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私には性別がありませんでした  作者: 六条菜々子
第1章 変わっていく俺
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第4話 新しき始まりの日

 俺はその後、校長先生の粋な計らいによって、約一か月半の自宅待機を命じられた。学校に通えないということもあり、少々退屈ではあった。しかし、その間に体の変化は大きく進行していた。人間の体は短期間でこれほどまでに変わるもののなのか。と思わず感心してしまった。未だに、自分の中では他人事のような出来事が続いているのである。

 そんなこともあり、元々通っている、この高校に転校してきたという設定で進めてもらうこととなった。つまり、あくまでも『普通の女子高生』としての生活を送ることになった。もう少し穏便にすませたかったのだが、仕方ないことである。そんな俺を置き去りにし、校長先生と早坂先生は何故かノリノリであった。それはもう恐怖としか言いようがなかった。

 そして今、俺はとても緊張している。なぜなら、今日付けで同じ高校の同じ学年、同じクラスに転入するからだ。こんな経験、普通はできないだろう。とても貴重な体験だと思う。しかし、それよりもクラスメートに元々の俺と同一人物だと気づかれないかがとても心配だ。いくら見た目が変化したとはいえ、中身は俺自身なのである。また、校長先生がこの高校の他の先生には話を通しておいたとのこと。つまり、横にいる担任教諭は俺が『中津 秋路』と同一人物であることを知っているのだ。そこは問題ないのか。と思うかもしれないが、大人に事情を話しておくというのは少し安心感を持つことが出来るのである。

 担任教諭に先ほどさりげなく確認したところ、『中津くんだよね。あんまり信じられないよ。見た目結構変わったのね』と言われなければ気づいていなかったかのような言葉をもらった。そんなに変わっただろうか。確かに顔が多少丸くなり、幼くなった。肌が全体的に色白になった気もするが。あと、背も少し小さくなった。しかし、どう考えても普通は気付くものではないのだろうか。そもそも、髪はまだ伸ばしているので、肩にかかっていない。そのせいで俺が男子だとばれるかもしれないと言う不安はあった。しかし、そこまで気にする必要はないのかもしれない。どうしても気にしてしまうとは思うが。ボーイッシュな女の子として認識されれば、俺の勝ちである。

「少しだけここで待っててね」

「は、はい」

 担任教諭は先に教室へと入って行った。こういう時、普通は一緒に入るものなのではないだろうか。何かを言っている。そのことは分かるが、何を言っているのかはよく分からなかった。しばらく経つと、教室が騒がしくなってきた。一体教室の中で何が起きているのだろうか。

「中津さん入ってきてもいいよ」

 担任教諭のその一言により、さっきまでのざわざわとした生徒たちの声が一気に無くなった。多分この調子だと、教室に入った瞬間にクラス中の視線が一気に集まるのだろう。そう考えると気味が悪くなったが、俺は仕方なく教室のドアを開けた。

 ドアを開けると、そこには生徒たちの興味津々な目と先生の生暖かい目線があった。不気味だった。

「はい、ここ立って」

 俺は先生に従われるままに進んでいった。一応、転校初日なのである。そんな日に変な行動を起こして、謎の注目は浴びたくないのである。あくまでも『普通』を装いたいのである。

「とりあえず自己紹介をしてもらおうかな。名前だけでいいよ」

 転校生の自己紹介でのお決まりであるが、クラスメートの注目が集まりやすい教卓の近くで自己紹介をさせられるのだ。緊張というよりも恥ずかしさが上回っていた。俺は元からあがり症なのだ。

「えっと、中津…沙希です。転校してきたばっかりで、分からないことだらけだけど、良かったら仲よくしてください! よろしくお願いします」

 ここで謎の拍手が起きた。その光景を見て、先生は笑みを浮かべていた。俺がいかに緊張しているのかが分かったのだろう。しかし、この数秒間にある一つの問題が生じた。

 この教室の中で、武弥だけが笑っていないし、拍手もしていないのである。もしかすると、バレてしまったのだろうか。だが、武弥にバレているなら他の生徒も分かるはずだ。俺の今の状況はとても微妙なのである。いくら変化したとはいえ、元は変わらない。つまり、面影は残っているのだ。俺の正体が分かっている人は何人かいるのだろう。

「中津さん、座席は一番後ろの窓側でいいかな」

「わかりました」

 俺はそのまま窓側の方向へ体の向きを変えて進もうとした。しかし、その時あることに気づいてしまった。その席はよく考えると、武弥の隣の席なのである。これは俺の事情を詳しく知っているという担任教諭ならではのいじめ的行為なのだろうか。大人とは何と恐ろしいのだろうか。

 決まったことは仕方ないと思い、空席となっていたその席に俺は静かに座った。隣には一度も顔の表情を変えなかった武弥がいる。お互いのことをよく知っているはずの間柄なのに、今の状況はとてもそんなことが言えるようなものではなかった。

「…よろしくね」

 俺は勇気を振り絞って武弥に話しかけた。何故こんな奴相手に緊張しなければいけないのだろうか。

「ああ、うん」

 そう言った武弥の目は少しも笑っていなかった。おそらく、武弥は俺の正体を分かっているのだろう。そもそも、女子高生になれと提案したのは武弥ではなかっただろうか。


 やがて、休み時間になった。1時間目の時、武弥はこっちを時々覗き見しながら、何かをずっと考えていた。その時に何を考えているのか。それは何となく予想がついていた。だからこそ、何かを聞かれるのではないか。そんな気がしていた。

「中津さん。ちょっと来てくれない?」

 俺の予想通りだった。武弥は俺に用があるみたいだ。やはり、聞きたいことがあるのだろう。

 その後、武弥に言われるがままについてきてしまった。近くの階段の陰に隠れて、話すことになった。もう少し良いところは無かったのだろうか。そう思ったが、人に聞かれるとまずいことを話そうとしているのだろう。武弥なりの配慮を感じた。

「これはどういうことだ」

 武弥はいつも通り、明確な質問をして来なかった。質問の意味でさえ、こいつは考えさせようとするのだ。聞き出したいのだろう。今の俺の状況を。

「どういうことよ」

「隠さなくてもわかる。お前は秋路だろう」

 やはり、俺の正体は武弥にばれていた。武弥の話によると、教室に入ってきた俺を見た時に気付いたらしい。武弥が分かるのであれば、クラスの人全員にばれているのではないだろうか。後でまた誰かにこうして聞かれるのだろうか。

「しかし、お前がここまで変わるとは思っていなかった」

 俺の体の変化はさすがに武弥も驚いているようだ。『女体化』現象は想像以上に進んでいるようだ。

「少しボーイッシュな感じがあるが、見た目は完全に女子高生じゃないか」

 武弥にそこまで言わせたということに俺は少し満足感を得ていた。何故だろう。不思議な気持ちになっていた。

「でも、どこから見ても女の子という感じではないかもしれない」

 元が男だったということもあるのだろうか。どうしても自分自身が女子高生とは思えなかった。自信というよりも確信が持てなかったのである。

「人生何があるのかわからないもんだな。俺もそのうち……」

 それはないと思う。何故だろう。武弥が女子高生になるのはダメだと思ってしまう。



 やがて昼休みになった。俺は保健室に呼ばれた。多分、今日の午前の様子を聞きたいのだろう。そこで待っていたのは、やはり早坂先生だった。

「どうですか。体の調子の方は」

 先生からの質問は予想通りであった。今日は特に体調が崩れるのようなことは起きなかった。つまり、順調そのものであった。それが具体的に何を指すのかはわからないけれど。

 しかし、俺のその言葉とは裏腹に早坂先生は何か言いたげな顔をしていた。

「言葉づかいがちょっとね」

 それは全く考えていなかったことだった。改めて自覚させられた。俺は女子高生になったのである。某マンガとかで出てくるような、突然変異。または変身したらこうなった。などと言うものではないのである。俺にはまだその自覚が足りていないのだろう。

「そうですね。これからは気を付けます」

 人間と言うのは、基本的に男女の区別を七割から八割は見た目で判断している。残りの約三割は何で判断しているか。それは話し方である。ただ単純に語尾に対して何かを付けるだけでも、効果は絶大なものである。他には声の高さ等もある。しかし、俺の場合は『女体化』現象が起きて三日ぐらいでほぼ女子の声の高さになった。正確には、ほんの少し意識すれば女子に聞こえるのだ。元々出しやすいのかもしれない。これは本当に助かった。いくらしゃべり方が女の子だとしても、声があまりにも低い場合、疑問に思ってしまうかもしれないからである。



 とにかく、俺の女子高生としての生活が今日始まった。初めてのこともたくさんあるだろう。もちろん不安もある。これを機に、高校生活を頑張っていこうと思う。いい転換点だからだ。

 早く女子高生として溶け込めるためにも、もっと頑張ろうと思う。

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