第17話 ある姉妹との出会い
俺は話したくなかった。思い出すと、また、忘れられなくなってしまうからだ。羽衣のことを。あの時のことを。あの日のことを。でも、なぜか今話さないといけない。そんな気がした。
「ねえ、七海? 私が小学生だった時のこと覚えてる?」
「ううん」
その返答に違和感を感じた。七海はやはり覚えているのだろうか。
「今は本当のことを言っていいんだよ? 隠さなくてもいいよ」
俺は、さっき七海に言われた言葉をそっくりそのまま返した。すると七海は覆っていた布団をめくって起き上がった。俺だけ寝ていても仕方ないと思い、こっちも起き上がることにした。ついでに電気を付けようかとも思ったが、やめた。この暗さだからこそ、言えることもあるかもしれない。普段は言えないことを。今だからこそ言えることを。
「覚えてるよ。本当はね。でも、思い出したくないの。嫌なことも一緒に思い出しちゃうから」
七海はずっと覚えていたんだ。今は遠くて近い『あの日』を―。
俺がまだ小学生だった時、隣の家にある一家が引っ越してきた。
「始めまして。今日となりに引っ越してきた藤村です。これからよろしくお願いしますね」
「始めまして。中津です。こちらこそよろしくお願いしますね」
玄関でお母さんが誰かと話してる。こんなお昼からお客さんなんて珍しいな。どんな人なのだろう? 俺は好奇心もあったのか、すぐに玄関へと向かった。藤村さんに見られて、若干恥ずかしかった。
二人とは、この時が初対面だった。
「あら、娘さん?」
「ええ、羽衣って言います」
「藤村羽衣です。初めまして」
「しっかりした子ですね」
羽衣っていうんだ。珍しい名前だなぁ。可愛い服着てるな。羽衣ちゃんが手を引っ張って、もう一人連れてきた。羽衣に比べると、背がちいさかった。
「恥ずかしいよー。お姉ちゃん」
「もう小学生でしょ、しっかりしなさい」
羽衣さんの妹らしき子がこっちを見ている。嫌だといいつつも、目をじっと見てくる。なんだかおもしろい子だ。
「もうしょうがないわね。この子は私の妹の七海って言います」
「こんにちは」
「こんにちは」
これが俺と七海の初めて交わした言葉だった。たったのこれだけだった。お互いに何も意識していない、ただの隣の家の人という認識でしかなかった。
実は、俺と七海の間で血は繋がっていないんだ。簡単に言うと、義理の姉妹なのだ。しかしこのころは、まさかこんなことになるとはだれも思っていなかった。誰も予想がつかなかっただろう。そもそも、考えたこともなかった。
藤村家の引っ越しからしばらく経つと、俺にあまり遊ぶ相手がいないことを知った羽衣によく誘われるようになった。
「ねえ、今日は私の家で遊ばない?」
「え? いいの?」
それまでの外での遊びではなく、友達の女の子の家に誘われたのだ。俺は興味があった。決して変な意味はなく、ただ単純に女子に対して興味があった。どんな感じなんだろうって。俺とはどれくらい違った過ごし方をしているのかなという、一種の好奇心のようなものだった。
「そういえばさ、秋路くんって可愛いよね」
何で急にそんな話になるの!?その流れはおかしいでしょ!
「試しに一回女の子の服とか着てみればいいんだよ。私はきっと似合うと思うな。七海はどう思う?」
ゲームをしている最中、羽衣ちゃんがいきなり俺に女装を提案してきた。なぜこんな話になったのかは全くの謎だ。
「そうだね。しゅうならきっと似合うよ」
しゅうというのは、その当時七海から名付けられていた俺のあだ名である。
その後、俺は女子二人に囲まれながら、服を次々に着替えていった。こんなに一気に着まわしたことがなかったので、俺はどっと疲れた。とにかく服の量が段違いなのである。
「やっぱり似合うね。私の思っていた通り! いっその事、女の子になってみればいいんじゃない? お試し期間みたいな感じで」
「ちょっと、お姉ちゃん何言ってるの」
心躍らせながら話す羽衣に、七海は冷静なツッコミを入れていた。
「いや、楽しそうじゃん。俺は別にいいよ」
予想外の反応だったのか、二人はとても驚いた様子だった。その時、俺は内心うれしかったんだ。フリフリの付いたスカート履いたり、女子用の制服着させてもらったり。いろんな服を着させてもらえた。
それがなぜうれしかったのかは分からない。けれど何と言うか、ほっとした気分になっていた。