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私には性別がありませんでした  作者: 六条菜々子
第4章 本当の気持ち
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第45話 初めてのこと

「毎日運んできてくれる、沙希お姉ちゃんのご飯プレートが私の唯一の楽しみだった」

 部屋の中に引きこもるということを私がしたことはない。そんな苦痛を味わいたくはないからだ。私が運ぶご飯をただ待っている生活っていったいどんな感じなのだろう。

「でも、だからこそつらくなった」

「つらくなった?」

 楽しみのはずの時間をつらい?私にはその感情がわからない。人生経験が浅すぎるのだろうか。

「沙希お姉ちゃんへの気持ちがおさまらなくなっていったのは、その時期だった」

 気持ち?それは友達としての?いや、それなら別に気持ちを抑えられるはずだよね。

「それってどういう意味?」

 そう私が言うと、七海は下を向いた。そして、ぼそぼそと何かをつぶやいていた。でも、それが何かは聞き取ることはできなかった。

「沙希お姉ちゃんへの好きだって気持ちを抑えられなかったの…!」

 好きという言葉には二種類の意味がある。友達としての意味、そして恋愛対象としての意味。さっきの七海の言葉はどっちなのだろう。

 七海と深く関わるようになってから、半年ほどが経った。私は嬉しかった。かつての七海に戻った気がしたから。元気だった七海に。でも、何かが違う気がした。それまでの七海とはまるで別人だった。時間の流れとともに、七海の気持ちも変わったのだろうか。

「私がまだこの家に来ていないときに沙希お姉ちゃんと私でデートしたよね」

 このデートは今でもよく覚えている。その時はまだ三月だというのに桜が咲いていた。七海の頭に桜の花びらが乗っていたのが印象深い。

「あの時にね、思ったの。私はやっぱり沙希お姉ちゃんのことが好きなのかなぁって」

 七海が私のことを恋愛対象として好きだというのは薄々気づいていた。しかし、はっきりと分かったのは私の『女の子化』現象後である。七海が私に近づいて来てから気付いた。本当はもっと早く気付くべきだったのかもしれない。私はあまりにも鈍感すぎた。

 七海ではなく、羽衣の事ばかり見ていた。

「そうしたらね、沙希お姉ちゃんが突然女の子になったって遥お母さんから聞いたの」

 私が女の子になった日、七海に会うことはなかった。会いたくなかった。昨日まで男だった人が突然女になったなどとは言えるはずがない。

「その時にね、思ったの。これで沙希お姉ちゃんと話すことが出来るって。また、昔みたいに過ごすことが出来るって」

 昔みたいにというのはどういう意味なのだろう。私はいつも疑問ばかり持つ。でも、それらを解決しようとはしない。関わろうとはしないのである。結局、私は臆病なのかもしれない。だから、七海の本当の気持ちが見えなかったのかもしれない。

「女同士なら大丈夫だって思ったの。だから近づいたの」

 女同士なら。男女の関係にはなりたくなかったのだろう。でも、一緒だった。結果は変わらなかった。

「でも、今度は近づきすぎた。あまりにも距離が近くて、自分の気持ちに追いつかなくなった」

 人との距離を縮めるというのは普通、難しいことである。でも、私たちの場合は違う。今はあくまでも『姉妹』だ。家族だ。毎日、共に生活をしている。そんな毎日を繰り返していると、自然と距離は縮まるものなのだ。

「だからね、決めたの。もう自分から、何よりも沙希お姉ちゃんから逃げないって」

 その言葉を発した後、七海は私の顔をじっと見つめてきた。こんな状況でこんなことを考えてしまうのはどうかとは思うけれど、単純にかわいいと思った。もう高校生のくせに顔は幼い。私の身長は『女の子化』現象のせいで縮んだから、今は同じ高さだけど、昔は10センチほど違っていた時期もあった。

「だから、この気持ちを伝えておきたいの。私の言葉で直接」

「直接ってどういう……」

「告白…させてほしいの」

 まず、整理しよう。この状況に私はパニックになっているみたいだ。

 七海は実は羽衣がいた時から私のことが好きだった。そして、その気持ちを抑えるために意図的に距離をとった。そして、その気持ちは今でも残っている。だから告白する。

 私はどう反応すればいいのか分からなかった。でも、嫌なわけじゃない。だからこそ頷いた。いや、これが正しい反応なのかはわからない。そんなのは分かるはずがない。だけど、返す言葉もないのだ。

「いいよ」

 結局、了解の意味を表す言葉を七海へ送った。頷いたことに気付いているのかが、不安になったからである。

「ずっと、沙希お姉ちゃんが好きです。ほかの誰にも変えることが出来ない存在になっていました。かけがえのない存在です」

「うん」

 七海は私と目を合わせてきた。嫌な目線ではない。ただ、私に純粋に気持ちを伝えようとする目だった。まるで、この瞬間を目に焼き付けようとするかのように。


 顔が近づいてくる。頬が赤く染まった女の子だった。こんなに至近距離で人の顔を見るのはいつぶりだろう。唇にほんのりあたたかなものを感じた。あれ?ちょっと待って。これってもしかして…。

「ご、ごめん!こんなことするつもりじゃあなかったの!」

「別にいいよ。姉妹だから普通だよ?」

 普通ではないのかもしれない。でも、私たちの関係はこれが普通なのだ。恋人ではない。でも、他人でもない。

 それが、私たちなのだ。

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