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私には性別がありませんでした  作者: 六条菜々子
第4章 本当の気持ち
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第38話 女の子の私、男の子の私

 七海は俺と同じ歳だ。それは、なんというか俺は兄妹として。今では姉妹として接している。まあ、出来てるかは分からないけど。母は俺が男から女になったことに何も口を挟んでこないけど、実際のところどう思っているんだろう。俺だってこんなこといくら頭で考えていても、相手がどう考えてるか何てわかるわけないじゃん!って分かってはいるんだけど。でも、どう話掛ければいいのかわからない。そもそも、『俺の事、女としてみてる?男としてみてる?』とか聞けるわけない。母だってどう対応したらいいのか分からなくなりそうだし。ああ、どうしたらいいんだろう。

 そうだ。いきなり母に聞くのもなんだし、まずは七海に聞いてみようかな。聞かないことには始まらないよね。


「七海?いる?」

「うん。入ってもいいよ」

「ありがと」

 普段、七海の部屋に入るなんてめったにないことだから少し緊張してしまっている。ただの妹の部屋なのに!

「どうしたの?お姉ちゃん。何か相談しに来たの?」

「うん。実は聞きたいことがあってね……」

「何もないと話しにくい感じかな…?ちょっと待ってて、お菓子でもとって来るよ」

「ありがとう」

 七海は本当にしっかりしたいい子に育ったなあ。妹と言っても同じ年だし、本当は私が立場上お姉ちゃんなんだから、もっとしっかりしないと!とは考えてるんだけどね。どうしても七海がお姉ちゃんみたいに感じてしまう時が何度もある。もしかすると、性格的にそうなのかもしれないのかもね。


「お待たせー。オレンジで良かった?」

「うん。ありがとっ」

 七海が持って来てくれたのは、チョコレートのお菓子とおせんべい、あとオレンジジュースだった。チョコレートとおせんべいの組み合せはどうかとは思ったけど、きっとこの2つしか家になかったのだろう。この家の人は基本的にお菓子なんて食べないからね。

「お姉ちゃんのタイミングで構わないから、いつでも話し始めてね」

 そうは言うけどね。いつもみたいな軽い話じゃないんだよね。どう話し始めるかも重要だと思うし。きっとこういう所でズバッと話を始める人の方がいいんだろうね。きっと。私も練習しないと駄目だね。ましてや妹の前でこんな態度取ってたら、よくよく考えると恥ずかしいね。

「実はね…私とどう接してるのかなって気になったから、聞いてみたくって」

「どう接してるってどういうこと?」

「七海は私が男だった時の姿知ってるわけじゃん?だから、今のこの姿を見てどう思ってるのかなって」

 話の導入としてはうまくいったのではないかと自画自賛。まずは女の格好をする私の行動に意見を求めてみたのだ。そこがだめならば、これから聞こうとしている質問はもう心の奥深くに封印しておくことにする。

「どう思ってるか、ね。じゃあ、逆に聞くけどいい?」

「何?」

「私の姿を見てどう思う?」

「七海にあってて可愛いって感じかな」

「特に違和感とか感じなかったでしょ?」

「うん。別に違和感は感じなかったかな」

「それと一緒なんだよ?私がお姉ちゃんの格好を見て思ってるのは」

「一緒?」

「そう。別におかしいなんて思わないし、むしろ今日の服は可愛いなーみたいな感じでしかとらえてないよ?お姉ちゃんは少し重く考えすぎなんだよ。なんでも」

「重く考えすぎかなあ?そんなことないと思うけど…でも、やっぱり私の事やっぱり男っぽいなあって思う時はあるでしょ?」

「そりゃあね。でも、そういうところがあってこそのお姉ちゃんだと思うの」

「あってこそ?男としての部分を持ってて、お姉ちゃんってどういうこと?」

 あってこそ。その言葉に私はどうしても引っかかった。やっぱり七海は私のことをあくまでも『元お兄ちゃん』として見ているんだ。そうも受け取ることができる言い方だった。

「何て言えばいいんだろ。例えば、お姉ちゃんはいちいち私のことを男か女かなんて考えながら私の事見てる?」

「いや、全然考えてないよ。男か女かってよりも七海だ、って考えてみてる」

「そういうことなんだよ。男か女かなんて考えてないんだよ。確かに見た目は気にするかもしれないけど、私はお姉ちゃんの妹だし、そんなこといちいち気にしてみてなんかないよ?」

「気にしてない、かー。でも、やっぱりお兄ちゃんだなぁって感じるときはあるんでしょう?」

「そりゃあね。でも、さっきも言ったけど、それも含めてのお姉ちゃんなんだよ。何か一つが欠けても、それはもうお姉ちゃんじゃなくなっちゃう。そもそも、お姉ちゃんって今まで『1日中』は女の子になったことはなかったでしょ?じゃあ、男っぽさが出てもしょうがないよね」

 冷静になって考えてみれば当たり前のことだった。だって、昨日まで男の子として生きてきた子が、急に今日から女の子になって生活する。なんて、現実的に考えて無理だよね。もちろん、その逆のパターンも。徐々に生活の中にそういう要素を取り入れながら、周りももちろんだけど自分の心も慣れさせる。そういう事なんじゃないかな。七海が言いたいことは。

「私、ちょっと考えすぎなのかなあ。七海もそう思ってるんでしょ?」

「そうだよ。ちょっとじゃなくってただの考えすぎ!そんなことでいちいち考えてたら、生活していけなくなるよ。『女の子』としてはもちろん、人としてもね」

 七海は時々意味深な発言をする子だ。でも、その意味をよく考えてみると、案外そうなのかもしれないと私の頭の悪さでも少しは理解できる。確かに横を通った人が男か女か。隣を歩いているのは男か女か。そんなことをしきりに考えていたら、身が持たなくなるのは容易く予想がつく。

「ありがとう、七海。少し気持ちの整理ができた気がする」

「ほんとに?私なんかで整理できたの?役に立ったならうれしいんだけど」

「十分役に立ったよ。七海と話せてよかった。時間取らせてごめんね」

「ううん。全然気にしてないよ。ささ、早く遥お母さんのところ行ってきなよ」

 私がこの後で母のところに行くことが七海にばれていた。なんで?

「わかってたんだ。この後、話に行くって」

「そんなことでもないと、お姉ちゃんはこんな話してくれないでしょ」

 どうやら、七海には私の考えていることが筒抜けのようです。もう手遅れみたいだし、早く行こうかな。

「じゃあ、そろそろ私は行くね」

「うん。頑張ってね。ってもう頑張ってるかぁ」

 七海の少し困ったような笑顔がちょっとだけ見えた。あんな顔初めて見たよ。



 母は一階でテレビを見ていた。でも、私が来たのを分かったのか、テレビの電源を消してくれた。

「はい、ここ座りなさい。何か話があるんでしょう?」

 また、私から話があるとばれていた。母にしても、七海にしても、女の人には何かを察する潜在能力のようなものがあるのだろうか。そんな空想を思わず浮かべてしまうほどに、私は毎回驚いてしまう。やはり、育ちが違うのだろうか。それとも、空気を読む能力が特化しているんだろうか。

「うん。実はね、話があるの。でも、何でわかったの?」

「だって、そろそろじゃないかなって。あんたが私のところにくるの」

 だから、何でそういうことがわかるのかなあ。これが女の勘っていうものなのかな?

「えっとね…実は聞きたいことがあってね……」

「時間はあるから、ゆっくり自分の言葉で話すのよ」

 『時間はある』という言葉に私は気持ちが落ち着いた。母が忙しいのかもしれないと思い、早く話をしないと。という事を考えていたからだ。おかげでほっとした。さて、何から話せばいいんだろう。七海の時と同じ話の始め方でいいのかなあ。でも、母なら私の昔のことも知っているはずだから、もっと切り込んでもいいのだろうか。どこを境界線として話せばいいのかがわからない。そもそも、そんなことを考えていることが卑怯なのかな。自分で限度を決めているっていうか。

「私も何から話せばいいのか分からないの。んっとね、母さんは私が女子高生になるって言ったとき、どう思ったの?」

 これだけは、まず聞いておきたかった。元々、私が強引に話を進めていたのも、もしかしたら母は嫌がっていたのではないか。そんなことを考えてしまったりする。もうそんな微妙な距離感は無くして母と接したいと思ってる。だから、まずは私の本音をぶつけていくことにした。きっと、こういうのをわがままっていうんだよね。

「どうも思わなかったって言うと、悪く言ってるみたいに聞こえるかもしれないけど、そうじゃなくって沙希は沙希らしく生活してほしいと思ってるの。なんていえばいいんでしょうね。ほったらかしじゃなくて、もし沙希が助けを求めているなら私は協力するし、出来る範囲であれば何でもするよ?」

 母は本当にそう思っているのだろう。昔から嘘はつくことが無理な母がそんなことで嘘を言うはずがない。でも、私らしくってどういうことなんだろ。今、目指している女の人の姿に私が近づいていくのは私らしくないというのだろうか。

「私らしくってどういう意味なの?」

「沙希らしくって言ったけど、もっと言えば性別なんかで左右されて生きてほしくないの。もちろんだけど、沙希が女になることがおかしいって言ってるわけじゃないからね。よく考えてみて欲しいの。世の中には男っぽい人もいるし、女っぽい人もいるでしょう?それって全員が全員、その人がこうなろう!って決めたわけじゃないでしょ?それと一緒なのよ」

「つまり、男か女かはそんなに関係ないってこと?」

「そう。世の中には女の子なのに、性格が男の子っぽい人とか、男の子なのに、性格が女の子っぽい人とか、その両方だっているわけでしょう?こういうのはあんまりわからない?」

「ううん。ちゃんとわかるよ」

「そう?じゃあ続けるね。なら、沙希も同じだってことよ。性別は女だけど、男っぽい人もいれば女っぽい人もいる。それと一緒なの。だから、そんなに深く考える必要なんてないのよ。沙希は沙希。一人の人間なんだから、私も一人の人間として、なにより私の『娘』として見てるに決まってるでしょ?」

 周りに影響されることなく、その人はその人らしく生きる。その言葉の意味が少しわかった気がする。でも、私が未だに、女になりかけなんだっていう自覚がないのもまた事実なんだけどね。こういう話って難しい問題だよね。

「じゃあ、私が女子高生として学校に通ってるのも、私らしく生活するってことなの?」

「そうよ。だから、私は嬉しいの。あんたがそういう生活をしてくれているっていうのが。もちろん、無理をしているのなら意味ないけどね」

「ううん。無理はしてないよ。むしろ、昔より学校に行くのが楽しいよ」

「そうなの?よかったわ。普段の沙希はそんな話は私にしてくれないからね。何だか、今日は楽しいわ」

 母がこんなに笑っているのを見るのは久しぶりかもしれない。そういえば、ちゃんと二人で会話をすることも無意識に避けていたような気がする。

「じゃあね、私が女の子らしくするのを、母さんはどう考えてるの?」

「それも普通の事じゃない?だって、あんた女の子じゃないの」

 身内に面と向かって、『女の子だ』と言われるのは、また違った意味で恥ずかしくなる。みるみる自分の顔が赤くなっているのがわかるくらいに、火照っていた。

「沙希は沙希らしく生きなさい。もしあんたが男らしい生き方にしたいというなら、その時も私は協力する。だって『私の自慢の子ども』ですもの」

 母の、そのあまりのやさしいさにあふれた言葉に私は涙をこぼしそうになっていた。

「今日はありがとう。時間取らせてごめんね。話したいこと話せたよ。また、相談するかもしれないけど、その時はまたよろしくね」

「もちろん、いいわよ」

 母は、私が思っていたほど気難しい人ではなかった。むしろ、積極的に話を聞いてくれたの。


 普通、こういう事ってどうしても人から避けられてしまう傾向がある。でも、母と妹は特に何も言わずにさりげなく協力してくれそうな雰囲気だった。そして、二人とも私が女か男かじゃなくって、一人の人として言ってくれた。それでも、私の心は否定してしまった。何故、こんな体で生まれてしまったんだって考えていた。


 私はまだ自分の事を認められて無いのかもしれない。


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