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ノラとパン焼き窯の悪魔  作者: kaoru
新しい友達
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ノラの決断

著作権は放棄しておりません。

無断転載禁止・二次創作禁止

 次の日、ノラは学校が終わると、遊びの誘いを断って、クリフォードの家へ向かった。

 クリフォードの家は、相変わらずひっそりとしていた。ノラがはりきって玄関の戸を叩くと、不機嫌そうなフォスターが顔を出した。ノラはごくりと唾を飲み込んだ。

「ノラか……クリフォードならいないぞ」

 フォスターが無愛想に言って、ノラは首を左右に振った。

「今日は、おじさんにお願いがあってきました」

「俺に?」

「はい」

 フォスターはノラを家に上げると、お茶を淹れてくれようとして、諦めた。フォスターとノラは、テーブルを挟んで斜め向かいに座った。フォスターは居心地悪そうに、2度、咳払いをした。

「それでその、お願いっていうのは……」

 ノラはフォスターの顔色を見ながら、おずおずと切り出した。

「クリフが……クリフォードが働くのを、許してあげて欲しいんです」

 フォスターは『なにを言い出すかと思えば』と、いら立たしげなため息をついた。

「……君は息子の友達だから、言いたくないんだがな。他人の家の問題に首を突っ込まないでくれ」

「聞いて下さい!」

 ノラが大きな声を出すと、フォスターは面食らい、口を噤んだ。

「……クリフは頑固だから、ただ駄目だと言っても、納得しないと思うんです。おじさんが、働いても良いからちゃんと学校に通えって言ってくれれば、聞くと思うんです」

「…………」

「サインツ先生が、学校を出てないと、叶えられない夢があるって……」

 話しているうちにノラの瞳にじわりと涙が滲んで、フォスターはぎくりとした。

「私、クリフに学校をやめてほしくないんです!でも、おじさんを支えたいっていう、クリフの気持ちもわかるから……」

 あっけにとられるフォスターに、ノラは熱く訴えた。

「おせっかいなのはわかってます!でも、どうかお願いします!クリフォードが働くのを、許してあげて!」

 ノラが懇願して、我に返ったフォスターが、口を開きかけた時だった。玄関のドアが壊れそうな勢いで開き、クリフォードが現れた。

「……こんなこと、誰が頼んだんだよ!」

 クリフォードは部屋に入るなり、真っ赤な顔でノラを怒鳴り付けた。

「勝手なことをするな!これは俺と親父の問題だ!お前には関係ない!」

「…………」

「俺は親父や先生がなんと言おうと、学校をやめる!もう決めたことだ!口出しするなら、いくらお前でも許さないぞ!」

 心が折れないよう、ノラは爪が手のひらに食い込むほど強く拳を握りしめ、クリフォードの怒りに燃える瞳を、臆することなくにらみ返した。

「びびってるだけのくせに……」

 ノラがぼそりと呟いて、クリフォードは目をみはった。

「ちゃんとわかってんのよ!借金の1つや2つで大騒ぎしちゃって、情けないの!」

 ノラはクリフォードに負けないくらいの大声で怒鳴った。これにはクリフォード以上に、フォスターが驚いた。

「あんたにはがっかりよ!シルビアの気がしれないわ!いくら二枚目でも、学校も出てない男なんて、私だったらお断り!」

「なんだと!?……お、お前みたいな性格ぶす、こっちから願い下げだ!」

 売り言葉に買い言葉で、クリフォードはついついやり返した。

「お前なんか、俺等がかまってやんなきゃ、友達1人もいないくせに!」

 クリフォードは、言ったそばから後悔した。ノラのまぶたがすっと細められると、クリフォードは気まずげに、視線を床に落とした。

「……サリエリがいるわ」

 ノラは落ち着き払って言った。

「サリエリは今は孤児だけど、夢も目標もないあんたと違って将来有望よ。ああ見えて彼、すごくタフなの。昼も夜も働いて、勉強もして、来年からは国立魔学校の生徒よ」

 クリフォードは言い返さなかった。悔しそうに歯噛みするクリフォードを見て、ノラはほぅ、と息をついた。

「……帰る。……おじさん、どうもお邪魔しました」

 ノラはクリフォードの脇をすり抜けて、部屋を出た。クリフォードが後を追いかけてくることをちらっと期待したが、そう都合良くはいかなかった。ノラはひどく落胆した。

「…………」

 ノラはクリフォードの家を出たその足で、銀行へ向かった。

オリオは待合席で、お隣のカシマ・カルカーニと雑用に勤しんでいた。ノラはオリオの姿を見つけるなり、その腹に突進した。

「どうしたんだい?なにかあったのかい?」

 心配したカシマがたずねても、ノラはオリオの腹に顔をうずめて、いやいやと首を振るばかりだった。

「上の応接室があいてるから、使うと良いよ。ついでに休憩も済ましてしまいな」

「どうもすみません、カルカーニさん」

「支店長に見つからないようにな」

 ノラはオリオにしがみ付いて離れず、彼の貴重な休憩時間を台無しにした。

「1人で帰れるか?」

 仕事に戻る時間になると、オリオはノラを体から引っ剥がしてたずねた。ノラは首を左右に振った。

「じゃあ、お兄ちゃんの仕事が終わるまでここで待ってな。一緒に帰ろう」

「…………」

「大人しくしてるんだぞ」

 オリオはノラの頭をよしよしと撫でて、応接室を出て行った。ノラがだらしなくソファに寝そべって待っていると、オリオは小1時間ほどで戻ってきた。

「ゴドウィンさんが、今日はもう上がって良いって」

「…………」

「馬車の時間には早いから、歩いて帰ろう」

 ノラはオリオに手をひかれて銀行を出た。家に着くまでの間、オリオは他愛ない世間話をして、ノラの気を紛らわせた。

 オリオとノラがお喋りしながら歩いていると、物影からとつぜんなにかが飛び出してきた。野生の鹿かなにかだと思ったノラだったが、その正体はソニアで、手に持った大きな石をノラの顔面目がけて投げ付けるところだった。

「危ないっ!」

 オリオが咄嗟に庇おうとした時には、石はソニアの手を放れた後だった。石はノラの頬を掠め、ごとんっ!と鈍い音をさせて地面に転がった。

 作戦が失敗したことが分かると、ソニアはくるりと方向転換して逃げて行った。

「ノラ!大丈夫かい!?」

 オリオはノラの顔を両手で挟み、右を向かせたり左を向かせたりして、怪我の有無を確認した。

「なんて子だ!……今のは孤児院の子だな!ノラ、知ってる子か!?」

 激しい口調で問い詰められると、いっそう気が滅入った。

「良くあることだもん……どってことないわ」

 説明するのが億劫だったので、ノラは適当を言った。

「良くあることだって!?学校帰りに石を投げられるのが、良くあることだって!?」

 オリオは仰天し、怒りで真っ赤に染めていた顔を青くした。オリオはそれきり難しい顔で黙り込んでしまい、家に着くまでの間、一言も口をきかなかった。

 その夜、ノラは夕食も食べずにベッドに入った。落ち込んでいる様子のノラを家族はとても心配したが、ノラは頑として理由を言わなかった。

『こんなに弱って……なにがあったのだ』

 ミライはねずみから人の姿に形を変えて、嗚咽を漏らすノラの頭を撫でた。

「嫌われちゃった……クリフに……きっともう口を利いてもらえない……」

 ノラは枕に顔をうずめてむせび泣いた。ノラの胸は後悔と悲しみでいっぱいだった。事情を聞いたミライは、『そんなことか』と笑った。

『赤毛の小僧のことなど、気にすることはない。私がいつでもお前のそばにいる』

 ミライはしっかりと保証して、ノラを元気づけた。

 次の日の朝。

「顔色が悪いわ。今日は学校をお休みしたら?」

「いい。行く……」

 ノラは母やオリオの心配を押し切って登校した。心も体も、鉛のように重かった。

「おはよ……」

 教室にはサリエリがいた。ノラがにこっとほほ笑んで挨拶すると、サリエリは頬を赤らめ、ぎこちない笑顔を返した。

 教室の入口の方が騒がしくなったのは、授業まであと少しという頃だった。

「クリフォード!学校にきたの!?」

 ジノ・シャルディニが黄色い声で叫び、アベルと雑談していたノラは、驚いて振り返った。教室の扉の前には、むっつりと口を引き結んだクリフォードが立っていた。

「…………」

 不機嫌顔のクリフォードは、あちこちから飛んでくる質問を無視して、すたすたと自分の席へ向かった。彼が着席すると、シルビアとカレンは抱き合って喜び、エレオノーレ・アレシとトリシア・フォローズはお互いの手のひらをパンッ!と打ち合せた。

 ノラはクリフォードの横顔を、ゆらゆらと揺れる瞳で見つめた。しばらく見つめていると、視線に気づいたクリフォードと目が合い、ノラはどきりとした。

「クリフ、考え直したんだね!」

「…………」

「ノラ、挨拶しに行こうよ!……ノラ?」

 ノラが答えないでいると、アベルはノラのそばを離れてクリフォードの元へ行き、少しして戻ってきた。

「おじさんと話し合って、退学はやめることにしたんだって。良かったね」

「そうね……」

「?……どうしたのノラ?なにか変だよ」

 素っ気ないノラを、アベルは訝しがった。

 授業がはじまる時間になり、ガブリエラが職員室から出てきた。ガブリエラは教室にクリフォードの姿を見つけると、安堵の表情を浮かべた。

 授業中、ノラはずっとクリフォードの視線を感じていた。あんまりじっと見つめられて、背中が焼け付くようだった。

 1時間目の休み時間になると、クリフォードの席の周りは、彼の変心を喜ぶ女の子達で人だかりができた。

「ねぇクリフォード、放課後、私達と一緒に北の森へ行きましょうよ。みんなで行くつもりで、おやつもたくさん持ってきたのよ」

「あら、だめよ。クリフォードはお父様の看病で忙しいのよ。誘ったら悪いわ」

 トリシア・フォローズが誘って、エレオノーレ・アレシが制止した。

「……良いよ。行こう」

 クリフォードは少し考えて、承諾した。少女達の間から嬉しい悲鳴が上がった。

「本当に良いの?忙しいんじゃない?」

「良いさ。身体はすっかり元通りだし、俺の助けはどうやら必要ないみたいだから」

 クリフォードがやけくそ気味に言うと、少女達は困惑して、顔を見合わせた。

「それよりシルビア、前髪を切ったんだな。良く似合うよ」

「え……!」

「トリシアも、そのリボン新しいやつだろ?はじめて見るよ」

「わ、わかる……?一昨日よろず屋で買ったの!」

 クリフォードはその後も歯が浮くようなお世辞を並べて、女の子達を熱狂させた。彼等が楽しげにお喋りするのを、ノラはひどく惨めな気持ちで聞いていた。


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