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私には性別がありませんでした  作者: 六条菜々子
第5章 四人でいること~pure story~
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第46話 いつも通りではないこと

「退院したのね!」

 今日は武弥の退院祝いとなる予定。あえて、直前まで羽衣と七海には知らせなかった。要するにサプライズである。

「なんで今まで知らせなかったのよ」

「いや、びっくりさせようと思って」

 普段過ごしている日常の中では、特にびっくりするようなことは少ない。ならば、俺が作るまでだ。それが偶然、武弥の退院と重なっただけだ。

「そういうのは早く知らせなさいよ。退院祝いができないじゃないの」

 退院祝い。何度したのだろう。いや、こんなことを言ってはいけないのではないのかもしれない。でも、そう言わずにはいられないのだ。

「ごめん。そういうつもりじゃなかったのだけれど」

「まあ、いいわ」


 その後、武弥の退院祝い用のお菓子などを買いに出かけた。病院まではバスか自転車でないと行くことが出来ない距離にある。だから、その途中にある大型スーパーで買いこんでいくのが毎度の風習となっている。

「ジュースは何がいいと思う?」

 七海はお菓子担当。羽衣と俺は飲み物担当となった。二人で来た理由は単純だ。飲み物の方が重いからである。

「オレンジでいいと思う」

「それはあなたの好みじゃないの」

 羽衣には俺の好みがバレバレのようだ。嬉しい反面、恐ろしいな。


 今日は病院まで自転車で行くことになった。お菓子担当は女子。飲み物担当は男子。つまり、重たいものは俺担当なのだ。

「なあ、せめて一本くらいはどっちかが持ってくれよ!」

 荷物が軽い、前の二人を追いかけるような形で俺は自転車をこいでいる。二人の涼しげな顔に少し苛立ちを覚えてしまった。

「あなた、一応男子でしょ?それくらい『軽い、軽すぎて浮きそうだ』なんて言いながら進みなさいよ」

「それもそうだな」

「え?そうなの?」

 七海と羽衣の言葉による攻撃で俺の頑張ろうという気持ちは撃沈した。これが病院に着くまで続くのか。恐ろしいものである。


「退院おめでとう!」

 三人で同時に言った。武弥はいつも嬉しそうな顔をする。やはり、病院での生活というのは辛いものがあるのだろう。俺も記憶の中では一度だけ入院生活をしたことがあるのだが、二度と思い出したくないほどに辛かった。なおかつ、個室である。三日間は絶対安静だと言われたために暇で仕方がなかった。

「ありがとう。いつも迷惑ばかりかけて、ごめんな」

 そして、武弥は申し訳なさそうな顔をして、そう言った。本人が入院したくてしている訳ではないのだから、別に気にすることでもないと思うのだが。

「気にしなくていいぞ。迷惑だなんて思っていないから」

 俺がそう言うと、武弥の顔は少しだけ明るくなった。

「じゃあ、お祝い始めようよ!」

「七海、今日は武弥が主役なのよ。少し落ち着きなさい」

「まあまあ、俺は賑やかな方がいいよ」

 みんな楽しそうだった。俺も楽しもうとは思うけれど、また武弥が入院してしまうのではないかという不安が頭から離れないのだ。

「秋路、どうした?」

 退院したばかりの武弥に心配されてしまった。まさか、お前の心配をしているなんて思っていないだろう。そもそも、そんなことを言えるはずがない。それは本人が一番よく分かっていることだと思うからだ。

「何でもない、気にするな」

「そうか?それならいいけど」

「二人ともそんな顔しないでよ。今日はお祝いだよ?」

「それもそうだな。ごめん」

 その後は何事もなく、武弥の退院祝いの会が続けられた。みんなとしゃべっていると、武弥への心配もいつの間にか頭から離れて、俺は純粋にこのお祝い会を楽しんでいた。たった一時間ほどだったので、あっという間に時間は過ぎていった。しかし、とても楽しくて思い出に残るような時間だった。


 それから三か月の月日が経った。武弥は普段、二か月ごとに入院しないといけなくなるのに、入院することはなかった。武弥の体はもう治ったのだろうか。それは俺には分からない。でも、以前と比べると確実に回復しているようだ。

 そのおかげで、四人が集まる機会が増えていった。



「これでいいかな?」

 今日は久しぶりに羽衣の家に遊びに行く日だ。俺が羽衣の家に遊びに行く時は、女の子の格好をしろと羽衣に言われている。というより、これは命令に近いのかもしれない。だが、羽衣はあくまでも俺の師匠だ。逆らうような真似はできない。というより、そんなことをするつもりは全くないのだ。だから、今日も俺は女の子の格好をする。初めはあまり気が乗らなかったが、今ではもうすっかりこの格好をすることに慣れてしまった。

「お母さん、どう?」

 俺が最後に確認するのは自分の目によるものではない。お母さんに確認してもらっている。俺よりもはるかに人生経験が多いのだ。そういう人に頼る方が何かといいのだ。

「悔しいほど似合っているわね」

 いつもの通り、こう言われる。つまり、大丈夫だということだろう。俺はそう解釈している。

「じゃあ、行ってくるね」

「綾音お母さんによろしく言っておいてね」

「わかっているよ」

 これもいつものやり取りだ。羽衣の家へ行くときはいつもこう言われるのだ。


 今日もいい天気だ。そう思いながら、俺は家を出た。羽衣の家までは歩いて数十秒だ。まあ、隣同士だからな。すぐに着くのは当たり前か。

「あれ?秋路、何をしている?」

 何でここに武弥がいる。そう聞こうとしたが、俺の今の格好ではとても言う事なんてできない。

 この状況、一体どうすればいいのだろう…。

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