第16話 真夜中の生徒会室で
今はもう2時を回った頃だろうか。外から来る隙間風のせいで眠れやしない。携帯で何かしようと思ったら電源が切れていた。昨日、充電を忘れていた。こんな日に何で充電するの忘れるんだよ。と言っていても仕方ないので、布団に包まってボーっとしている。ボーっとするのは好きだが、状況が状況だけにゆっくりできるといった感じではない。さらに、布団なので、いくら寒くても布団の中で息苦しくはなる。仕方なく俺は外気に触れることにした。ちょっとした気分転換といったところかな。でも、やっぱり寒いな。
「あれ? お兄ちゃん起きてたんだ」
いつの間にか起きていた妹がこっちを見ながら話しかけてきた。俺は今まで布団に包まっていたことを妹に見られていたことに気付いて、少し恥ずかしくなった。そういえば、七海が学校で俺のことを『お兄ちゃん』と呼ぶのは、なんだか久しぶりのような気がする。
「七海も眠れないのか?」
「いや違うよ。布団の音がうるさいから目が覚めちゃったよ」
それはすまなかった。でもまあ、七海のことを起こそうとして音を出したわけではないから、俺に罪はないかな。多分。
「ねえ、お兄ちゃん」
「ん? どうした?」
「眠れるまで、ちょっとお話ししない?」
それはまさかの提案だった。というのも、俺は中学生になったくらいから滅多に妹と会話をしてこなかった。それが最近になって、急に俺に話しかけてくることが多くなった。どういう心境の変化なんだ?前はこんなに関わることがなかったのに。
「ああ、いいよ」
俺がその提案を拒否する理由もないので話すことにした。最初は他愛のない会話から始まった。最近、友達出来た? とかクラスには馴染んでるの? とか。ほんと、何気ない話だった。しかし、途中から空気が一変した。妹が今までずっと触れてこなかった話を振ってきた。このことは話さないでおこう、という二人の間での暗黙の了解のようなものがあったからだ。
「なんで女の子になる選択肢を選んだの?」
そう。それはずっと妹との間では話さなかったこと。俺がずっと会話に出てこないようにしていたこと。何より、俺が話すことを怖がっていたこと。
「男子に戻るタイミングはあったんでしょ?」
「そうだよ。あったよいくつもね」
「じゃあなんで?」
ついに深く聞かれてしまった。なんで? と。そんなの、口で言うのは簡単だ。興味があったんだよ。女子に対して。変な意味ではなく。ただ他には何もない。それ以外に説明のしようがないのだ。
「絶対、嘘ついてるでしょ?」
「嘘なんかじゃない。じゃあ、七海に何がわかるの?」
「また隠すの。あの時みたいに。また、私だけに隠すの?」
「それは……」
本当に何もないんだ。わかってくれ、七海。別に隠そうとしてるわけじゃないんだ。俺の中でも整理がついてないんだよ。俺たち『兄妹』なんだろ? 冷静ではない俺に七海は真剣に聞いてきた。その核心へと。
「やっぱり、元々女子になりたいって思ってたんでしょ?」
その言葉は俺の心に深く突き刺さった。刺さったというより、抉られた。俺がずっと封印していた記憶が鮮明によみがえってきた。まるで、昨日のことかのように。忘れようとしていたのに。忘れることなんてできないってわかってるのに……
「なんで素直に話してくれないの? 別に言葉足らずでもいいんだよ。そんなことお兄ちゃん見てたらすぐにわかるよ? これだけずっと一緒にいるんだから」
俺はあのことを話してもいいのか躊躇した。封印しておいたはずの記憶。思い出。
誰よりも大切な存在だった、羽衣のことを……