第24話 人を見る目
この学校には3~4種類の人間がいる。『頭がいい・格好いい・可愛い・普通』 いや、どこの学校もこんな感じなのかもしれない。当たり前だが、俺はもちろん普通だ。ここでいう、格好いいというのは女子も入る。いわゆる、格好良い系女子ってやつだ。俺もせっかく女子(仮)になれたのだから、新しいことにチャレンジしてみたいと思っているのだ。あくまでも、この生活に慣れてからだけれど。
「今日は暑いなぁ。部長様のお帰りだぞ! って、お客か?」
「入部届を出しに来ました」
「え? 新入生ではないよな?」
どうも、部長らしき人は混乱しているらしい。それもそうだ。今は3月。新入生なんて来るはずがないからな。
「転校してきたといっても1ヶ月経っていますが、2年の中津です」
「そうか、転校生なのか。通りで変な時期に入部届を出すわけだ」
「すみません」
「いや、別にいいのだけれど」
別にいいと言いつつも、部長は面倒くさそうに書類提出に行った。それもそのはずだ。予定していなかった仕事が、急にできたのだから。
ここの部長は私の目では格好いい方だな。いや、みんなからしてみると、案外普通なのかもしれない。『女の子』化現象が俺の体で起きてから、人を見る目が変わってしまった。言葉では言い表せない、不思議な感じがあるのだ。ずっとかけられていた封印が、突然解かれたような感じだ。
「何を考えているの? 新入部員ちゃん」
部長のことを見送っていると、後ろから神田先輩が俺の背中に乗っかってきた。女の子らしい、体の丸みが無い俺に乗っても痛いだけだと思うのですが。これは神田先輩なりのコミュニケーションの取り方なのだろうか。
「出来れば名前で呼んでくださいよ。私は別に何も考えてませんよ。ただ、ぼうっとしていただけです」
「そうなの。部長のこと考えながら?」
え!? 神田先輩、何で俺の考えていることが分かったのだろう? もしかして、何か特別な能力でも持っているのだろうか。何となく、不思議なオーラを感じるのは、そのせいだろうか。
「そ、そんなこと考えてませんよ」
「あら、分かり易い子だこと」
何だ、この人は! 頭の中で考えてることを全部見透かされているみたいで、とても気分が悪い。今、俺が考えていることも、実は分かっていたりするのだろうか。
「文学部って部員数は何人くらいなのですか?」
「えっと、私はわからないの。てへ」
とても単純な質問に、神田先輩は一言『わからない』と答えてくれた。俺が質問をしてから、回答が来るまでに10秒もかからなかった。素晴らしい時間短縮だ。いや、そういう問題ではない。何で把握していないのですか。それ以上に気になったのは、神田先輩の口から出た『てへ』という言葉だった。この言葉は真顔の状態でいう事ではないと思いますよ。神田先輩。
「じゃあ、いいです。そういえば、ここの部って具体的な活動は何ですか?」
お前はそんなことも知らないで入ったのか! と言われれば、そこで終わりだけれど。神田先輩の表情が曇っている。やはり、これは聞くべきではない、触れてはいけない部分の質問だったのだろうか。
1分ぐらいが経った。長い沈黙を経て、ようやく神田先輩は口を開いた。そして、こう言った。
「そんなこと決まってない」
それから、神田先輩のよく聞いてみると、文学部というのは一般的にいう文学的活動。つまり、一般的な文学部の活動である、本を読んだり書いたりというのは一切してこなかったらしい。入部したいと思えるような部活動がなかったから、とりあえず入ってみたと言う人たちの集まりということだ。その中に俺が入ったのは、果たして正解だったのだろうか。
そんなことを考えつつ、もう下校時刻になった学校を出ようと俺は生徒玄関へ向かった。外はすっかり暗くなっていて、何だか気味が悪い。
「おお、新入部員ではないか」
「だから…って神田先輩! まだ残っていたのですか」
「ええ、ちょっと用事があってね」
白い紙をこっちへヒラヒラと見せてくるが、俺はそこまで視力が高くないのではっきりとは見えない。
「それ、何の紙ですか?」
「これ見えなかったの?」
俺のためにわざわざこっちまで来て、見せてくれた。なるほど、課題ですか。でも、神田先輩って確か、成績上位者のはずでは…?
「これは復習課題よ。忘れているところがないかチェックしていたの。今日中に終わってよかったわ」
「神田先輩ってすごいですね。努力家なのですね。私とは大違いです」
何もかもを適当に進めてしまう俺とは大違いだ。『努力』と言う言葉ほど、俺に似合わないものはない。しようと考えたことは、無かったとは言えないけれど。
「そんなことないと思うけどな」
「そうですか?」
「そうよ。あなたはあなた、私は私なの。人のいう事なんて気にしちゃだめ」
神田先輩は真剣な顔をして、そう言った。今まで見せてこなかったそのまなざしに、俺は心を打たれた。
その後、俺は終始嫌がりながらも、お互いの家が近いと分かったので、途中まで一緒に帰ることになった。しかし、神田先輩が俺のことを気に入ってしまったのか、腕にくっついて離れてくれない。だけど、こんなに楽しそうに一緒に歩いてくれる神田先輩のことを無理に離せるはずがなかった。
こんな嘘だらけの俺のどこが気に入ったのですか? 神田先輩…。