第20話 また、三人で一緒に~追憶~
ついにこの日がやってきた。中学校への進学だ。義務教育課程に入っているので、進学自体はとても簡単だ。しかし『進学する』という根本的な部分はどれも変わりないのだ。
「早くしなさい!羽衣ちゃん待たせてるのよ!」
「わかってる!今行くから」
ただ、最大の危機が迫っている日でもある。いや、その瞬間だな。俺はあろうことか中学校初登校日から寝坊をしてしまったのだ。二度寝をしないように気を付けていたら、しなくても遅れてしまった。しかも、朝起きると髪の毛が爆発状態になっていた。どうやって寝ればこうなるのだろう。そういう疑問は浮かんだものの、今の俺に寝ている時の俺の行動の理由なんて理解できるはずがない。そう思った。
「ごめん!結構待たせたよな」
「謝らなくってもいいから、早く走らないと間に合わないよ!」
やばい。本当に急がないと。察しの通り、俺は学校に遅刻しそうだ。それもほぼ確実に。こういうことは年に何度かはあることだ。『毎日規則正しく生活しましょう』なんていう言葉があるが、あれは不可能といってもいいだろう。毎日体調は変化するし、もしかしたら外部からの影響があるかもしれない。だから、無理に等しいだろう。
「あれ?七海は?」
「もう先に行っちゃった」
当たり前か。いや、よく考えてみろ。七海は羽衣の妹だ。姉を置いて先に登校するか?なんとも薄情な奴だ。しかし、今日は中学校の初登校日だ。遅刻をすることで変な注目を集めたくはなかったのだろう。そう考えると、ごく自然な行動のようにも思える。
学校につくと、誘導係をしているのだろうか。職員のように見える方が中学生のことを誘導していた。
「新一年生はこっちへ来てください。他学年は通常登校してください」
俺は新一年生。羽衣は新二年生。実は学年が一つ上なのだ。つまり、ここで別れないといけない。お別れということである。
「じゃあ、またあとでね。頑張ってね。いろいろと」
「うん。とりあえず頑張るわ」
まあ、特に頑張ることもないが。強いて言えば、ある程度の人間関係を築くことだろうか。こんなことしている場合じゃあなかった。急がないと遅刻だ。入学早々に注目を浴びることは避けたい。走るしかないな。
「・・・なので本校の新二年生と新三年生は新しく入ってきた新一年生を引っ張っていける様に、堂々と今後の学校生活をしてほしいと思います。これで以上です。礼」
結果的に、俺はギリギリセーフだった。新一年生の中では最後のほうだったのだが、周りの人が自由に動いていたので、途中から入っても違和感はなかったと思う。
体育館から教室へのルートを覚えておかないとな。必要な時に迷子のような状態になると困る。
二階の教室棟に戻ると、壁に人の名前の書かれた大きな紙が掲示されていた次はクラス分けか。さて、誰と一緒なんだろうか。ここでこれからの生活が決まるといっても過言ではない。とても重要だということだ。
「あ、しゅうじゃん」
しゅうというのは俺のあだ名だ。秋路のしゅうからきているらしい。まあ、いつの間にかそう呼ばれるようになっていた。ただし、七海限定だが。
「あれ?七海も同じクラスか?」
「うん。4組だよ」
1年4組か。どうでもいいことだが4組っていい響きだよな。なんか語感がいいというか。表現できないが、謎の安心感がある。
今は自己紹介の時間だ。クラスのみんなで早く仲良くなれるように、という目的があるらしいが、俺には到底無理な話だ。あきらめようとは思わないが、出来ないとは思っている。
「まだ慣れないこともあると思いますが、早くみんなと仲良くなりたいです。よろしくお願いします」
あー緊張した。嘘を堂々と話すのは自己紹介の時くらいだ。さすがに恥ずかしい。やっぱり、他人の前で話すのは苦手だ。どうしても慣れないなあ。いちいち緊張してしまったら身が持たないんだが。
「やっぱりしゅうの自己紹介はなんか硬いね」
「余計なお世話だ。七海はうまく出来てたけどな」
「そうだった?ありがと」
七海は俺のやったことに時々難癖をつけてくる。余計なお世話だと感じることもある。人付き合いが苦手な俺は言われても仕方がないことかなぁと思う。どうすれば慣れるんだろうと考えたこともあるが、どう考えても無理だと思う。
「そういえば、羽衣はまだ終わってないのか?」
「みたいだね。先に行ってはないと思うし」
羽衣の方はまだ終礼が終わってないのか。帰っても別に問題はないのだが、ここで帰ってしまうのも羽衣になんだか申し訳ないように思える。せっかくだから待とう。いつも待たせてる側だからな。
「一旦教室戻ろっか」
実は羽衣は俺と同じ学年ではない。二学年上だ。年上だということもあり、俺のお姉ちゃん的存在でもある。いわゆるしっかりした人である。なんていえばいいのだろうか。一種の憧れといえばいいのだろうか。羽衣らしい生き方が格好いいというのか。好きだというか。言葉では上手くは言い表せないのだけれど。何か惹かれるものを感じるのだ。
「なんだ。二人ともここにいたの!」
どうも俺たちが見つからなかったようだ。そのまま待っていた方がよかったかもしれないな。
「あ、羽衣。遅かったな」
「遅いも何もあんたたちがどこにいるのかも分からなかったよ!」
羽衣は怒っているのか、会えてうれしいのかがわからない顔をしていた。笑顔と怒りが混じったような。そんな顔をしていた。
「とりあえず帰ろっか。初日で疲れたでしょ」
俺も今日から中学生か。羽衣とは少しだけ学校が変わってしまって離れ離れになってたけど、明日からも一緒に登校できるんだな。心配なこともあるけど、また三人でいられるなら別にいいか。