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私には性別がありませんでした  作者: 六条菜々子
第4章 本当の気持ち
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第41話 桜並木に行こうよ!~追憶~

 その日は春とは思えないほど澄み切った青空だった。まるで夏みたいな天気だった。今日の予報はもちろん晴れ。気温も20度前後あり、このあたりでは珍しい気候の良さだった。土地も広く、いわゆる日本の原風景に近い景色を見ることができるこのあたり一帯では観光に来る人が急に増える時期がある。それが今日みたいな日だ。桜ヶ丘高校をずっと北に行くと、桜並木を見ることができる。地域の人からは『森本の桜並木』と呼ばれており、古くから親しまれているスポットでもある。そこへ急に七海が行きたいと言い出したのだ。今日は土曜日。桜ヶ丘高校は土曜日に授業がないので休みだ。それを利用して行こうといってきたのだ。


「羽衣は今日受験だぞ?別に今日じゃなくってもいいと思うんだけど」

「しゅう、私と行くの嫌なの?」


 俺があまりにも抵抗している態度を見せているので、さすがに七海も心が折れ始めたのか、声のトーンがガクッと下がった。どんな時でもハイテンションな態度を見せている七海らしからぬ行動である。よほどショックだったのだろうか。俺はもしかするとひどいことをしてしまったのかも知れない。


「七海は俺と二人で行きたいのか?」


 実は俺が行きたくない理由はそこにもあった。なぜ七海は今日を選んだのだろう。桜並木といっても、別にお祭りが開催されているわけでもない。ただの桜なのだ。夜にはライトアップもする。俺的には羽衣が試験から帰ってきてから、3人でライトで照らされた桜を見ようと考えていたぐらいだ。しかし、七海は昼に行こうといっているのだ。そこにこだわっているのはなぜなのだろう。


「それも少しはあるけど…とにかく今行きたいの!」


 七海ももう中学生なのに、これでは近所の駄々をこねている小学生のようだ。何がそこまで彼女を動かしているんだ。俺には分からない。


「しかしなぁ。今行くと人いっぱいだぞ?もしかすると同級生とかがいるかもしれない。二人でいるところを誰かに見られたら、七海もめんどくさいんじゃないのか?」

「あ、そうだね……」


 俺が行きたくない理由2つ目。実は『森本の桜並木』には伝説がある。まあ、桜ヶ丘高校で受け継がれていっているものだと噂で聞いたことがある話がある。それは、桜並木を端から端まで手をつないで歩くと永遠に結ばれる。というものだ。何度考えてもファンタジー要素がたっぷりな内容だとは思うのだが、俺はこういう嘘なのか本当なのかがはっきりしない話が好きだ。俺と同じ中学生の七海はこれを知っているのだろうか。まあ、さすがに手をつないで歩くことはないだろうな。たぶん。


「じゃあ、じゃあさ。しゅうが女装すればいいと思うんだよ」

「は?俺が?」


 昔は、というより中学にあがる頃くらいまでは毎日のようにしていた女装も最近では全くしていない。もはや、本当にしていたのかもあいまいなほどだ。羽衣に丁寧に教えてもらった覚えがあるが、もう忘れてしまっただろう。


「そうすれば、何も問題ないでしょ?」

「そういうことなのか?」

「うん。そうなの!準備していこうよ!」

「ちょっと待て。その前に服を探してくれ」


 俺は女装用の服をどこへしたのかを忘れていた。気づけばもう2年くらいしていないのか。


「多分、羽衣の部屋にあるんじゃないかな?しゅうが預けに来た覚えがあるもん」


 預けてたのか。そりゃあ見つからないわけだ。家の中にそもそもないものをどうやって見つけようとしてたんだ。七海に聞いて正解だな。でも、なんで俺は羽衣に預けたんだ?別にタンスの中でもよかっただろう。全然覚えてないなぁ。


「ほら、あったよ。きれいに袋に包んであった」

「ほんとだ。ありがとう。じゃあ、支度するから七海も準備しろよ」

「私はもう準備満タンだよ?ここでしゅうを待ってる」

「なんでだよ。仮にも俺は男だぞ?少しは気になるだろ」

「いや、全然気にならないけどなぁ」


 少しは気にしろよ!とも思うが、七海は俺に対してどういう立場をとっているんだろう。幼馴染という風に見ているのだろうか。俺にはとてもそうは思えない。友達とは違う。では一体何なんだ?はっきりしないこの感情は何なんだろう。


「とりあえず、一旦部屋から出てくれ」

「そこまで言うなら。わかったよ」


 七海はすねたような顔をして部屋から出ていった。傷つけてしまっただろうか。もう少しちゃんと言葉を選んだほうが良かったのかもしれない。だが、時すでに遅しだ。


 俺は意外にも服の着こなし方を覚えていた。てっきり忘れていると思っていた。だが、忘れていなかった。頭では覚えていたんだ。なんで忘れてるなんて思ったんだ?考えてみれば、着ようとはしなかったんだ。それだけなんだ。別に、着ようとしていたわけではない。2年のブランクがあっても忘れていないなんてな。普通、忘れそうなもんだが。


「七海、おまたせ」

「うわぁ。久しぶりだね~その服」

「そりゃあ2年ぶりだからね」


 2年ぶりに着る服。しかし、しわが一切ない。もしかして、羽衣が洗ってくれたりしてくれていたのか?アイロンもしてくれていたのかもしれない。ありがたいことだ。俺は存在すら忘れようとしていたのに。感謝の気持ち、いつか返さないとな。もらってばかりじゃあだめだな。たまには恩返しもしないと。


「その声ってさ、意識して出してるの?」

「声?」

「うん。さっきより高くなってるから」


 いつの間にか俺の声の高さが変わっていたようだ。別に意識しているわけではないのだが。話し方も特段変えているわけではないし。強いて言えば、女子の服を着たくらいだろうか。でも、それだけで変わるものか?そんなこと聞いたことはないが。


「いや、別に意識して出しているわけじゃあない。いつの間にか変わってた」

「あんたは女子か!」


 これは助かったかもしれない。だって、人前で男の低い声で話す女の子の服を着た人が歩いているとする。どう考えてもおかしいだろ。いや、別にそれ自体を否定しているわけではない。ただ、俺はその状況に耐えられないだろう。たとえ周りに誰もいなかったとしても、状況に耐えられずに家に帰るかもしれない。


「とりあえず行こうよ。桜並木に」

「それもそうだね。行こうか」


 七海の家から『森本の桜並木』までは歩いて30分くらい。バスが近くまで走っているので、それを使ってもいいのだが、あまり公共交通機関は使いたくない。ボロが出ると面倒だからだ。俺自身もどうすればより自然な女の子っぽくなるのかがわからないからな。実際、女子もそんなこと考えながら生活してないんだろうな。ありのままの自分を出してる部分もあるだろう。状況によって合わせる。そんなことが俺にはできないのだ。普段からこうしていればできるようになるのかもしれないが。それはそれで多少問題があるようにも思える。


「久しぶりの女装はどうですか?」


 七海は悪だくみをしているような顔で俺に言ってきた。これでは軽いいじめのような気もするのだが。これも七海なりの理由があっての行動なのだろうか。何を考えているのか全く分からない。それが七海なのだ。


「やっと慣れてきたよ。そういえば、七海は普段こっちに来たりするのか?」

「ううん。めったに来ないかな。桜並木を見に行くくらいしか、こっちに来る理由ないし」

「それもそうだな。何もないしね、こっち側」


 森本市は周りの地域とは比べ物にならないくらいに広大な田畑や森林がある。なのに市と名乗っている。一応、人口的には基準に達しているからだ。しかしそれは駅周辺だけの話。一極集中しているので、実際には駅周辺以外はただの田舎となってしまっている。そのおかげで休日でも通行人が少ない。ここまで来るような人はだいたいが観光客だ。

 しかし今日は風が強いな。スカートじゃなくってよかった。気になって桜並木どころではなくなるところだった。


「しゅう!桜の花びらが舞ってるよ!」

「ほんとだな。もう散り始めてるのか。今日来てよかったかもな」


 久しぶりに見た『森本の桜並木』。どこも変わっていなかった。俺たちを待っていましたと言わんばかりに桜が散っていく。散って地面に落ちた桜がまた何ともいい雰囲気を出している。まるで桜のじゅうたんが敷かれているようだ。土曜日の昼ということもあってか交通量も少ない。桜のじゅうたんを邪魔するものは何もない。風もさっきほどの強さはなく、ちょうどいい感じだ。ただ、少し暑い気がするが。


「ねえ、一緒に写真撮らない?」

「この格好でか?」

「うん。別にどっちでもしゅうなのには変わりないんだからいいでしょ?」

「七海が気にならないならいいけど」

「じゃあ撮ろう!」


 しゅうなのには変わりない。一体どういう意味で言ったのだろう。服装と声の高さは明らかに変わっているのに。七海も俺の今の状況を『女装』だといった。つまり女を装っているのだ。明らかに変わっているはずの俺のことを七海は変わりないといった。俺にはどうしても矛盾しているようにしか思えないんだが。


「せっかくだからさ、桜並木の端までいかない?」

「端まで?結構かかるぞ」

「いいの!端で撮りたいな」


 今日は七海の雰囲気がなんだかおかしい。いや、おかしいということはないと思うのだが、何というかいつもより若干わがままだというか。俺のことを必死に動かそうとしている。七海らしからぬ行動力だ。


「別にいいけど、途中で『疲れたよ~』とか言うなよ?」

「わかってるって」


 七海は俺の心配していた行動には出なかった。わがままな態度を見せてくるくせに、今は桜並木の端までの道を淡々と歩いている。いつもよくわからない行動に出ている七海だが、今日は全く予想がつかない。何がここまで七海を動かしているんだ?



「到着~!」

「やっと着いたな」


 端までの所要時間は約30分程度だった。正直なところ、思っていたより道のりは長かった。俺は疲れたのだが、七海はまだ元気そうだ。年は変わらないはずなのにな。


「早速写真撮ろう!」

「どうやって撮るんだ?」

「じゃあ、桜並木の真ん中で撮ろうよ。ちょうど車も来てないし」

「そうだな。そうと決まれば早く撮ろうか。車が来る前に」


 道の真ん中で写真を撮る、なんてことは普通はできないだろう。この場所だからこそできることだ。


「撮れてる?」

「うん。ありがとう」


 七海は照れたような顔をして感謝の気持ちを述べた。特にお礼を言われるようなことをした覚えはないんだけど。

 そんなことを考えていると、七海は俺に何か言いたげな顔をしていた。


「どうした?何か言いたいことでもあるのか?」

「なんでわかったの!?」


 驚いた表情をしていた。確証はなかったのだが、なんとなくそんな気がしていたのには間違いはない。


「えっとね。しゅうに頼みたいことがあって」

「なんだ?」

「あのね。桜並木を一緒に歩かない?」


 言われた瞬間は意味が分からなかった。今歩いてきただろ。そう言いたくなったからだ。しかし、七海が言っている『歩かない?』と俺の『歩いてきただろ』では意味が違うのだろう。


「俺と?」

「うん。だめ?」

「まさかとは思うが…手をつないで、か?」


 俺は核心部分に足を入れてしまったようだ。七海の表情が一気にこわばったように感じた。でも、そういうことなんだよな。もしかして、初めからこれが目的だったのか…?


「そのまさか、だね」


 七海が考えていることが理解できなかった。でも、七海も桜ヶ丘中学に通っているうちの一人だ。『森本の桜並木』の伝説を知っていてもおかしくはない。だけど、なんでその相手が俺なんだ。そんなそぶり、今まで見せたことなかっただろ。それとも、俺が気が付かなかっただけなのか?


「どうしても手をつながないといけないか?」

「しゅうがどうしても嫌なら別に繋がなくってもいいけど」


 結局、七海と手をつなぐことはしなかった。途中、会話をかわすことも何度かあった。七海は笑っていた。でも、いつもの元気な笑顔ではなかった。俺の目には七海が愛想笑いをしているように見えた。そんな嘘すぐにばれるとわかっているはずなのに。

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