第3話 成長し続ける身体
先日、俺の身にある現象が起きてしまった。それはいわゆる『女体化』現象だった。それから2日が経過した。
これが夢ではないとはわかっていても、頭の中では『これは夢だ、夢なんだ』とずっと自分に言い聞かせていた。しかし、身体は全く戻らなかった。むしろ、より女の子っぽくなっているような気もする。自分自身、もう何がどうなってるのかが把握できない状態だった。正直なところ、ここまで変化が顕著に表れるとは思っていなかった。
過去に『この世の中生きていると何が起こるかわからない』、という言葉を残した人がいた。実際、本当にそうだった。このまま、ただ平凡な日々を過ごしながら、高校を卒業していくものだと思っていた。しかし、そんなことはなかった。まさか、性別が変わってしまうとは思わなかった。
『女体化』と言うのだから、当然のことながら、少しずつ胸が膨らんでくるのだ。数日前まで、俺は普通の男子高校生じゃなかったのだろうか。だが、今のところは他人に見られても気が付かない程度だ。まだ大丈夫。そう自分に言い聞かせながら、学校への道をたどっていった。
「お前、そろそろ女子の制服とか頼んだらどうだ」
「絶対嫌だ」
自分の中では軽く否定していたが、そろそろ隠すのが厳しくなってきたのである。特に上の方が。そんな俺に比べて、武弥は俺のこの体に起こる変化を楽しんでいるような気がしなくもない。武弥は俺に女子高生になってほしいのか。どうやら、こいつにはそういう趣味があったようだ。
具体的な説明を加えると、制服と体の丈があっていないのだ。これが結構不便なのである。それを全く気にせずに歩いていたら、学校の生徒や先生にばれそうになってしまうことも何度かあった。もやは自分だけの問題ではなくなってきているのだ。
そんなことを考えていると、気分が悪くなってきたので、俺は保健室に向かうことにした。人に話せば少し気が楽になるかもしれない。そう考えたのである。
「なるほどね。制服が大きすぎるということね」
「はい。他にもいろいろ困ることが増えてきて……」
俺は細かいところを気にしてしまう性格なのである。つまり、きりがないのである。
「ここはひとつ、校長先生と相談してみるってのはどうかな」
「校長先生と話し合いってことですか」
高校の校長先生。俺は全校集会や学校行事で、話しているところを見たことはある。しかし、面と向かって直接話したことはない。一体どんな人なのだろうか。全く予想がつかない。そもそも、謎が多いのだ。
「そんな難しい顔しなくてもいいよ。あの人、結構相談のってくれるいい人だから」
まず、俺の中で『保健室の先生が嘘なんてつくはずがない』と言う考えがある。つまり、本当にいい人なのだろう。先生の言っている、いい人の基準がよくわからないけれど。
「そうしてみます」
保健室担当の早坂先生の協力により、とりあえず校長先生と話をしてみようという事になった。日時は今日の放課後に組まれた。
時間に余裕があるなと思っていたが、気が付くとあっという間に放課後になっていた。そもそも、校長先生にこのことをどう話そうかと考えていて、授業はほとんど耳に入ってこなかったのである。
早坂先生が校長室のドアをノックする。
「校長先生、入ってもよろしいでしょうか?」
ドアの奥から、『大丈夫ですよ』という声がした。その声と同時に早坂先生は、ドアを開いた。そして、普段は謎の空間と化している校長室に俺は入っていった。早坂先生の後に俺はついていった。中は想像していたものとは違っていた。部屋は狭かった。また、高級なツボが置いてあったりするものだと思っていた。
「校長先生、この子がさっき私が言っていた子です」
「この子か。直接話すのは初めてですね。初めまして、本校の校長です」
第一印象は『なんだこの人』だった。その見た目とは裏腹に、中身はただのユーモラスなおじさんであった。直接会う前までは少し怖がっていたとは言えないような人柄である。人は見た目だけでは判断できないというのは、きっとこういうことを言うのだろう。
「この子が本当に中津君なのか。申し訳ないが、信じられないな」
校長先生は、俺の顔を見たことがあるのだろうか。一度くらいは見たことはあるとは思う。しかし、一人ひとりの顔や姿を覚えているものなのだろうか。そんなに少ない生徒数でもないのだが。
「生きていると、何があるかわからないものだね」
「本当ですよ。まさかこんな未来が待っているなんて、思ってませんでした」
俺は想像力のある方にあるお願いをしたい。自分の体が、朝起きると突然、反対の性になっているということを。そういう願望がある方なら大歓迎かと思う。しかし、俺はそんな願いをした覚えはない。少なくとも、記憶の中ではの話だが。
「君はどうしたいと思ってるのかな」
「どうとはどういう意味ですか?」
校長先生はしばらく目を閉じて、深く考え込んでいた。俺にどういえばいいのか、言葉を選んでくれているのだろうか。それはすごくありがたい。
「もしこのまま、この高校に通いたいというのなら、いっその事、女子生徒として通ってみてはどうだろうか。その方がいろいろと安心できるような気がするのだが。今の君の状況は、男子の中にひとりだけ女子が混ざっているようなものだ。良く考えてみてくれ、危険ではないか?」
危険ですか。少しその言葉に引っ掛かりを感じた。しかし、言われてみると、そうなのかもしれない。本来はあり得ない状況なのである。
「つまり、女子高生になれという事ですか?」
直接的な表現として、俺の頭の中で浮かんだ言葉はこれくらいしかなかった。『なる』という表現が正しいかどうかは分からない。しかし、こう言うしかないのだ。
「簡単にいうと、そういうことですね」
俺の話はうまく伝わったようだ。だが、逆に危険じゃないかとも思った。確かに今の俺の体では、普通の女子を装う方がよさそうだ。精神的な面のみで考えた場合での話だが。しかし、それと同時に『大丈夫なのだろうか』という考えが浮かんできた。結局、俺は男子高校生なのである。そんな俺を校長先生は女装版女子高校生に仕立て上げようとしているのだ。冷静になって考えると、おかしな話である。
「考えさせてもらってもいいですか」
「もちろん。真剣に考えてくれると、こっちも非常に助かる」
一度、真剣に自分の今の立場について考えることにした。頭を冷やして考えようということである。
帰宅してから、俺なりにじっくりと考えてみた。もし女子生徒として通うことになった場合、俺の『女体化』の進行度次第では転校してきたことにしてくれるらしい。もちろん、女子高生としてだけど。
それはつまり、校長先生や早坂先生がこの現象がより進むものとして考えているということだ。これ以上進行してどうする。そう思っていた。しかし、そんなことは考える暇がないほど、俺の体は順調に『女体化』が進行していった。もう、朝起きるたびに少しずつ変化していくことが目に見えてわかるのである。そのせいで、俺は目覚めることが少し嫌になっていた。
「おはよう」
この日の朝は体がとても重いと感じた。それが何故か。原因は分からなかった。
母さんは起きて一階へと降りてきた俺を見て、なぜか笑っている。何ががそんなに面白いのだろうか。少し気分が悪くなってしまった。
「成長期にでもなったの?」
その言葉に少し違和感を感じた。確かに俺は成長期真っ只中である。もうそろそろ終わりかけといったところだろうか。そんな俺に『なった』という言葉を使うのは少しおかしいと感じたのである。
「あんた男なんだよね。何で胸が成長してるの」
何故過去形にしたのかは分からないけれど。しかし、それ以上におかしな表現を聞いた。『胸が成長』とはどういうことなのだろうか。
俺はその光景を認識したと共に、思考停止に陥った。確かに『女体化』現象は起きた。しかし、ほんの数日前まで男そのものであった体が、ここまで変化するものなのだろうか。とても不思議である。もはや、他人事としてしか受け止めることが出来なかった。
「もう秋路は女の子ね」
ついに母に言われてしまったそのセリフ。終わったと感じた。
俺は女の子扱いを受けることにいつの間にか慣れていた。これからは女子高生として暮らしていくのだから、慣れておくのはいいことなのではないだろうか。そんな考えが浮かぶ当たり、俺は元の生活に戻ることを完全に諦めているのである。
「ついに胸が隠しきれなくなってきたのね」
早坂先生がじろじろ見てくる。遠くからだと特に問題はなかった。しかし、間近で見られていると、結構恥ずかしいものだ。男子はこんなに見られないからなのだろうか。不思議である。
「バスト測ってみる?」
先生にの中に好奇心なのか探究心のようなものが出来てしまったのだろう。バストを測ることになった。ウエストも測る事になってしまったらしい。これではただのお人形遊びのようである。
「ウエスト細いね」
その言葉にある出来事を思い出した。それは俺が顔をのぞくと女子に見えるという噂があったことである。あまりにも学校中に広まってしまったため、人と会うたびに質問を受けた時期もあった。軽いトラウマである。
「えっと、あなたはBカップだったわ」
そのことを申告されても、俺は嬉しいと感じなかった。大きくなっていることに喜びを感じるべきなのだろうか。少し複雑な気持ちになっている。
「あなたは女子だと自覚してもいいわ。というか、自覚を持っておきなさい」
先生のご厚意により、女子生徒用の制服を取り寄せてもらうことになった。これは仕方ないとしか言えなかった。
どうやら、この数日間で俺の体は少しずつ変化しているらしい。変化の勢いが止まらない。そんな感じなのである。これから、俺はどうなってしまうんだろうか。
全く先の見えない日々がこの日から始まろうとしていた。