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私には性別がありませんでした  作者: 六条菜々子
第4章 本当の気持ち
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第44話 二人のお姉ちゃん

 そこからの約数十秒間は時の流れがものすごく遅く感じた。今まで体験したことのない現象に頭がおかしくなったのではないだろうかと思った。でも、その現象はそこまで長くは続かなかった。頭は正常だったみたいでよかった。

しかし、私が置かれている状況は普通ではない。勝手に妹の部屋に入り、机に置いてあった日記を勝手に見たのだ。これは立派な犯罪である。だが、今更後悔しても遅いのだ。見てしまったものは仕方がないのだ。

「あのね、えっと。最近、七海と遊んでないなって思って来たの」

 私は嘘をついていない。先ほどの言葉は真実だ。でも、七海はずっと黙ったままだ。『なぜここにいるの?』と私が七海の立場だったら聞くだろう。しかし、そうしないのは何故だろう。

「別にこれを見ようとしたわけじゃないの」

 必死に誤解を解こうとするけれど、私が日記を手に取っている時点でほぼ意味がない行為だ。何故、勝手に部屋の中へ入ってしまったのだろう。

「もう、沙希お姉ちゃんに隠し事は無理だね」

 隠し事。私はこの半年ぐらいで様々なことを知った。今まで知らなかったことも含めて。いつかは知るはずだったことを『女の子化』現象のせいで知ってしまった。でも、嫌だったわけじゃあない。今までみんなが気を使ってくれていたのかと思うと、嬉しかった。その反面、気を使わせていることがとてもつらく感じていた。

「隠し事?七海が?」

「そうなの。もう話してもいいよね」

 もう話してもいいよねという問い掛けは、一体誰に向けたものだったのだろう。私?七海自身に?それとも…。

「私がこの家に来た時の事、覚えている?」

 七海がこの家に来たのは、羽衣がいなくなってからすぐのことだった。私はまだ中学生だった。何より、男の子として生活していた。七海のお父さんの具合が悪く、その当時はずっと入院していた。家の中で一人生活させるのは、親としても苦しいと言うことで、私のお父さんが七海のことを引き取ることになった。でも、七海からは笑顔が消えていた。七海は精神的に不安定になっていた。中学三年生の時、七海は学校に来ることが出来ない時期があった。七海のことをどうしてあげることもできない私自身を責めたこともあった。しかし、夏休みが明けると、何事もなかったかのように学校へ行くようになった。今では毎日元気に高校へ通っている。昔の姿とはまるで別人である。

「よく覚えているよ。七海、いつも元気がなかった」

「そうだね。沙希お姉ちゃんにはそう感じたかもしれない」

 そう感じた?と言うことは、本当は違うってこと?

「どういうこと?」

「私ね、本当は嬉しかったの。それまでの人生の中で一番」

 嬉しかった?羽衣がいなくなり、お父さんは入院する。そんな状況を嬉しいだなんて。一体どういう意味なの?

「だって、沙希お姉ちゃんと一緒の家で住めることになったもの」

「一緒に住むことが嬉しかったってこと?」

 どういう意味なの?その疑問だけが頭の中を駆け巡る。

「だって、それまではいつも沙希お姉ちゃんの近くにお姉ちゃんがいたもの」

 七海の言う通り、私と羽衣はいつも一緒にいた。休みの日はもちろん、学校の行き帰りも。ずっとそんな日々が続くと思っていた。この三人で高校生活も過ごしていくのだろうと思っていた。それがまさか、あんなことになるなんて。想像なんてできるわけない。出来るわけないよ…。

「いつも三人でいた。七海も一緒に」

「違う!所詮、私はお姉ちゃんのおまけだった。沙希お姉ちゃんが見ていたのはいつもお姉ちゃんだった」

 七海がその言葉をどういう意図で発しているのか、私に何を伝えたいのか。それは少しだけわかる気がする。でも、本当の気持ちは見えない。

「そんな沙希お姉ちゃんと一緒に暮らせるようになるってお父さんに聞いたときは、飛び跳ねるくらいに嬉しかった。もう手に入れたいものなんてないって思えるほどに」

 そんなにうれしい気持ちでこの家に来たという話を聞いたのは今が初めてだ。むしろ、それまではただの友達という関係のみだった人と、一つ屋根の下で暮らすというのは、本当に好きな相手でないと耐えられないものである。

「でも、その気持ちに私は耐えられなかったの」

 耐えられなかったってどういうことなの?七海自身が嬉しいという感情に耐えられなかったという意味?

「その気持ちは、お姉ちゃんに対する裏切りだと思うから」

 私に近づくことが羽衣への裏切りを意味する。何となくその意味が分かるような気がしてきた。

「だから私はこの生活から逃げるようになった」

 七海が逃げるようになったのは、多分この家に来てからすぐだった。数日間は普通に暮らしていた。ここへ来る前に何事もなかったかのように。

「ずっと部屋の中にいたよね」

 七海が自分の部屋に引きこもっている時、私がご飯を運ぶ係だった。いつも食べる量が少なくて心配だった。時々、もういなくなっているのではないかと無性に不安になる時があったことも確かだ。それでも、七海は大丈夫。そう自分に言い聞かせる毎日を過ごしていた。

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