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私には性別がありませんでした  作者: 六条菜々子
第6章 無意識的から意識的へ
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第54話 現実と想い

 私はいまだに目の前にいるお母さんが実の姉だということをきちんと受け入れ切れていない。

 だって、この十数年間お母さんだと思って接してきたから。確かに見た目は同学年のお母さん方に比べると少し若いかなって思っていたけれど。でも、気づくのはその程度だった。思い込みとは恐ろしいものだ。

「私の事を話したばかりだから、少し混乱しているかもしれない。でも、まだ話さないといけないことがいくつかあるの」

 お姉ちゃんはそう言うと、真剣な顔になって私の方を見た。ただならぬ雰囲気を感じた。

「まず一つ目は沙希の戸籍にはもちろん性別欄があるんだけど、そこは今も空欄なのよ」

「空欄?」

 それはいったいどういうことなの。今も男女は決めていない状態だってこと?

「実はね、出生時に性別判定が出来なかった子どもには『性別を申告しなくてもよい』っていう仕組みがあるの。18歳までだけどね」

 私が今17歳だから、もう申告しないといけないってことだよね。この体の変化が無かったら、お姉ちゃんはどのタイミングでこの話をするつもりだったのだろう。

「だから、本人じゃない私が言うのもなんだけれど、性別の申告に行ってきなさい」

 私の体はようやく成長期を迎えたばかりだ。声変わりもしていない。声は高いまま。そのことだけでも助かったと思った。

 ただ、体はそれに追いついていないところもあるらしく、近いうちに精密検査を受けることになっている。自分のことなのに、自分で確かめることが出来ないという現実に私は無性に悲しくなった。

「そして、二つ目。沙希は羽衣ちゃんのことをどう思っていたの?」

 それは予想外な質問だった。まず、羽衣のことを話に持ち出すところ。あの日の事故以降、この家の中ではその言葉を出すことはいけないことだとされていた。誰かが決めたわけじゃない。暗黙のルールとなっていた。

 そして、私の気持ちを聞こうとしたところ。今までお姉ちゃんはあまり私がどう思っているかなんて直接的に聞くことは無かった。今は聞いて来ている。つまり、それほどに重要なことだということなのかもしれない。

 ただ、それが何かということを私は全く分からなかった。

「言葉ではうまく表現できないけれど、強いていうなら『かけがえのない存在』かな」

 私にとって、羽衣は一言では言い表すことが出来ない人になっていた。

 友達でも親友でもない。これはいったい何なのだろう。

「かけがえのない…ね」

 お姉ちゃんはそういうと少し微笑んだ。それは私には見えないものを見ているような、そんな感じだった。

「実はね、羽衣ちゃんが私のところへ来たことがあるのよ。『秋路のことで質問があるんですけど』ってね」

 羽衣がお姉ちゃんのところへ?

 私はよく理解できなかった。羽衣はいつも自分で問題を解決しようとしていた。それが無理だとわかれば、その問題が起きている原因となっている人のところへ直接向かう。しかし、お姉ちゃんの話では違っている。

 羽衣は間接的に問題を解決しようとしているのだ。そこが大きな違いだった。

「それで…その質問って何だったの?」

 本人には聞きづらく、わざわざお姉ちゃんに聞かないといけないことっていったい何なの? 羽衣は何を抱えていたんだろう。そう思うと、聞かずにはいられなかった。

「『秋路とどう接すればいいか分からない』って聞いてきたのよ」

「どう接すればいいか?」

 どういうこと? その言葉が意味するものを私には理解できなかった。

「言ってなかったんだけど、羽衣ちゃんと武弥君には秋路の生まれた時の話をしていたの」

 当然ながら、このことを聞くのは初めて。そもそも私がこんな体だって知ったのは、つい最近のことなのだから。

「その話はいつしたの?」

「そうねぇ。確か沙希が中学校に上がるくらいかしら」

 思っていたよりも昔だということに気付いた。そんな時から知っていたなんて。そんなことも知らずに私は普通に暮らしていた…。

「その話をした何週間か後かな。羽衣ちゃんが例の相談に来たのは」

 例の相談。つまり、私とどう接すればいいのか分からないという内容の相談。

 考えてみれば、当たり前の事のように思える。友達の母親が急に『あの子には性別がないの』なんて言い出したら困るに決まっている。いや、実際はもっとやんわりと伝えたのかもしれない。でも、意味は一緒。

「私はその質問にこう答えたの。『今まで通り、男女のことなんて考えないで接してあげて』ってね」


 小中学校での生活を経験したことのある人ならわかると思うけれど、日本の学校教育では『男女区別』が明確にされている。

 例を挙げるとするならば…という単純なものではない。小学校低学年ではそれほど重要視されていないが、高学年ともなると話は変わってくる。中学校になると、もっとひどくなる。

 『男は男らしく、女は女らしく』という枠組みを押し付けてくるのだ。誰もその人らしく生きなさいとは言わないのだ。そして、それは普段の何気ない授業、友達との会話、先生のお話、など多岐にわたる。

 ただの刷り込み教育だと私は感じている。でも、それが現実なのだ。


 その一方、お姉ちゃんは『男女のことなんて考えないで』と言ったのだ。多分、羽衣は困ったと思う。

「それから羽衣は相談に来たの?」

「ううん。その一回だけだった。何度か顔を合わせることはあったけれど、そんな話にはならなかったわ」

 その時私は思った。また、羽衣は一人で問題を解決しようとしていたんだ。


 ちょっと待って。あの日の…羽衣の受験の日に羽衣が『大事な話がある』って言ってたよね? もしかして、大事な話って…。

「ほかには…何か言ってなかった?」

「ほかに? うーん。特に言ってなかったと思うけど」

 七海なら、何か事情を知っているかもしれない。


 でも、もし私の予感が当たっていたとして…今の私に何が出来るのかな。

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