも、よく考えてみれば思春期ならば、誰でも通る道なのではないかとも思う。

「しかし、そこは治す…というよりもいじる事が出来る部分ではないのです。ある意味、人が触れてはいけない聖域だと私は思っています。最も、そこまで現代医学は発達していませんが」

 そう。私も自分なりに調べてみたりしたけど、染色体は根幹を保っているところ。簡単にいうと、体の性別を決めるところ。人の手でどうこう出来るものじゃない。

「それで、先生が先ほどおっしゃっていた手術…というのは?」

 『女性の体に近づける』という言葉が頭の中を駆け巡ったまま、離れないのである。でも、その意味はよく分からないのだ。

「そうですね。前置きはこれくらいにして、そろそろ本題に入りましょう」

 気が付くと、のどがカラカラになっていた。乾いているということに今気が付いた。それほどに私は話に夢中になっていた。その先を知りたいという好奇心に似た気持ちと知りたくもないという恐ろしいという気持ちが入り混じって、とても気持ちが悪い。

「単純にいうと、下のものを取ってしまうという手術です」

 頭の中が真っ白になった。私はパニックになっていた。理解したいけど、理解が出来なかった。意味が分からなかった。『どういうこと?』という言葉が頭の中を渦巻いていた。

「それはえっと、どういうことなんですか?」

 だって、意味が分からない。もともと体にあるものを何らかの形で無くしてしまうということ。それはつまり死を意味するのではないか。ずっと、私はそう考えてきた。だからあきらめるしかないと思っていた。

 でも先生は言った。『下のものを取る』と。それはつまり、その行為によって死ぬことはないということだ。無くすことが出来るということを意味しているのだ。

「見た目だけ…あくまでも見た目だけですが、一般的な女性の方のものとそっくりにする手術があります。ただ、強制はしません。手術するかしないかは中津さん自身が決めることです」

 突然出てきた選択肢に私は戸惑いを隠せなかった。今まで当たり前だと思っていたことが、一気に崩れてしまったかのようで。当たり前は当たり前じゃないんだと思ってしまった。

 でも、この話…どこかで聞いたことがあるような。思い出すことはできなかった。

「ただしですね。精密検査等であなたは『染色体異常』という判定になっていますが、今の中津さんの書類上の性別は男となっています。出生時は外性器で判断したようですね。こちらの方で診断書等を出しますので、役所で変更できるか聞いてみてください」

 私は今、男として生きている。そう実感させられるような言葉だった。約18年間男性として生きてきた。その事実は変わりようがないのだ。

 お母さんは私がこんな体で生まれているとは知らない。もし、天国というものが本当にあったとして、そこからこの話を聞いているのであれば、また話は別だが。検査の結果を伝える前にお母さんの状態が急激に悪化してしまったらしい。

 もし、もし願いが叶うのであれば、『私は元気に生きてるよ』とただそれだけを伝えたい。母に元気な私の姿を見せてあげたい。

「中津さん? 大丈夫ですか?」

「…え?」

 ああ。私、また泣いちゃったんだ。おかしいな。もう泣かないって決めたのに。お母さんに心配かけ無いようにって思っていたのに。

 お母さんのことを考えると、いつも泣いてしまう。それがなぜかは分からない。

 どうしても、感情的になってしまう。

「すみません。思わず泣いてしまいました」

 私がそういうと、先生はとても穏やかな顔を見せた。特に何をいう訳でもなく、困っているそぶりを見せるわけでもなく。ただ、そこにいてくれている。

「いえ、大丈夫ですよ。診断書の件ですが、時間少しかかってもよろしいですか?」

「大丈夫です。ありがとうございます」

 私はそっと、診察室をでた。

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