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私には性別がありませんでした  作者: 六条菜々子
第5章 四人でいること~pure story~
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第47話 セーラー服と俺

 今日は七海の誕生日会である。だから、羽衣の命令が下ったのだ。『いつもの格好で来なさいよ?昨日貸した服でいいから』と深夜に電話がかかってきたのだ。なので、今は女の子の格好をしている。具体的にいうと、セーラー服だ。もちろんのことだが、普段は学生服を着ている。だから、このセーラー服は羽衣に借りたものだ。本当はこの姿を武弥に見せるのは羽衣に軽く説明をしてもらってからにしようと思っていた。だから、こんなにすぐに見られてしまうとは思っていなかった。まだ心の準備ができていないのだ。

「なあ、お前も七海の…」

 武弥が何かを言った気がするが、そんなことは関係ない。今の俺の姿をまじまじと武弥に見られるという状況に耐えることが出来なくなった。ただひたすら無心に羽衣の家へと走った。

「秋路、そんなに息を切らせてどうしたの」

 羽衣の家へと入ると、階段から降りてくる羽衣の姿が見えた。何故か、とても心配されているような気がする。走ったせいで少し息を切らせているだけなのだが。

「はい、これ。早く泣き止みなさいよ。目の周りが赤くなってしまうから」

 泣き止む?え、俺は泣いているのか?そんな訳がないと思いながらも、俺は自分の手で目の周りを軽く触ってみた。それは羽衣の言った通り、確かに涙のようなものだった。

でも、いつから泣いているのか。それは覚えていなかった。

羽衣がくれたのは花柄のハンカチだった。花の周りに蝶々が飛んでいて、とても可愛らしい。

「羽衣、ちょっと洗面所借りてもいい?」

「いいよ。洗面台の横にタオルの入った棚があると思うから、それ使ってね」

「わかった。ありがとう」

 洗面所にはすぐに着く。いや、そういう問題ではない。とにかく、俺の今の顔の状態を確かめたいのだ。


 自分の顔の状態を確かめるのは数秒もかからなかった。つまり、それほどに目の周りが大変なことになっていたのだ。とりあえず、目の周りが赤くなったのは仕方がない。今更、気にしたところですぐに治ることはないのだ。水で顔を洗ってタオルで拭いて、羽衣のところへ戻ろう。

「秋路、大丈夫?」

 そう思っていたら、羽衣がここまで来てくれた。いくら私の師匠である羽衣でも、今の俺の状態はさすがに気になってしまったのだろうか。

「うん。少し落ち着いた」

 羽衣はほっとした顔をして、俺の顔をじっと見てきた。

「ねえ、何があったの」

 俺は一瞬、さっき起きたことを言うかどうか迷ったが、結局あと少しで武弥はここへ来るはずだ。ならば、今話しておいた方がいいだろう。

「さっき、武弥と会った。その時に『何をしている?』ってこの格好を見て言ってきた」

「それで泣いちゃったの?」

「そのことには気が付かなかったのだけれど」

 事件のことを簡単に羽衣に説明すると、とても怒った顔をしていた。

「まあ、とりあえず秋路は料理しておいてよ」

「わかった」

 俺は今日の七海お誕生日会の料理担当だ。自分ではよくわからないが、比較的料理はうまく出来るらしい。らしいというのは、自分ではそう思えないからである。まあ、いいや。こうやって突っ立っていてもどうにもならないから、とりあえず料理を始めようかな。まずはサラダから作ろう。

 この家の冷蔵庫に今日のための野菜が用意されている。昨日、羽衣と七海が買い出しに行って来てくれたみたいだ。本当は俺もその買い出しに付き合うはずだったのだが、羽衣に『あんたも一緒に来ればいいのよ。もちろん、女の子としてね』と言われたため、拒否した。羽衣の家と俺の家の間を行き来するだけでも、心臓が痛くなる。そんな俺がスーパーに行ってしまうとどうなるだろう。多分、意識が無くなってしまうのではないかと思う。あくまでもこの姿になるのは、基本的に室内のみと決めているのだ。

 順調に野菜を切り進めていると、武弥が台所へ入ってきた。横目から見るに、申し訳なさそうな顔をしている。家へ上がる時に、羽衣から何か言われたのだろうか。

「なあ、秋路。さっきはひどいこと言ってごめん」

 武弥らしからぬ素直さに俺は驚いた。いつもなら、冗談交じりに謝ってくるのに。今回は本当に反省しているようだ。

「別にいいよ。もう気にしてないから」

 気にしていないわけではないが、こうでも言わないと武弥の雰囲気が暗いままになってしまうのだ。それは嫌なのだ。

 そんなことを考えていると、武弥が俺の方をじっと見ていることに気が付いた。後ろに来た時からずっと見ていたのだろうか。

「どうした?背中に何かついているか?」

 武弥は見ていたことを指摘されて恥ずかしくなったのか、上を向いた。

「あ、いや。そういうわけではない」

「じゃあ、どういうわけだ」

 俺がそう言うと、武弥は沈黙を始めた。あんなことがあった後に黙秘権を発動するとは、いい度胸である。だが、沈黙はそれほど長くなかった。急に武弥から落ち着きがなくなったのである。

「えっとだな。どういえばいいのだろう」

 言葉に詰まるなんて、武弥らしくない。異常気象の前触れだろうか。

「早く言ってくれよ。気になって切れないじゃないか」

 武弥の顔はみるみるうちに赤くなっていった。一体、何を言おうとしている。

「お前のセーラー服姿、似合っていると思うぞ」

 その瞬間、俺の頭は思考を停止した。


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