第49話 女子力が高い
俺自身が女の子の格好をすることに抵抗がないのか? 今まで、『羽衣に言われたから』と言う理由を付けて、このことを肯定していた。でも、そこに新しいことを付け加えたのは俺自身の行動だ。誰かに言われたからではない。あくまでも、自分で始めたことだ。もしかすると、羽衣も俺のこの行動をすでに気づいているのかもしれない。あえて流しているのだろうか。
「秋路、一つ聞いてもいいか?」
今日だけでも散々質問をしてきているのに、一つという言い方は少しおかしいだろうと思ったが、心の中にそっとしまった。
「何?」
俺の気持ちはとても不安定だった。さっきまでは落ち着いていたのに、今度は何を聞かれるのだろうと武弥相手に緊張してきたのだ。何故だろう。今日は少し変な気分だ。
「秋路って何でもできるよな」
武弥は先ほどまでの態度とは違い、言葉を詰まらせることがなかった。どうも武弥は落ち着いているようだ。俺だけが緊張していたのかと思うと、少し寂しくなった。
俺は武弥の言葉にどう返そうかと考えていた。言葉の意味が理解できなかったからだ。何でもできるというのが、一体どの分野のことを指して言っているのか。それが分からなかったのだ。
「どういう意味だ?」
「まず、お前が作業したものと俺の作業したものを比べてみてみろよ」
比べてみると言っても、どちらも同じ野菜である。俺が水で表面を洗った野菜を俺と武弥の二人で分担して切っていく作業だ。どちらも作業の内容は変わりがない。何が違うというのだ。
「本当に分からないのか?」
「うん。武弥の言っている意味が分からない」
俺がそう言うと、武弥はため息をついた。何かひどいことを言ってしまったのだろうか。だが、原因が分からないので謝りようがない。この状況はとても気まずい。俺が意図して作ろうとしていない雰囲気だからだ。
数十秒が経った。武弥は俺に答えを考えさせることをあきらめたのか、野菜を切る作業を中断してこっちへ来た。いや、これは近すぎないか武弥。
「よく見てみろ」
すっと武弥は人差し指を差し出して、その方向を俺の切っていた野菜へと向けた。あれ? 俺は何か間違ったことをしてしまったのだろうか。
「お前の方が野菜を切るのがうまいだろ」
「え?」
「何で切り口とか大きさがそんなに整っている? もしかして、秋路は料理人にでもなるつもりなのか?」
俺はそのことを武弥に指摘されるまで気が付かなかった。今日は気付かなかったことがたくさんある。俺はよっぽどの馬鹿なのだろう。
もちろんだが、料理人になるつもりは全くない。すごいなぁ、格好いいなぁと思ったことはある。そういう人たちのようになることにあこがれを持ったこともあったが、それは料理人ではなくパティシエだった。昔、テレビで放送されていた『パティシエ特集』というコーナーで見た、どこかのケーキ屋の女性店長さんのインタビューで格好いいなぁと思ったのだ。俺はその人が輝いて見えた。自分にはないものを持っている姿に惚れてしまったというか。
「そんなつもりは全くない。俺は普通に切っているだけだ」
「お前な、それを普通と言ってしまうと俺はどうなる」
武弥はそう言って、元いた場所に戻って野菜を切っていた手を止めた。確かに、ここから見ても分かりやすい。大きさがバラバラ、厚さが均等ではない。ここまで言ってしまうと失礼かもしれない。
「ごめん、訂正する。武弥よりちょっとだけ調理が上手なだけだ」
「余計に傷ついたわ」
俺は特別に何かをしている訳ではない。毎日料理を作っていると、こういうのは自然に身に付くものなのではないだろうか。武弥は毎日作っていないのだから、上手く出来ないのは当たり前だ。
「まあ、秋路の場合は親が家にいる日も少ないからな」
「そうだな。そのせいかもしれない」
俺の親は仕事の都合上、家にいることが少ない。だから、家事全般を俺一人でしているのだ。中学生のくせに一人暮らしは贅沢だ、と思うかもしれない。というか、実際思われている。でも、その暮らしは贅沢でも何でもない。ただ大変なだけだ。
「料理が出来て、掃除が出来て、洗濯ができて。完全に出来るお嫁さんって感じじゃないか」
「だからさ、俺は無理だって」
無理なものは無理だ。武弥は一体、俺に何を望んでいるのだろう。
「俺の嫁になればいい。これなら問題ないだろ?」