表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私には性別がありませんでした  作者: 六条菜々子
第4章 本当の気持ち
40/66

第40話 行動と気持ち

 臨海ショッピングエリアから臨海駅までの道のりはさほど長くはない。むしろ近い。でも、七海とこうして手をつないで歩くことなんてめったにないことだから、わざとゆっくり歩いてみたりする。多分ばれてるとは思うけどね。でも、少しでも長くこうしていたかった。なぜかそうしたいと思っていた。

「ねえ、お姉ちゃん」

「どうしたの?寒い?」

 今は春だが、夜になるとちょっと鳥肌が立つほど寒い。季節の変わり目というのは、気温が急に上がったり下がったりして、とても分かりにくい天候なのだ。早く暖かくなってほしいものだ。海が近いということもあるのだろうか。臨海市はまだ再開発が終わったばかりで、駅の周りしか高い建物がない。だから、海から吹く風が通りやすくなる。でも、そのおかげで駅から直接海が見えることで有名でもある。デートスポットとしては最適な場所なのだ。

「ううん。違う。気になってることがあるの」

 寒くはなかったようだ。ひと安心。デートを楽しんだものの、その翌日は熱で倒れました。みたいな展開は嫌だからな。私が経験済みだ。あれは本当につらかった。でも、気になってることがあるってどういうことなんだろう。私、七海に何かしたっけ?そんな覚えはないんだけど。

「どうしたの?私が何かしたかなぁ?」

「それも違う。あのね、買い物してるときに七海は妹らしくできたかなって。なんか、今日はずっとお姉ちゃんのことを引っ張って行ってたから。どっちかといえば、妹というより姉みたいだなぁって思ってね」

 妹らしくかぁ。私が女の子らしくできたかどうかを気にするように、七海も妹らしくできたのかどうかを気にしていたのだ。最近でこそ減ったものの、私も七海が初めて『家族』になった日、その時は男の子として生活していたので、必死に兄らしくしようと努力していたような気がする。努力はしてみるけど、どう努力すればいいのかはわからない。そんな毎日だった。あれと一緒なのだ。七海も悩んでいるのだ。『本当の姉妹』になれているのか、心配なのだろう。もしかすると、あの日からずっと妹らしくしようと、頑張っていたのかもしれない。私の知らないところで。私は兄らしく。今は姉らしく。七海は妹らしく。二人とも、そうしようと努力していたんだ。私だけが悩んでいたことじゃなかったんだ。決して特別じゃない、すごく当たり前のことなんだけど。そのことに、今になってようやく気づくなんて。七海のお姉ちゃんを名乗るに値しないな。

「そんなことないよ。七海は私の妹。そのことには変わりないんだから。そもそも、誰かを引っ張って行くことって、別に年上だとか年下だとかは関係のないことだよ?七海は私の妹なんだから、私相手にそんな心配しなくってもいいのよ」

「ほんと?そう思ってくれてるの、とっても嬉しいよ。ありがとう、お姉ちゃん」

 もしかしたら、七海のことを妹と。私自身のことを姉だと、無理やりそうする必要性はないのかもしれない。でも、そのほうが七海も安心するのかもしれない。それなら、そのほうがいいよね。私よりつらい思いをしているはずの七海の気持ちを大切にするべきだよね。それが姉としての務めなんだから。


 朝に来た道を戻るだけ。ただそれだけなんだけど、夜になってからでは、また違う意味になる。なんというか、別の世界に来たみたいだ。何も知らないところに迷い込んだみたいな。もちろん電灯はあるけど、それでも奥のほうは見えにくくて。でも、近くはそこまで暗くなくって。なんだか、不思議な空間なのだ。それに、昼の時に比べて、気のせいなのかもしれないけど、人の声があまり聞こえないから、草木が揺れる音とか虫の鳴く声。あとは車輪が線路を走る、電車の音。車の走り出す音。何もかもがゆっくりに聞こえる。それでいて、はっきりと。何かが研ぎ澄まされたような感じだ。

「人、少ないね」

「そうだね。やっぱり雰囲気がガラッと変わるね」


 臨海ショッピングエリアから臨海駅には五分程度で着いた。やはりこのあたりは道が整備されていることもあるのか、交通の便がいい。再開発がうまくいってるみたい。

「森本方面の電車はあと15分くらいで来るみたいだよ」

「そうなんだ。結構時間あるね」

 さすが。臨海駅より北の方向に動く電車は極端に本数が少ない。どうにかしてほしいところだが、利用者が少ないので仕方のないことだ。逆に、臨海駅より南に行く電車は本数が北方面と比べて約3倍だ。これでは森本の過疎化が進むのもうなずける。ただ、春は森本の桜並木効果で観光客が増える。その時はみんながお祭りみたいな雰囲気になって面白い。夏でもないのにお祭りをやったりとか。『森本、春の桜まつり』なんていう名前もあったりする。

 臨海駅には駅員さんが二人いる。森本駅とは違って、駅の中には休憩所もあり、一応テレビも設置されている。一つしかチャンネルがないけど。今の時間帯はニュースだよね。まあ、いいや。


 かれこれ10分ぐらいだろうか。ニュースを見たり、外の景色を眺めたりしていた。あれ?そういえば七海の姿がない。あれ?どこに行ったんだ。って、奥のベンチで寝ちゃってるし。

「おーい。七海、電車来たよー」

 電車を待っていた間に、七海は眠りについてしまっていた。よっぽど疲れていたのだろう。そういえば、臨海駅に向かっているときも、眠そうな顔してたからなあ。

「え?んんー。あれ?七海寝てたの?ごめんごめん」

 いつから寝たのか。それすらもわからないほど、自然に目を閉じていたのだろう。いわゆる寝落ちというやつだ。私もよくしてしまうが、寝落ちで寝てしまった後に起きた時の絶望感は半端ではない。『ああ!なんてことをしてしまったんだ!』といいながら、壁を殴りたくなるほどだ。まあ、壁は何も悪くないのだが。


 2両編成でやってきた電車の中は予想通りのがら空きだった。つまり、こっちへ来た時と同じで貸し切り状態。ただ、夜なので昼とは違って電車の周りが暗く、黒いので少し怖い。私って実は怖がりなのだろうか。そういう認識はなかったけど、今日の自分の行動を振り返ってみると、なんだかそう思えてくる。

 しばらく電車に揺られていると、森本市の海岸沿いにある『森本の桜並木』が見えてきた。普段は特に意識することがないけど。今日は特に何の日でもないから、ライトアップとかはないけどね。それでも、桜が月に照らされて少しだけ光っているのを見れるのも、昼に見るものとはまた違った見方ができて楽しい。やはり、昼と夜は違うのだ。

「お姉ちゃん。今日も桜きれいに見れるね」

「そうだね。きれいだね」

 七海も同じことを思っていたのだろうか。気づくと、桜並木のほうを見ていた。やっぱり、あの桜並木はただの桜並木ではない。いろんな思い出が詰まっているところ。つまり、特別な場所なのだ。

「ねえ、お姉ちゃん。あの日のこと覚えてる?」

 あの日。私たち3人の中では、『あの日』と名付けられた日がいくつもある。でも、桜並木で思い出す日といえば、いくつもあるんだけど……

「もしかして、七海が桜、見に行きたいって言った日?」

「うん。覚えてる?あの日のこと。……私が何をしようとしたのか」

 最後の言葉に少し余韻を持たせるように七海は私に言った。『何をしようとしたのか』その言葉に、私は『あの日』の記憶がよみがえってきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ