第50話 人を褒めること
その言葉に、俺はクエスチョンマークを何個も作った。俺が武弥の嫁になる? 意味が分からない。なるほど、分かったぞ。生まれ変われと言うことだな。人を転生させる能力でも持っているのだろうか。
「武弥の言っている言葉が、俺には理解できないのだが」
俺は怒りを持った口調で言ってしまった。頭で考えるよりも、口が先に出てしまったというやつだ。感情的になるなんて、何だか俺らしくない気がする。武弥があまり真剣に考えていないくせに、『お前が俺の嫁になれよ』などと言うからだ。いつものような冗談を、こんなところで使ってほしくない。少なくとも、こういうことは冗談で言っていいものではない。
少しの間、二人は黙った。そして、この微妙な空気をさらに悪化させたのは武弥だった。
「秋路、ごめん。調子に乗り過ぎた」
「それは本心で言っているのか?」
その流れに流されるままに、俺は頭では思ってもいないことが口から勝手に出てきた。本当は、こんなことを言うつもりではなかったのだけれど。
「何? どうしたの。もしかして喧嘩でもしているの?」
雰囲気をほんの少しだけ和らげてくれたのは、羽衣だった。その様子を見るに、七海の部屋のお誕生日会仕様にするための飾りつけ作業は終わったようだ。思っていたよりも早いな。
「武弥が俺のことをいじめてくる」
俺のその言葉を聞いた羽衣は、それまでの穏やかな顔から一転して、怒った顔になった。
「武弥、また秋路のことをいじめたの? いい加減にしなさい」
武弥は羽衣に頭が上がらないのか、さっきまでよりも小さく見えた。
「秋路は先に七海の部屋に入っておきなさい」
俺は羽衣に言われたままに、二階にある七海の部屋へと向かった。
人の部屋に入る前には3回ノック。これは常識である。俺の場合はさほど気にならないのだが、何もなしに入ってこられるのが嫌だと思う人もいるようだ。
「七海、入ってもいいか?」
「いいよ」
部屋の中に入ると、壁全体にハートに切り取られた折り紙が張られていた。シンプルだが、これだけでも案外、雰囲気が可愛くなるものである。
「オレンジジュースだよね?」
「うん。ありがとう」
七海はわざわざ俺のコップに飲み物を注いでくれた。何も言っていないのに、よく出来た子である。
「それにしても……」
七海は俺のセーラー服にエプロンという、意味不明な組み合わせをじっくりと見ていた。やっぱりこの格好は俺には合わないよな。当たり前だけれど。
「秋路、その格好似合いすぎだよ。うらやましいなぁ」
「へ?」
俺は七海の予想外の言葉に驚いて、変な声が出てしまった。似合いすぎ? そんな訳がない。これは羽衣の背丈に合わせて作られたものだ。第一、俺は男だ。似合うわけがない。
「どうやったら、そんなにスタイル良くなるの? 良かったら教えてよ」
「そんなこと聞かれても。特別、何もしていないからな?」
「嘘だ! その言葉、私は信じないぞ!」
おいおい。信じるも信じないも、俺は本当に何もしていないのだ。そんな顔をされても困る。だが、言われて嬉しくないことではない。女の子の格好をしているだけの俺が、本物の女の子に言われるのは何となくうれしい。そんな気がする。そう思うと、少し照れる。
「信じないって言うなよ。ほら、俺は七海と違ってスタイルとかよくないから。むしろ、普通だと思うよ?」
「何を言っているのよ。自分で言うのはしゃくに障るけど、実際は秋路の方がスタイル良いよ。モデルにでもなればいいのに」
モデル!? 俺みたいな平凡な人間がなることが出来るものではない。もっと、格好良くてきれいな人でないと。
「でも、七海もスタイルいい方だと思うけどな」
「ほんとに?」
「うん。だって、七海は陸上スポーツ続けているから、スタイルは俺よりいいと思うよ」
俺がそういうと、七海は照れだした。あれ? 俺は照れるようなことを言っただろうか。ちょっと褒めただけなのだけれど。




