第51話 お誕生日会
「七海、入ってもいい?」
さっきの俺の発言による影響で、七海はまだ照れていた。別の世界へ行っているようなので、俺が答えることにした。
「ああ、いいぞ」
俺はそう答えると、部屋のドアを開けてあげた。羽衣が部屋に入る前にノックをして来ないなんておかしいな、と思っていたら、食べ物などを運ぶために両手がふさがっていたのだ。そんなにいっぱい持って、よく落とさずに来ることが出来たなと思う。俺はどんくさいので、すぐにぽろぽろと落としていきそうだ。
「ありがとう。助かった」
羽衣はそう言うと、お誕生日会用に飾りつけなどが施された七海の部屋の中央にある、小さな折り畳み式テーブルに皿を並べた。この皿は野菜をとっておくものではなさそうだ。そう思った理由は、単純に皿があまり深くないからだ。では、一体これは何用の皿なのだろう。
「武弥、早く入ってきなさいよ」
「あ、ああ」
武弥は表情が硬くなりながらも、部屋に入ってきた。俺は特に何も言わなかった。何か言いたいことがあるような顔だった。
「武弥、言いたいことがあるのよね?」
テーブルの上をきれいにセッティングしていた羽衣が急にしゃべり始めた。どうも、事前に打ち合わせをしていたようである。
武弥は羽衣にそう言われると、硬い表情の顔から緊張した顔に変わった。今日の武弥はいつもの様子からはそう出来ないほど、表情がころころと変わる。とても人間らしい。
「秋路に言いたいことがある」
「何だ?」
「さっきまでの俺の行動は許される事じゃなかった。本当にごめん」
今日、何度も聞いたこの言葉。またか、と最初は思ったけれど、今聞いた言葉は今までのものよりもまっすぐに俺へと伝わってきた。
「反省しているのなら、別にいい。ただ、これからはこんなことしないでくれよ?」
武弥は反省しているようだった。先ほども謝られていたような気がするが、それは気のせいである。何か、幻聴が聞こえていたのだ。
「武弥の言いたいことのコーナーが終わったみたいなので、次に行きましょう!」
おいおい。今の武弥が謝るという一連の流れは『七海のお誕生日会』のコーナーのうちの一つだったのか!? いや、多分羽衣が今考えたのだろう。こんなことを誕生日会のコーナーにはしてほしくないぞ。そもそも、七海は嬉しくないと思うぞ。
「では、プログラム1番のロウソクの火消しに進みたいと思います」
進行役をすることを気に入ってしまったのだろうか。羽衣はその独特な口調をやめることはなかった。
「七海さん、前へどうぞ」
羽衣の合図によって、俺はいちごがのったホールケーキをテーブルに乗せる。武弥はその上にロウソクを一本ずつ、丁寧にさしていく。
人の誕生日を祝うことが俺は好きだ。とても自己満足な意見だが、祝う人と祝われる人が単純にその祝いの場で楽しんでいるような気がするのだ。そんなところが見られるのは、誕生日会くらいである。
「では、電気を消してください」
何で命令口調なのだと思ったけれど、そんなことは気にしたら負けである。今、羽衣は出来る進行役という設定なのだ。
「みなさん、一緒にどうぞ!」
『七海、お誕生日おめでとう!!』
武弥と羽衣、俺の3人で同時に言った。そして、それとほぼ同時に七海がロウソクの火を消す。これはいつもしていることだ。今年は全部が一斉に消えた。七海のロウソクの火消し技術が上達しているのではないだろうか。
「みんな、ありがとう」
七海はすごく嬉しそうな顔でそう言った。本当にかわいいやつだ。
「七海さん、火消しお疲れ様でした。では、次に進みましょう」
羽衣よ、その設定はそろそろ飽きてきたぞ。
「次は私が昨日考えた企画へと進みましょうか」
その問い掛けは誰にしているのだろう。問いかけているにもかかわらず、七海と武弥は無反応だ。俺ももちろん反応していない。と言うより、『慣れてきた』の方が正しい表現なのだろうか。
というか、そもそも企画ものを用意するなんて、俺は聞いていないぞ。短期間で心変わりが激しい羽衣の場合は決して珍しいことではないが。今までしたことがなかったのに、何故今年はしようと思ったのだ? 何か変化を付けたかったのだろうか。
「何を始めるつもりだ? 俺は何も聞いていないのだが」
「当たり前だよ。秋路には今日の予定を全く知らせていないもの」
何が『当たり前』だ。七海に隠し事をして、サプライズをすると言うのなら、まだわかる。でも、俺に隠す必要はないだろ。それとも、俺に隠さないとまずいものなのか? なんだか緊張してきたぞ。
「では、発表します。今日の企画、第一弾は…。男装女装大会です!」
ああ、なるほど。男装女装か。いい企画じゃないか…え?