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私には性別がありませんでした  作者: 六条菜々子
第1章 変わっていく俺
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第5話 二人の新しい友達

 さて、俺はこの学校で『女子高生』として過ごすことになった。なったと言うことは、不自然な行動を取ってしまうと、ある意味で危険なのである。そこで今日は、俺の中の女子高生像を演じてみたいと思う。

 『女子は基本二人以上で行動するもの』と言う言葉がある。確かに女子高生が一人で行動しているところを俺はあまり見たことがない。しかし、俺には友達らしい友達は武弥ぐらいしかいないのである。つまり何が言いたいのかと言うと、同性の友達を作っておきたいのである。

 さて、どうしようか。自分でもよく分かっているが、自発的に話しかけることはあまりない。コミュニケーション能力が低いという事もよく理解している。何が言いたいのかと言うと、俺は臆病なのである。

「あの、中津さん」

 そんなことを頭の中で考えていると、ある子に話しかけられてしまった。俺のような謎の人物Ⅹに声をかけてくるとは…なかなかの勇者ではないだろうか。よく転校生は注目の的になる、と言われる。しかし、実際はそうでもない。どんな人なのだろうと探りを入れながら接触するものだ。なので、この子のようなパターンは珍しいと思う。

「何ですか?」

 何故敬語で返事をしてしまったのだろう。少し緊張しているのだろうか。それとも、ただ慣れていないだけだろうか。

「せっかくだし、挨拶でもしておこうかなって思って」

 転校生相手に挨拶か。初対面なのに、この人は礼儀正しい人なのだろう。俺はそう確信を持った。こんないい子がこのクラスにいた事を俺は全く知らなかったのである。そもそも、他人との接点をあまり持とうとはしなかったのが原因なのは確かであった。従って、友達は少ない。まず、他人との関わりを持つことをしようとしないからだ。

「なるほどね」

 会話には、もちろん正解などというものは存在しない。しかし、俺は何故か自発的な会話をしようとはしなかった。

「そういえば、中津さんってどこから引っ越してきたの?」

 こういう質問が来るということも、すでに想定済みであった。何故なら、俺はあくまでも『転校生』と言う設定だからだ。先生方にはこの設定のことは伝わっていて、全員把握しているらしい。公立高校なのに、何故こんなにも融通が利くのだろうか。不思議で仕方ない。

「私、別の県から引っ越してきたの。だから、言っても多分分からないと思う」

 これは今気付いたことであるが、もっと自分の女子側の設定を固めておくべきだったと思う。これから話すことには統一性を持たないといけないからである。もし、何かしらの原因でぼろが出てしまうとする。そうなると、少々問題が発生してしまうような気がするのだ。なるべく不用意な発言は控えたい。これが俺の考えである。

 しかし、このことは俺にどうしようもない孤独感を与えた。自分の過去を捏造しないといけないからだ。現実は漫画のようには事が上手く進まないのである。

「そういえば、中津さんはどこに引っ越したの?」

「森本駅の近くだよ」

 この駅は私の家からとても近い。徒歩5分くらいの位置にある。そして同時にこの高校の最寄り駅でもあるのだ。

「そっか。森本なんだね。じゃあ、私たちと家が近いかもね。駅とちょっと離れてるけど」

 元々、公共交通機関が乏しいこのあたりの土地なのである。つまりはちょっとだけ田舎と言ったところだろうか。なので、バスか自家用車か鉄道しか移動手段がないのである。

 俺は二人と家が近いかもしれないという事を知り、少しうれしくなっていた。すぐに感情が表へと出てしまう性格なので、顔に出てないか少しだけ心配だ。もしかすると、見て見ぬふりをしてくれているのかもしれない。

「中津さんのこと下の名前で呼んでもいいかな?」

 それと突然ながら、嬉しい提案であった。武弥と話すときも感じることだが、どうしても名字で呼び合うと他人行儀な感じがして嫌なのだ。初対面の人からいきなりそう呼ばれるのはどうかと思うが、この二人になら呼ばれても大丈夫だと思った。

 ほんの少しだけの時間だが、俺とこの二人の間にあった距離は少しだけ縮まったような気がする。他人とここまで長く話すことも、久しぶりかも知れない。俺の記憶の中では、『あの日』以来のことかもしれない。

「大丈夫だよ。私も二人の事、下の名前で呼んでもいいかな」

 俺なりに頑張った結果、このセリフが出てきた。たった一言であるが、俺自身が成長を感じていた。昔の俺なら、絶対にこんなことはできなかった。

「もちろん。私が由果でこっちが紗那ね」

「紗那っていいます。改めてよろしくね」

「私は沙希です。よろしくね」

 その後も話は続いた。これで仲良くなれたかどうかは俺には分からない。しかし、二人と会話をすることに気付けば緊張しなくなっていた。俺はただ臆病なだけなのである。人と接点を持つことに。

 結局的に由果と紗那と俺の3人で、一緒に帰ることとなった。5時半に教室で集合という、何とも高校生らしい待ち合わせ方であった。俺自身、一度はしてみたいと思っていたことの中の一つであった。友達と『ここで待ち合わせってことで』のような会話をしてみたいと思っていた。それが女子高生生活初日に叶った俺はなかなかの幸せ者だと思う。


 そして今は3人で帰宅中。ある意味で俺の夢だったので、すごく嬉しい。

 しかし、それと同時に七海や武弥、そして羽衣の四人で帰っていた時のことを思い出していた。今となってはあれは遠い記憶の話である。

「沙希ちゃん、一つ気になることがあるの。聞いてもいいかな」

 いかにも興味があります、と主張していることを前面に押し出すような感じで由果ちゃんが俺に尋ねてきた。その顔はまだ幼さが残る、何とも可愛らしい笑顔であった。

「沙希ちゃんってスタイルがいいよね」

 スタイルがいい。つまりそれはどういう意味なのだろう。痩せているということなのだろうか。確かに俺は女子体形ではない。女性特有の皮下脂肪があまり付いていないせいだろう。

 また、そのことを疑問に思っていたのは由果ちゃんだけではなかった。紗那ちゃんも私のことをじっと見ていた。まあ、考えてみれば、女子にしては腰回り等がスッキリしすぎなのである。それは俺自身が良く分かっている。まだ標準体形ではないのである。さらに、この学校の制服は体のラインが前面に出やすい。その影響もあるのだろう。

 昔の話であるが、七海が自身の体を気にしているのを見てしまったことがある。もちろん、あれは偶然だった。無意識に気にしてしまうものなのだろう。俺もそのうち、腰の周りとかも脂肪がついてくるのだろうか。『普通の』女子みたいに。しかし、俺の思っている『普通』とは、一体何を指して言っているのだろう。

「なんでそんなに細いの。もしかして、ダイエット?」

 正直なところ、俺はあれの効き目を全く信じていない。急激に体重を減らすという行為そのものが、その人の体にとって負担でしかないのではないと考えているからだ。しかし、皆モデル体型を目指すのである。モデルさんたちは体形を維持するために絶食などもしているらしい。痩せたいと言っている女子全員がそうしていると考えると、恐ろしいことである。健康に生きてくれればそれでいい。俺はそう思う。

 俺がダイエットはしていないと答えると、嘘だと言われた。こんなことで嘘をついてどうするんだ。双方とも得しないと思うのだが。

 ほんの少し前までごく一般的な男子高校生として生活してきた。そんな俺に何がわかるというのだろうか。やはり、細かい部分、すなわち内面的な部分はわかっていないのである。これはつまり、女子としての生活経験不足と言う事だろうか。こればかりはこれから改善するしかない。では、具体的にどうすればいいのだろうか。


 俺は自分自身に負い目を感じていた。やがて、森本駅が近づいてきた。

「私の家、こっちだから」

 俺がそういうと、二人から感謝された。俺には何故感謝されたのか、その理由が分からなかった。しかし、それに合わせるように俺もありがとうと言った。

 それを聞き、由果と紗那は安心したのだろうか。仲良く、駅へと続く暗闇の中へと消えていった。空を見ると、また雪が降りそうだった。早く暖かくなってほしいものである。


 今日はいろんなことが分かったな。さらに、自分に足りないところも少しだけ見つけることが出来た。これも第二の人生なのだ。そう思って、これから頑張っていこうと思う。そうするしか、道がないのだから。

 明日も楽しく過ごしたい。そう思いながら、俺は家へと向かった。

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