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私には性別がありませんでした  作者: 六条菜々子
第6章 無意識的から意識的へ
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第56話 特異な存在

 私の体が変化して、もう結構経ったと思う。

 その間にいろいろなことがあった。


 普通の人ならこんな経験はできないと思う。

 それが出来る私は、やっぱり特異な存在なんだろうね。



「…すみません。先日問い合わせた中津というものなのですが…はい。分かりました。では、失礼します」

 私は今日、久しぶりに身体の検査に行く。

 とは言っても、実はそこの担当の先生とは面識がある。昔から通いなれたところだから。そこへ予約の確認をするため、電話を入れたのだ。


「お姉ちゃん、お昼から外出てくるね」

 前の検査からどれくらい経っただろう。と言っても、私は昔のことをほとんど覚えていない。と言うよりも思い出せないのだ。正確には思い出したくないが正しいと思う。

「わかった。行き方は覚えてる? ついていった方がいい?」

 前に行ったのはまだ記憶に残っている。最後に行ったのは確か中学二年生の秋ごろだ。

 あの時は成長が止まり始めていたのか、先生は『しばらくは来なくても大丈夫ですよ』と言っていたのを覚えている。なぜその時に私は気付かなかったんだろう。

 鈍感なところは昔からあるみたい。だめだなあ。

「何となくは覚えてるから大丈夫だと思う。臨海市のはずれだよね?」

「そうそう」

 検査に行くのは、臨海市のはずれにある『森本医療センター』だ。センターと言う名前だけれど、中身は普通の病院と大して変わりがない。

 少し小さな大学病院みたいなものだろうか。イメージとしてはそんな感じだと思う。

「何か聞かれたりするのかな?」

「もう三年くらい経ってるからね。質問はあると思うよ。でも、正直に答えなさいね?」

「わかってるよ」


 今までなんのために検査をして、それがどういう内容なのか詳しくは知らなかった。

 お姉ちゃんからはいつも『あなたにはちょっとした持病があるのよ』と言われていたからだ。それ以上のことは教えてはくれなかった。

 すぐに死んでしまう。そんなものではないと言われていたので、それならいいと思っていたのだ。今考えるととても浅はかである。


 久しぶりの遠出だった。それが病院に行くことだなんて。まあ、仕方のないことなのだけれど。


 病院は相変わらずの混みようだった。予約時間というものはあってないようなもの。ただの順番決めの役割でしかない。

 実際、比較的空いているはずの泌尿器科や産婦人科であっても、予約時間から二十分程のずれが生じている。

「…中津さん、中津秋路さん。どうぞ」

 ここで実感した。私はまだ『秋路』なのだ。


「…久しぶり、中津くん。いや、もうさん付けしないといけないね」

 私の担当医である三上先生の中では、私がまだ男として生活していた『中津くん』が頭に残っているのだ。まあ、当然のことだね。

 私の今使っている名前、『中津沙希』と言う名前も所詮は通称名なのである。

 つまり、公的な書類ではすべて『中津秋路』と言う名前が使われている。そもそも、私のようなケースの場合、すぐに変更することなんてできるのだろうか。手続きすることは意外と多い気がする。

「それじゃあ、さっきのもダメだったね。診察券とかは別に規則はないから、今使っている名前に変えましょうか?」

「そんなことできるんですか!変更できるのならしてほしいです」

「じゃあ、診察終わった後に少しだけ待合で待っておいてくれる? 看護師さんが新しいの持ってきてくれると思うから」

「わかりました」

 話が終わると、三上先生は真剣な表情に戻った。でも、どこかにあるのだろう優しい部分が見え隠れしたりもしていた。

「で、ですね。中津さんには久しぶりに来てもらったわけだけど、検査の方は大丈夫だった? 何かなかった?」

「ええ。思っていたよりも大丈夫でした」

「そうですか。それはよかった」

 先生も多少の不安はあったみたいだ。とは言っても、簡単な検査だから大したことはないと思うのだけれど。

「結果から言うと、中津さんくらいの年の子と同じくらいの女性ホルモン分泌量になってますね。ホルモン注射による作用も影響しているからですが」

 量的にはほぼ同じみたいだ。ちょっと嬉しかった。

「そしてですね、非常にいいにくいことなのですが、やはり子どもは産めない身体になっています」

 これは私自身気づいていたことだ。基本的に誰だって小学校高学年くらいで学ぶことだと思う。『女の子は生理が来る』と。

 それが私に来ていないということは、やっぱり無理なのだ。

 成長期が今頃になってきたのだから、もしかしたら後から来るのかもしれない。そう思ったこともあった。

 でも、よく考えてみると、その担当をするはずの臓器そのものがないのだ。出来るはずがなかった。

 あるはずのものはなく、そこには空っぽの空間があった。

 出来損ないかのように。

「何度も言うように、あなたは非常に不完全な体です。しかし、私にできることは残念ながら皆無に等しいのが今の状態です」

 今の医療技術では特に何もできることがない。結局のところ、私の体は私自身を異物だと認識しているところもあるみたい。

 下についている例のあれである。

 やっぱり、私的にはあってはいけないものだという認識になっている。なっているという表現を使ったのは、何か月か前までははっきりとした嫌な気持ちを持っていなかったからだ。

 それまではちょっとだけおかしいなというものでしかなかった。

「ですが、中津さんがもし少しでも女性の体に近づきたいと願うのであれば、方法はあります」

「方法…?」

 その言葉は今まで聞いたことがなかった言葉だった。

 もうあきらめるしかない。普通の人の体では生きることはできないものだと思い込んでいたからだ。

 ホルモン治療のおかげで胸が膨らみ始めた等の変化は起きた。でも、体そのものの形が変わるわけではない。わかってはいても劣等感のようなものは感じていた。

「ええ。中津さんでもある手術をすれば女性の体に似せることはできます」


 私は先生の口から出たその言葉に驚きを隠せなかった。

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