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ノラとパン焼き窯の悪魔  作者: kaoru
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ノラのかく乱

著作権は放棄しておりません。

無断転載禁止・二次創作禁止

 3時間目の、計算の授業中のことだった。

 ガブリエラに問題を解くように言われたノラは、席を立って黒板へ向かった。前の授業中、極度に緊張していたせいか、頭がぼーっとして、足元がふらふらした。

 なんとか問題を理解したノラが、黒板に答えを書こうと、チョークを握ったその時だ。

 サリエリが突然、ガタンッ!と椅子から立ち上がった。

「…………」

 ガブリエラやクラスメート達が『何事だろう?』と首を傾げる中、サリエリは血相を変えてノラに駆け寄り、その額にぺたりと自分の手のひらを当てた。サリエリのひんやりとし手の平が額に触れると、今朝から張りつめていた気持ちが、ぽきりと折れた。ノラは大人しく、されるがままになった。

「どうしたの?……まあ、すごい熱!」

 ガブリエラがサリエリに代わってノラの額に手を当てた。アベルとマルキオーレとクリフォードの3人は驚き、目を丸くした。

 ガブリエラは職員室からサインツを呼んでくると、授業の続きを任せて、ノラを連れて教室を出た。ノラを家まで送って行こうというのだった。

「先生!俺達も行くよ!」

 アベルとマルキオーレが、はりきって申し出た。とっさに追いかけて行こうとしたクリフォードは、喧嘩中であることを思い出してジレンマに陥り、いらいらと身体を揺すった。

「だめよ。あなた達は最後まで授業を受けなさい。付いてきたって仕方ないでしょう?」

 ガブリエラはノラを荷台に座らせると、すぐさま馬車を発進させた。

「あっ……!」

 ノラを乗せた荷馬車が動き出した直後、後ろから様子を見ていたサリエリがアベル達の脇を駆け抜け、ひらりと荷台に飛び乗った。アベルとマルキオーレはあっ気にとられ、クリフォードは唇を噛んだ。

 3人を乗せた荷馬車は、20分ほどでノラの自宅に到着した。母は買い物に出かけていて、不在だった。

「念のため、アルバート医師に診てもらいましょう。サリエリ、少しの間見ていてくれる?」

 ガブリエラはノラをベッドに寝かしつけると、直ぐに部屋を出て行った。後を任されたサリエリは、おろおろと落ち着きなく部屋の中を歩き回った。

「……座ったら?」

 ベッドに横たわってその様子を見ていたノラは、サリエリに椅子を勧めた。サリエリは机の下から椅子を出してくると、かしこまって腰かけた。

「悪いわね、迷惑かけて……」

 サリエリは『気にするなよ』という風に首を振った。サリエリはノラの体にかけられた毛布を、慣れない手つきで首元まで引き上げてやった。

 サリエリの優しさは、からからに乾いた心に染み渡り、ノラを温かな気持ちにさせた。

「ねぇ……」

「?」

「明日もきてくれる……?」

 サリエリが帰る段になると、ノラはおずおずとたずねた。サリエリはしっかりと頷いた。

「ノラ、具合はどう?ごめんね。俺達、ぜんぜん気付かなくて……」

 午後になると、アベルとマルキオーレがお見舞いにやってきた。

「サリエリはもう帰ったの?」

「う、うん。ガブリエラ先生と一緒に……」

「そう……びっくりしたよ。サリエリのやつ、走ってる馬車を追いかけて行って、飛び乗るんだもん。あんな大胆なことするやつだとは思わなかったなあ」

 アベルが感心して言って、ノラは今はいないサリエリのことを思い、胸をときめかせた。

「そういえばノラ、クリフとなにかあった?」

 アベルに何気なくたずねられ、ノラはぎくりとした。

「一緒に来ないかって誘ったんだけど、黙って帰っちゃったんだ。サリエリがいたからかもしれないけど……」

「そう……」

 次の日。一晩ぐっすり眠ったおかげで熱は下がっていたが、母の言いつけで、ベッドの上にいることを余儀なくされた。ミライは出てこなかった。

 午後になり学校が終わると、アベルとマルキオーレ。それから、ジノ・シャルディニとヨハンナ・カレーラスがお見舞いにきた。退屈していたノラは4人の訪問を心から喜んだ。

「ガブリエラ先生ったら、ノラが熱を出したのを、鬼のかく乱だなんて言うの!」

「その通りじゃないの。ノラが病気になるなんて、よっぽどのことよ」

「でも、女の子に鬼だなんて酷いわ!」

 5人で楽しくお喋りしていると、部屋のドアがノックされて母が顔を出した。母の背中にはサリエリが立っていた。

 意外な人物の訪問に、アベルとマルキオーレは怪訝そうに眉を寄せた。

「私が呼んだの。……いらっしゃい。どうぞ入って」

 ノラは廊下で立ちんぼしているサリエリを、ドアの内側に招き入れた。サリエリは来客でいっぱいの部屋に恐る恐る入ってきて、壁際にそっと佇んだ。ジノとヨハンナは珍しそうに、マルキオーレは邪魔くさそうに、アベルは不思議そうに、サリエリをうかがい見た。

 気まずい空気の中、お喋りが再開された。

「そうだ。はいこれ、お見舞い」

 アベルは鞄から木の入れ物を取り出して、ノラに手渡した。蓋を開けると、とろとろの黄色いバターが入っていた。マルキオーレは、大輪の薔薇の花束を手渡した。

「どうもありがとう、2人とも。とっても嬉しいわ」

「えへへ」

 アベルとマルキオーレは、顔を見合せて得意げに笑った。

「私達からは、これ。ノラは甘い物が好きでしょう?」

 ヨハンナから手渡された布袋の中身を確認して、ノラははっと息をのんだ。

「すごい……こんなのもらっちゃって良いの?」

 粒が小さくて舌触りが良い、上等の白砂糖だった。雑じり気がないものは特に珍しく、よろず屋にも滅多に並ばない高級品だ。

「もちろんよ。そのために買ったんだもの」

「本当にありがとう……私、病気になって良かった!」

 ノラが感嘆すると、ヨハンナとジノは顔を見合わせて『大げさねぇ』と苦笑した。

 ノラが白砂糖を一摘みして、口に含もうとしたその時だった。

「お前は」

 マルキオーレが、壁際のサリエリに向かって鋭くたずねた。和やかな空気は一変して、壁際で蚊帳の外に置かれていたサリエリは、表情を強張らせた。

「お前はないのかよ。お見舞い」

 マルキオーレは、冷ややかな目でサリエリをにらんだ。みんなの視線が集中すると、サリエリは唇を噛んで、視線を伏せた。ノラは2人の様子を、はらはらして見守った。

「そんなの、いいのよ」

 マルキオーレはつまらなそうに鼻を鳴らした。

「気にしないでサリエリ。私、きてくれただけで……」

「…………」

「あっ……!」

 ノラが引きとめる間もなく、サリエリは部屋を飛び出して行った。

「いったいなにしに来たんだか」

 マルキオーレが嘲り、ノラは、あちゃあ!と頭を抱えた。かわいそうに、サリエリは酷く傷付いたに違いない。

 夕方になると、ショーン・カートライトが、鶏肉を引っ提げてやってきた。

「いらっしゃい、ショーン。きてくれて嬉しいわ」

 ノラはショーンの来訪を素直に喜んだ。お屋敷の事件があってからというもの、2人の関係は良好とは言い難く、まさかお見舞いに来てくれるとは思わなかったのだ。

「今そこでクリフォードに会ったんだけど……」

 玄関で出迎えたノラに、ショーンが告げた。

「えっ……」

「声をかけたら、走って逃げて行ったよ」

 変なやつ。とショーンは首を捻った。

「これ……親父がおばさんに届けろって……それじゃ」

 ショーンはノラに鶏肉を押し付けると、さっさと帰っていった。

 ノラがベッドを出ることを許されたのは、日曜日のことだった。

 いつものように教会に向かったノラは、礼拝堂に入ると直ぐにサリエリの姿を探した。

 サリエリは孤児院の子供達と一緒に、前の方の席に座っていた。サリエリは一瞬だけノラの方を振り返ったが、一昨日のことを気にしているのか、目が合うと直ぐに顔を背けてしまった。ノラは落胆して、しょんぼりと肩を落とした。

 その日、ノラの隣にはアベルとマルキオーレが座った。クリフォードは一番早く教会に到着したにも関わらず、ベン・ウォルソンの隣を選んで着席した。目敏いシルビアが、礼拝堂の後ろの方から、その動向をじっくりと観察していた。

 ロドルフォ神父の説教の間中、サリエリはノラの視線に気づかないふりをした。拒絶されたノラは傷付き、またサリエリの悲しみを思って、罪悪感にさいなまれた。こんなことになるなら、お見舞いにきて欲しいなんて頼むんじゃなかった。

 説教が終わると、サリエリは孤児院の子供達と一緒に、さっさと帰って行った。

「それじゃノラ、また明日、学校でね」

 とても遊ぶ気分にはなれず、ノラはアベルやマルキオーレの誘いを断り、オリオと一緒に帰宅することにした。ところが……

「もうちょっと待ってて」

 オリオは友人のクラリッサ・アダムやティボー・リヴィエールと雑談していて、なかなか帰ろうとしなかった。

 ノラが表のセコイヤの木の根元でオリオを待っていると、サインツが教会から出てきた。

「まだ帰らないのか?」

 サインツはいらいらと靴底で地面を叩くノラに気付いて、近寄ってきた。ノラは帰りたくても帰れない事情を説明した。

「ふむ……ちょうど良い。私と一緒に来なさい」

「え?」

「君は断れないはずだ。助手の件、忘れたわけではないだろう?」

サインツはにやりと笑った。

「あ……」

そう言えば、2か月前の無断欠席のペナルティが、ずっと保留になっていたっけ……

「ぜひおいで。見せたいものがあるんだ。きっと気にいるはずだよ」


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