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私には性別がありませんでした  作者: 六条菜々子
第1章 変わっていく俺
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第2話 女の子化現象

 何も変化のない日常。しかし、親や先生方はこれを『幸せ』と呼んでいる。何も変化がないことが幸せ? 確かにそれも一つの考え方だ。普通に生きることも簡単にできる人がいるということも、もちろん知っている。それに比べると、俺はまた別の意味で幸せなのかもしれない。

 でも、俺が言いたいのはそういう事ではない。何と表現すればいいのだろうか。そう、刺激がないのだ。普段は使わないスパイスを混ぜて、料理をすることもたまには必要だ。では、どうすればいいのだろうか。その具体的な部分は分からない。



 結局、翌朝に目が覚めても何も変化がなかった。これはつまり、またくだらない一日の始まりということだ。そう思うと、途端に体が重くなってきた。とりあえず、お茶でも飲みに行こう。そう考えた俺は、一階へと続く階段で降りていた。そうすると、母が階段の下から俺の方を見て、突然こんなことを言い出したのだ。

「あれ? あんた背が低くなったんじゃないの?」

 聞いた瞬間は意味が理解できなかった。誰だってそうだろう。突然そんなことを言われても、頭の中は『?』で埋まっていくだろう。

 だが、そんなことがある訳がない。いくら親だからと言っても、言っていいことと悪いことはある。そう思いながらも、頭の片隅で、もしかすると母は本当のことを言っているのかもしれない。そんなことを考えてしまった。しかし、そんなことがあるはずがないのだ。

 しかし、俺は自分の目を疑うことが起きた。

 服が大きくなったのだろうか? それとも、本当に背が縮んでしまったのか? しかし、そんなはずは…。いや、もう一つの可能性が存在する。

「母さん、勝手に服のサイズ替えた?」

「そんなことするはずないじゃない」

 当たり前だった。そんな意味のないことをしたところで、母に何のメリットがあるというのだ。

 それでは、この服のダボダボ感は何なのだろう。一刻も早く、この違和感が何なのかを突き止める必要がありそうだ。そこで俺は、自分の目で確かめられる唯一の方法として、姿見を使うことにした。

 俺は、少し焦りを感じていた。もしかして、本当に体が小さくなっているのではないのかと。もし、それが本当ならば、一体何故こんなことになっているのか。そんなことを頭の中で考えながらも、俺は必死に姿見のある部屋へ向かう。それは母のものだ。ただ、こんな緊急事態な最中、そんなことは関係ないのである。ほこりがかぶらないようにかけられていた布を取り払って、俺は自分の姿を鏡越しに確認した。背丈を確かめるぐらいだったら問題ないだろう。しかし、問題が生じてしまった。

 なんと、俺の背丈は本当に縮んでいたのだ。昨日までは170前半くらいあったと記憶している。いや、あまり自信は無い。毎日自分の身長を確認するわけではないからだ。それが今はどうだ。160前半くらいしかないのではないだろうか。

 これではまるで、女子みたいじゃないか。どうしても、今の状況を納得することはできないが、ずっと鏡の前で考えていても仕方がない。俺はとりあえず、夢だと思うことにした。そうでもしないと心が落ち着かないのだ。

 俺はまだベッドの上にいて、寝ているんだ。そうだ。これは夢の中なんだな。うん。

「秋路! いつまで鏡見てるの? 早くしないと、遅刻するよ!」

 どうも夢ではなかったようだ。


「あんた、やっぱり小さくなってるわね。中学校に上がりたての時のことを思い出すわ」

「小さくなってない。思い出さなくていい」

 俺はこのどうしようもない現実にイライラしていた。結果的に夢の中ではなかったようだ。夢落ちを期待していたのだが。

 そもそも、朝覚めたら女の子になってるとかどこの漫画だよ。ああいうのを見ていると、変身願望みたいなものを持つことはあった。しかし、実際に自分に身に起きてみると、案外怖いものなのだという事を今知った。誰かから実験台にされている気分だ。

 その後、学校に行く準備をして玄関に降りたのだが、その時に母が『やっぱり女子用の制服買ったら? ぶかぶかになってるよ』という一言に多少ながらも頭に来た。だが、今の俺に反論する余地はない。だって、本当にでかいからな。動きにくいのは確かだった。


 朝に起きた『背が小さくなってしまった現象』は幸い、登校時間を早くした俺にとっては、少し心に余裕を持つことができた。朝早くの学校は、ほとんど人がいないからな。だが、一人だけ俺に何らかの変化があれば、すぐに気が付いてしまうやつがそこにはいた。

「おい、秋路。お前少し小さくなってないか?」

「気のせい」

 これは小さくなったのではない。そう見えてしまうだけなのだ。つまり、幻覚なのだ。武弥、信じてくれ。

「いや、制服の袖とか手のひら出てないじゃないか」

「だから、気のせいだって」

 それには気が付かなかった。確かに、今日は妙に体が冷えないと思ったんだよ。そういう事だったのか。それ以前に、こいつには他人を気遣う気持ちというものは無いのか? 

 いや、そんなことはどうでもいい。ここまで変化があると、他の生徒にばれてしまうではないか。こういう時、どうすればいいんだ?

 いつも平凡な日々を送っていた俺には、対処法が分からない。

「何があったのかは知らんが、取りあえず保健室にでも避難させてもらったらどうだ? このままじゃあ、お前も安心して一日過ごせないだろ」

 そうか、保健室か。その考えはなかった。保健室なら、何か先生にこの症状についての情報がもらえるかもしれない。案外、いい考えなのかもしれない。

「その考えはなかった。ありがとう武弥。ちょっと行ってくる」

「おお、気を付けてな」

 何に気を付けるのか。それは分からなかったが、とりあえず保健室へと向かおう。


 保健室に行くなんて何年振りだろうか。もしかすると、小学校以来かもしれない。

 小学生のころは、よく体調が悪くなって保健室行っていたことをはっきりと覚えている。あれも今では懐かしい思い出だ。

「早坂先生いますか?」

 保健室の扉を引き、そう問い掛けをすると、中には早坂先生がいた。早朝だからいないと思っていたので、とても助かる。とりあえず、話だけでも聞いてもらおう。

「あら、こんな朝早くから珍しいわね。どうしたの。体調が悪いの?」

 それが体調が悪いどころじゃないんですよ。ええ。これからの高校生活を大きく左右する現象…いや、事件が今朝起きてしまったんですよ。

 このことをどう説明すれば、上手く伝わるのだろうか。俺の日本語力が試される瞬間であった。

「いえ、実はちょっとした相談がありまして」

 早坂先生に俺の今の状況をわかりやすく理解してもらうために、今日の朝目覚めてからのことを全て話した。特に隠すようなことではないと判断したからだ。ここで変な脚色を付けても意味がないのだ。しかし、説明が苦手なせいで言いたいことが上手く伝わっているかどうかは不安ではあるが。

「なるほどね。だから制服が大きく見えたんだね。ここに入ってきた時から、何かおかしいとは思ったの。しかも、男子用の制服を着てるし」

「俺はどうしたらいいんですか」

 こんなことを保健室担当の先生に聞いてしまってもいいのだろうかと思ったが、相談するしか選択肢がないのだ。

「これは私の個人的な推測なんだけど、あなたは女の子になってると思うの」

 何を言っているのだろう。この方は。『なってる』って何ですか。

「つまり、どういう事なんですか。全然意味が分からないです」

「だから、何て言うのかな。『女の子化』みたいな感じで呼べばいいのかな。顔の形とかも骨組みからして明らかに男子高校生じゃなくって、普通の女子高生みたいなんだよね。あなた本当に男の子?」

 一晩寝ただけで、骨の形が変形するってどういうことだよ。人間ってそんなすぐに進化していく生き物だったのか? これはもしかして、俺の身に起きたことを解明すると、ノーベル賞ものなのではないだろうか。いやいや、そんなことはどうでもいい。この調子だと、普通に生活することも困難に思えてきた。

「何でこんなことになったんでしょうか。昨日までは一応、普通の男子高校生だったんですけど」

「一応…ね」

 だんだん、自分の発言に自信が持てなくなってきた。何かを発言するたびに矛盾が生じる気がしてきているのだ。



 今の高校生は、何があっても『暇だ、暇だ』とつぶやく。でも、その暇なことこそが新しい何かを見出すという事なのだろうか。そして、そこで新しい発見をする。新しい発見と言うと響きがいいかもしれない。だがしかし、俺の場合は思わぬ発見をしてしまった。

 まさか、女子の体に…つまり、これがいわゆる『女体化』と言う現象なのだろうか。これはフィクションでしか起こり得ない現象ではなかったのだろうか。

 これからの人生、俺は一体どうなってしまうのだろう。とても心配である。

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