第19話 朝の生徒会室
最近、七海はよく俺と一緒に居られるなといつも思う。俺は実際、七海の顔を見るたびに羽衣のことを思い出してしまう。どうしても二人のことを重ねてしまう。七海はいったい俺をどの様な立場で、どういう風に考えて日々過ごしているのだろうか。もし、俺が七海の立場ならすぐその場から逃げ出したくなると思う。現実に向き合えなくなると思う。
俺は羽衣が事故にあってからまだ日が経っていない時、七海に会うのが苦しかった。どういう顔をして向き合えばいいのかわからなかった。だから、俺は決めた。七海は羽衣の妹ではない、俺の妹なのだと考えるようにした。それからの1年間はずっと羽衣のことを考えることを避けた。でも、片時も忘れたことなんてなかった。いろんなところに痕跡が残る、思い出がいっぱい詰まっているこの場所で忘れることなんてできるはずがなかった。何かをしようとするたびに羽衣のことを思い出していた。誰よりも大切に想っていた、あんなに大切な人を忘れることなんて、結局できなかったんだ……
「お兄ちゃん!もう朝だよ!」
ん?朝?あれ?今ってまだ夜中の……
「うわ。寝落ちしてた!」
「でも、今日土曜日だし。しかも、学校にいるんだし。大丈夫だよ!」
そうだった。大雪のせいで俺は学校に泊まったんだった。というか、大丈夫ってなんだ。少なくとも大丈夫ではなかっただろう。
「もう天気も良くなってるし、帰ろうよ」
「そうだね」
「あ、ごめん。まただ。また、『お兄ちゃん』って言っちゃった」
「二人だけの時は別に気にしなくてもいいよ。でも、周りに人がいる時は気を付けてね」
「わかった。気を付けるね」
やっぱり、まだ慣れていないんだろう。それとも、七海はまだ俺が女の子になったということを受け入れていないのだろうか。そんなそぶりは見せてこなかったが。とりあえず、今は布団片付けて帰るか。今すぐに聞くことでもないだろう。
「失礼します。早坂先生いますか?」
一応職員室に来てみたが、先生は3人しかいなかった。やはり、帰ってしまったのだろうか。
「いや、いないと思うよ。どうした、なにか伝言があるのか?なんなら私から伝えようか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございました」
「そうか。じゃあ、気を付けて帰るようにな」
「失礼しました」
この様子だと、どうも早坂先生は今いないらしい。どこへ行ったんだろうか。俺たちより先に帰ったのだろうか。まあ、いいか。月曜日にでもお礼言っておこう。早坂先生がいなかったら、寝床にたどり着けなかったかもしれないからな。
「じゃあ、七海。もう帰ろうか」
「うん。じゃあ、お母さんに連絡するね」
やっと帰れることになった。学校で一晩過ごすなんて、なかなかできない体験だろう。普段とは違う環境になれなかったものの、いろいろ考えさせられた夜になったな。
でも、そのせいで嫌なこともはっきりと思いだしてしまった。ずっと自分に隠していた記憶を。もう嫌な思い出は、道でとけている雪みたいになくなってしまえばいいのに。そうすれば、もうこんなこと考えなくてもいいのに。羽衣はどう思ってるんだろう…?