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ノラとパン焼き窯の悪魔  作者: kaoru
旅立ちの季節
77/91

悲しみのノラ

著作権は放棄しておりません。

無断転載禁止・二次創作禁止

「おかしいわよ……あの子があんなに落ち込むなんて……絶対なにかあったんだわ……」

 帰り道、ノラがぶつぶつと呟きながら歩いていると、タリスン院長先生が教会に入って行くのを見かけた。ノラは少し迷って、後を追いかけることにした。

 タリスン院長先生は礼拝堂のあちこちに設置された燭台から、、小さくなったろうそくを集めていた。

「神父さまのご厚意でいただいているの。溶かして作り直すのよ。子供が多いので、いくらあっても足りないのよ」

 ノラが入口のところから不思議そうに眺めていると、その視線に気付いたタリスン院長先生が親切に教えた。ノラは反対の壁際から小さなろうそくを集めてきて、彼女に渡した。

「それで、私になにかご用?」

 すべてのろうそくを集め終えると、タリスン院長先生はノラに向き直った。肩が凝りそうな眼差しは、ノラを恐縮させた。ノラは思わず、ごくりと唾を飲み込んだ。

「……サリエリのこと、許してあげてくれませんか?」

 ノラは腹を決めて懇願した。

 タリスン院長先生の顔色が変わり、なぜもっと早く謝罪の来なかったのだろうと、ノラは後悔した。かわいそうに、口が重いサリエリは、ひどく怒られたに違いない。

「私が巻き込んだんです……あの日、サリエリは町を出る私の姿を見つけて、止めようとしたんです……」

 ノラはしょんぼりと項垂れて言い訳した。

「本当は直ぐに帰るつもりだったんです。でも、いろいろあって帰れなくて……あんなに遠くまで行くって知ってたら、サリエリだって……」

 ノラがしどろもどろに弁解している間、タリスン院長先生は彼女のつむじを、感情のこもらない瞳でじっと見つめていた。ノラは恥じ入り、だんだん尻すぼみになって、もごもごと口ごもった。

「私はジャンマリアを叱るつもりはありません。罰を与える気もありません」

 ノラが黙るのを待っていたように、タリスン院長先生は淡々とした口調で言った。ノラはほっとして顔を綻ばせた。

「良かった!なら、サリエリはまた直ぐに学校に戻ってこられるんですね」

「いいえ。ジャンマリアは学校には行かないわ」

 タリスン院長先生の回答に、ノラは困惑した。

「でも、先生は今、罰を与える気はないって……」

「ジャンマリアが学校に通えないのは、授業料を払えないからです」

 タリスン院長先生は素気なく説明した。ノラはぎくりとした。授業料……?

「この二か月仕事をしていないのだから、当然よね」

「じゃあ……授業料を払えれば、サリエリはまた学校に来られるんですか?」

 タリスン院長先生は「いいえ」と首を横に振った。

「彼の仕事先から、もう来なくていいと連絡がありました」

「えっ……」

「理由はどうあれ無責任なことをして……あの子を雇ってくれる職場は、もうこの町にはないでしょう」

 ノラは驚愕のあまり絶句した。

(なんてこと……!)

 狼狽するノラを、タリスン院長先生はどこか冷やかな目で見た。

「わ、私、今から行ってフレッカーさんに謝ってきます……!謝って、サリエリを職場に戻してもらいます!」

 回れ右して礼拝堂を飛び出して行こうとしたノラを、タリスン院長先生が引き留めた。

「もう別の人を雇ってしまったそうよ。新しい仕事も必要ないわ」

「そんな……でも……」

「ジャンマリアは、来月にはこの町を出て行くのですから」

 タリスン院長先生が事も無げに告げて、ノラは耳を疑った。タリスン院長先生は、ノラの頭に瞬時に浮かんだ、様々な疑問見透かして口を開いた。

「ジャンマリアは、約束を破りました」

「約束……?」

「彼が帝都の孤児院からこの町に移される際、絶対に守ると誓った大切な約束です。こうなってしまったからには、彼には一日も早く、この町を出て行ってもらいます」

 声色や口調から、タリスン院長先生の本気がうかがえた。ノラは体中の血が凍り付くのを感じた。

「ま、待ってください……約束って、なんですか……?」

「もともとそういう取り決めだったのよ。ジャンマリアも承知しているわ」

「答えになっていません!……教えて下さい!約束ってなんなんですか!?」

 ノラが血相を変えて詰め寄っても、タリスン院長先生は頑なに口を噤み、答えようとしなかった。

「罰にしたってあんまりです!町を追い出すなんて……!」

「……それが彼のためなのよ……」

 タリスン院長先生がぽつりと呟いて、ノラはふと思い出した。

(そういえば……)

 確か以前にも同じようなことがあった。お屋敷の指輪泥棒騒ぎ。ノラの身代わりになったサリエリが無実の罪で町を追い出されそうになり、その件でタリスン院長先生と口論したのだ。

(……まさか……)

 タリスン院長先生とサリエリが交わした、大切な約束とはなにか。導き出された答えに、ノラはぎくりとした。

「そんな……でもあれは、私のために……」

 動揺したノラが思わず呟くと、タリスン院長先生は目を見張った。

「あなた、知っているの……?」

「あ、あの……」

「答えなさい。ノラ・リッピー」

 タリスン院長先生はみるみる表情を険しくし、ノラに詰め寄った。ノラはおろおろと視線をさまよわせた。

「仕方がなかったんです……私がミミエスで熱を出して、身動きが取れなくなって……」

「…………」

「どうか信じて下さい。私たち、悪いやつに騙されたんです。サリエリが望んでやったわけじゃ……」

 もごもごと言い訳するノラを、タリスン院長先生がぎろりと睨んだ。

「……あの子のことを思うなら、その先は口にしてはいけませんよ」

 驚いて口を噤んだノラに、タリスン院長先生は厳しく忠告した。

「……サリエリは国立魔学校入学の準備もかねて、来月には帝都の孤児院へ移します」

「…………」

「使者様と良く話し合って決めたことです。あなたが口を挟む余地はないわ」

 タリスン院長先生はこれが最後と言うようにきっぱりと告げると、放心するノラを残して礼拝堂を出て行った。その背中を追い掛けることは、最早出来なかった。

 ノラは長い時間礼拝堂の椅子に座り、一人思い悩んだ。

『もともとそういう取り決めだったのよ』

 タリスン院長先生の言葉が、頭の中を行ったり来たりした。

(私のせいだわ……私の……)

 約束を破ればどうなるか、サリエリにはわかっていたのかもしれない。ノラは頭がくらくらした。

(……どうすれば良いの……!)

 ノラの軽率な行動が、サリエリから仕事も、信頼も、帰る家さえ奪ってしまったのだ。ノラの目からは後悔や悔しさが涙となって、どっとあふれ出した。出来ることなら、二か月前の自分を引っ叩いてやりたかった。

 気がつけばタリスン院長先生が出て行ってから、一時間近くも経っていた。ノラは礼拝堂を出て、帰路についた。

 日が傾き、木枯らしが吹き荒れる寒々しい道をとぼとぼと歩いていると、前方からクリフォードがやってきた。なぜこんな時に限って!と、ノラは神様を恨んだ。

「お、おい……」

 クリフォードははじめノラを無視して通り過ぎようとしたが、彼女の泣き腫らした目を見ると、堪らず荷馬車を停めて声をかけた。

泣き顔を見られたくなくて、ノラは一目散にクリフォードの前から走り去った。

 家の前では、オリオが玄関の前で待っていた。いらいらと体を揺すっていた彼は、ノラの姿を見つけると慌てて駆け寄ってきた。

「孤児院に行ってきたのかい……?」

 ノラの泣き顔を見てぴんときたオリオは、出来る限り穏やかな口調でたずねた。ノラが沈黙で答えると、オリオは長いため息をついた。

「ノラ……どうしてわかってくれないんだ?お兄ちゃんはお前が危険なことに巻き込まれやしないかと、心配なんだよ」

 オリオはノラをちょっぴり恨めしげに見て諭した。

「あの子は……孤児院の子供達は、お前とは違うんだよ。良い友達にはなれないよ」

「…………」

「……あの子だってそれがわかったから、会いに来ないんじゃないのか?」

 オリオに悪気がないのはわかっているので、ノラは喚き散らしたくなるのを、ぎゅっと唇を噛んで耐えた。

 オリオの説教から解放されると、ノラは二階に駆け上がり、ドアに鍵をかけて自室に閉じこもった。誰にも会いたくなかったし、誰とも口をききたくなかった。目を閉じて、耳を塞いでしまいたかった。

(いや……!いやよ……!)

 オリオが心配しなくても、サリエリはもう直ぐこの町を出て行く。楽しい思い出を作ることも、友情を確かめ合うことも出来ぬまま、世間の目から逃げるように、こそこそと、慌ただしく。

(来月なんて、早すぎるっ……!)

 その夜、ノラは枕に顔をうずめてすすり泣いた。心配したミライはノラをなだめようと、吟遊詩人に姿を変えてお伽話を情感豊かに物語り、うた謡いに化けてギターで童謡を弾き語り、奇術師のように帽子の中から山盛りのお菓子を出し、天井裏や床下に住み着いているねずみを魔法で美女の姿に変えて魅惑のダンスを踊らせ、呼び出した手下の小悪魔達に漫才やジョークや歯並び占いを披露させた。

「どうしたと言うんだ……腹でも痛いのか?医者を呼んでやろうか?」

「いいの……必要ないわ……」

 ノラはフリルやリボンがたくさん付いた、魔法のドレスを脱ぎながら首を振った。なにをしてもノラのご機嫌は直らず、癇癪を起したミライに、彼の手下の小悪魔達は一人残らずミミズに変えられてしまった。



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