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私には性別がありませんでした  作者: 六条菜々子
第6章 無意識的から意識的へ
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第53話 お母さん

「沙希、最近七海とうまくやってるみたいね」

 ある休日の昼下がり。お母さんが急にそんなことを言い始めた。普段は部屋に閉じこもっている私も、たまには顔を出しておこうということで、今は居間にある扇風機で涼んでいる。

 まだ六月だというのに、今日は気温が高く、暑い。まるで夏みたいな天気だ。

「七海が何か言ってたの?」

「いや、最近の七海は楽しそうだから」

 やっぱりと言ってはおかしいかもしれないけれど、七海は私に隠していたんだ。あの日記を見つけてしまって一週間くらい経ったけれど、あの話題は会話の中で出てこない。お母さんには話しているのだろうか。どっちにしても、事態はいい方向へ向かっているのかもしれない。

「何かあったんでしょ? 私に話してみなさいよ」

 何もなかったわけじゃない。私がいい意味でも悪い意味でも行動したおかげで、様々なことがこの半年で起こった。ただ、お母さんが言いたいのはそう言う事じゃないだろう。

 七海が私のことを好きだと言ってくれた、あの日記事件のことを言っているのだろう。

「七海がね…告白してきたのよ」

「うそ。ずっと言わないものだと思っていたのに」

 お母さん、その言い方だと七海が私のことを好きだって前から知っていたのね。さすがだなぁ。やっぱり、この人に隠し事はできないね。

「いつから知っていたの?」

「そうね…。沙希が中学生くらいの時かしら」

「そんなに前から知っていたの」

 七海が私のことを好きなんだなと気づいたのは、高校に上がってからだった。それをお母さんは中学生の時から気付いていたなんて。

「七海が一緒に住むことになるってなったときは、この二人を同じ屋根の下に住まわせて大丈夫なのかなって心配していたのよ?」

 お母さんはそんな心配までしていたのか。今までそのあたりの話をしていなかったから、何だか新鮮だ。

「あの時、お父さんは私に何も言わずに七海をこの家の子にしたよね」

 その言葉を出した瞬間、お母さんの顔から笑顔が消えていた。私はしまったと思った。これは触れてはいけないこと。そう決めていたはずなのに。

「そうね」

 お母さんも何といえばいいのか困っているみたい。どうしよう。せっかく話が盛り上がっていたのに、雰囲気を壊してしまった。

「沙希はお父さんの事、どう思っているの?」

「どうも思ってないよ。学校でも話さないし」

 お父さんは私の高校の校長先生だ。だから、話をしようと思えばできる。でも、何だか話しづらい。物心ついたときにはお父さんは家にいなかった。関わることがなかった。だから、なおさら家族とは思えない。

「実はね、沙希に隠し事をしているの」

「隠し事?」

 話の流れが読めなかった。お母さんがお父さんのことについて隠していることがあるってこと? でも、私自身そんなにお父さんのことを知っている訳じゃないし。隠し事をされても、それ以前にお父さんに関する知識があまりない。

「お父さんとは離婚したんでしょ?」

「ううん。していないよ」

 していない? でも、今お父さんがいない理由って離婚したからじゃあないの? もしかして、それ以前の問題?

「どういうこと? 別居しているの?」

「沙希、信じられないかもしれないけれど……」

 お母さんの顔がどんどん険しくなっていく。私は緊張しすぎて、のどがカラカラになっている。

 そんなに言いづらいことなのだろうか。でも、お父さんの事なら七海もいる時の方がいいんじゃないのかな。

「本当はね、結婚もしていないの」

「え?」

 ちょっと待ってよ。どういうこと? 私はお母さんの実の子じゃないの? 頭の中がクエスチョンマークで埋まっていく。どういうことなのかが全く分からない。私の七海と同じ立場なのかな?

「驚かないで聞いてほしいんだけど、私はあなたの姉なの」

「えー!?」

 こんな展開を誰が望んだのでしょう。私は望んでいませんでした。

 どういうことなの。お母さんは一体何者なの?


 その後、お姉ちゃん(?)は淡々と説明を始めた。

 お父さんは私と血がつながっているらしい。一応、念のために確認した。私の本当のお母さんは私を産んだ時に死んだらしい。今の医療技術があれば、普通は起こらないらしいけど、危険な状態が改善しなかったんだって。だから、本当のお母さんは私の命を優先して、死んでしまったってことだよね。

「私が中学生の時の話なの。信じられなかったわ。まさか子どもを産んで死ぬだなんて思わないわよ」

 お姉ちゃんはとても辛そうだった。私のせいでお母さんは死んでしまった、そう思うと何とも言えない気持ちになった。

「最後まで沙希のことを気にしていたんだって」

 私には子どもを産むことが出来ない。だから、お腹を痛めて出産をすることが出来ない。お母さんがどんな気持ちでいたのかを本当の意味で分かることはできない。心をえぐられるような気持ちになった。

「お父さんも覚悟していたんだと思う。お母さんがいなくなるってことを。だから、私に言ったの。『遥にはまだ早いと思うが、お前が秋路のお母さんになるんだぞ』ってね」

 お父さんはそのセリフにどんな想いをのせて言ったのだろう。

「私はまだ中学生。当然だけど、何も知らない。でも、それは私を産んだ時のお母さんも同じことだなって気づいたの。だから、沙希を育てている時にしんどいと思うことは無かったの」

 子どもを育てることがどんなことなのか、私には理解できない。でも、お姉ちゃんが私を一生懸命育ててきてくれたと思うと、とてもうれしかった。

「今思うと、中学生でお母さんをするなんてよく出来たなって思う」

「ほんとだよ。ありがとね、お姉ちゃん」

 私がそういうと、お姉ちゃんは突然泣き始めた。

「沙希、私のことをお姉ちゃんって呼んでくれるのね」

「うん。だって私のお母さん兼お姉ちゃんなんでしょ?」

 お姉ちゃんの顔は涙でいっぱいになっていた。多分、私の知らないところでいろんな苦労を経験したんだと思う。

「沙希がお姉ちゃんって呼んでくれる前に30歳過ぎちゃったじゃないのよ」

 その言葉に私は笑ってしまった。そして、自然と抱き合っていた。

 まだお母さんがお姉ちゃんだっていうことを受け入れきれていないけれど、これから少しずつ慣れていこうと思う。どっちにしても、私のことを育ててくれたっていうことには変わりないもんね。

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