第25話 女子高生らしさ
次の日、俺はいつも通りに登校していると、前を歩いている神田先輩を発見した。何の本を読んでいるのかは分からないけれど、文庫本サイズのものを読みながら歩いていた。周りを往く、桜ヶ丘高校に通う高校生たちを華麗によけて歩く姿に、俺は少し驚いた。
「神田先輩。おはようございます」
先輩は誰の声か気が付かなかったようで、周りをきょろきょろとしている。しばらくして、後ろで隠れていた俺に気が付いて、近づいてきた。
「新入部員ちゃんか。おはよう」
「名前をあえて呼ばない神田先輩、おはようございます」
初めて会ってからまだ2日目だが、くだらないことでも何故か話が弾む。俺は、あまり人と話すことが得意ではないけれど、神田先輩と話すことには何ら抵抗を感じなかった。
そもそも、俺と神田先輩は同級生だ。年齢も変わらない。なのに、なぜ俺は先輩付けで呼んでいるのだろう。この呼び方で定着させようとしている俺に対して、神田先輩は特に反応を示してこない。
「先輩付けで呼んでくれるのは構わないが、敬語にするのはやめてほしいかな」
「わかった。これからは気を付けるね先輩」
どうやら、先輩という呼び方が少しは気になっていたようだ。その様子を見て、俺は神田先輩が人間であることを確認した。
神田先輩はなかなか笑おうとはしない。意識をしているのかどうかは分からないけれど、ほぼ無表情である。感情を表に出したがらない人だということは、すぐに分かった。
そんな神田先輩の笑顔を見ることが出来るというのは、すごく貴重なことなのだ。しかし、冷静に考えてみると、俺がしていることは変態的行為なのだろうか。神田先輩の行動に一喜一憂しているのだ。
気付くと、目で追っているような感じだった。無意識だけれど、気になり始めているのだろうか。確かに、興味がないと言えば嘘になる。
授業が始まり、俺は真面目に板書内容をノートに写していた。
それに引き換え、隣の席にいる武弥は居眠りをしていた。また、テスト直前に俺のところに来て、助けてくれと言うのだろう。そんな状況になることは、なるべく避けたい。
そう思っていると、隣からノートの切れ端を何度か折ったようなものが回ってきた。
『お前最近元気だよな』
あまりに素っ気ない文章に俺は少し戸惑ったが、冷静に返事を返した。
『そんなことないよ。多分部活に入ったから、そのせいだと思うよ』
『部活ね。面倒くさくないか、そういうの』
とても返事に困る質問をされてしまった。確かに今まで部活というものは、ただ面倒くさいものだとしか思えなかった。でも、今は違う。
『別にそんなことないよ。楽しいよ。まだ部活らしい活動には参加してないけどね』
『そうか。まあ、楽しいならいいか』
楽しい。こんな俺でも、学校を楽しいと思える日が来るとは、思っていなかった。俺も少しは変わってきているのだろうか。それとも、変えられてしまったのだろうか。
そんなことを考えていると、武弥から新しい紙が回ってきた。
『お前もすっかり女子高生らしくなったな』
俺は、その言葉の意味を理解することが出来なかった。
「沙希? お弁当食べようよ」
「どうしたの?」
「え?」
昼休みになり、いつも通り三人でお弁当を食べる時間となった。しかし、さっき武弥が言っていた『女子高生らしさ』という言葉が、頭から離れなくなっていた。
二人が話しかけていることに、俺は気が付かなかったようだ。
「あ、お弁当ね」
俺の異変を察知しているのか、二人ともじっと俺のことを見ていた。そんなに見られると恥ずかしいから、やめてほしい。
何なんだろう。この微妙な雰囲気。ほんの数秒のことだったが、すごく長く感じた。
「沙希、どうしたの?」
由果ちゃんにそう尋ねられたが、俺はその質問に答えることが出来なかった。これを説明するには、武弥が俺の秘密を知っていると話さなければならないからだ。それはできない。
「何でもないよ。お弁当食べよう?」
武弥が言っていた、女子高生らしさとは一体なんなのだろう。
どこにでもいるような女子高生として、平凡な日常を過ごすことなのだろうか。それとも、誰かに恋心を抱くということなのだろうか。きっと、さまざまな要素が複雑に絡み合っているのだと思う。
こんなことは、考えるだけ無駄だと思ってしまうけれど。自分の状況を考えると、意識してしまう部分ではある。
こういう認識は、人によっても変わるものなのだと思う。
学校生活を目一杯楽しむこと。それも一つの女子高生らしさだとは思う。しかし、誰もが『高校生』を謳歌しているわけではないと思う。
結局、何なのだろうか。その疑問に対する解は、多分存在しないのだろう。