第48話 女子にみえる?
「な、なにを言っている!?」
武弥の発言に俺はとうとう動揺を隠しきれなくなった。せっかく目の周りが赤くなっていたのが治ってきたのに、今度は顔が赤くなってしまった。今は夏だから暑いのは当たり前だけど、顔まで熱くなるとは思わなかった。
「いや、本当にそう思った。さっき、お前が家から出てきたときに俺はびっくりした。なんなのだ、この美少女は!と」
おいおい。失礼なことを言ったと思ったら、今度は俺のことを美少女だとか言い出したぞ。暑さのせいで武弥の頭は沸騰でもしているのではないだろうか。少し心配になってきた。
「なあ、武弥」
「どうした?」
「俺の今の格好、本当に似合っていると思うのか?」
さっき、武弥に言われたことを俺は信じ切れていなかった。だって、当たり前だろ。普段の俺は男として生活している。だから、女子らしさが何かなんて知らないのだ。そんな俺が女子に見える?意味が分からない。
「さっきも言っただろ。何回言わせる。似合っている…と思うぞ!」
何故、そこで照れる。どちらかと言えば、この状況で照れないといけないのはどう考えても俺なのだが。
「そうか?俺自身は違和感しかないぞ」
今、俺が着ているセーラー服と言うのは、実は夏には不向きだ。もちろん、制服なので冬用・夏用などの区別があり、衣替えもする。しかし、セーラー服と言うのは見た目の爽やかさとは裏腹にとても通気性が悪い。だから、夏はセーラー服の中がとても蒸れる。夏用と冬用の違いは色と生地の薄さが少し変わるだけだ。
「それは着慣れてないからじゃないのか?ごく普通の女子中学生にしか見えないぞ」
俺が女子中学生?確かに身長はほとんど変わらない。もしかすると、髪を伸ばせば、今以上に勘違い率が高まるのではないだろうか。実際、体育の授業中はクラスメートに女子と間違われたことがあった。先生方にも数回。服装を同じにすると間違われるというのは、一体どういうことなのだ。さらに言うと、いろいろな人に間違われた回数が多すぎて、慣れてきてしまったのだ。慣れるとは恐ろしいものである。
「意味の分からないことを言うな。俺は一応男だ」
今日の武弥はどこかがおかしい。落ち着いたかと思っていたら、手が止まっていたりする。暑さのせいだな。きっと。
「そんなことばかり考えているのなら、武弥も手伝ってくれ」
「いいぞ。さっきのお詫びもかねて、手伝わせていただきます」
その後もお誕生日会用の食べ物の準備作業は続いた。七海のためにも早く始めたいから急がないといけない。だから武弥にも手伝ってもらっている。
「武弥、どうした?」
準備をすることに夢中で武弥の手が止まっていたことに気が付かなかった。いつからこんな状態なのだろう。完全に放心状態になっている。
「ああ、ごめん」
「謝らなくてもいいけど。大丈夫か?」
武弥がおかしいのはいつものことだが、今日は特に酷い。まださっきのことを気にしているのだろうか。気にすることは別に悪いことではない。しかし、放心状態になることはやめていただきたい。
「大丈夫だ。ただ、秋路の今の格好を見ていたら、何だか新婚のお嫁さんみたいに見えて、仕方がなくて」
いや、今の発言の中のどこが『大丈夫』なのだ。お前はもう手遅れとなっているようだ。確かに、今の俺の格好はセーラー服の上にエプロンという不思議な組み合わせだ。しかし、それが新婚のお嫁さんに見えるって、一体どういうことだよ。まだ、女子中学生に見えるというのはぎりぎり分かる。でも、さすがにお嫁さんに見えるというのは意味が分からない。幻覚でも見えているのではないだろうか。
「武弥、さすがにそれはない。一旦落ち着け」
「そうだな。お前はまだ中学生だからな」
いや、そういう問題でもないのだが。そもそも、性別が違うではないか。
作業もようやく終わりに差し掛かったころ、武弥が俺に質問をしてきた。
「なあ、秋路。お前はやっぱり、そういう格好の方が気持ちは落ち着くのか?」
落ち着く?落ち着くというのはどういう意味で言っているのだろう。ほっとするのかということを指して言っているのだろうか。認めたくはないが、確かにそういう感情が俺の中にあることは分かっている。
「多少は落ち着くかな。でも、こんな格好をしているのは、羽衣からこの格好をしろと言われているからだ」
「でも、軽くメイクをしているのはお前の判断だろ?」
何でわかったのだろう。結構近くで見ないと分からない程度でしてきたのだけれど。ずっと放心状態だったくせに、大した観察力の持ち主である。
「うん。これは俺の判断」
確かにそうだ。本当にこの格好をするのが嫌なら、メイクはしてこないだろう。俺はこの格好をするのが嫌ではないのか?




