勝負!
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翌日の水曜日。いつもより遅めに登校したノラが教室に入って行くと、頭に角を生やしたガブリエラが待ち構えていた。
「校長先生に聞いたわよ。昨日、大事なお話の途中でサリエリを連れ出したんですって?」
「…………」
「失礼のないようにって、あれほど言ったでしょう。先生とっても恥ずかしかったわよ」
「どうもすみませんでした……」
ノラがしぶしぶ謝罪すると、ガブリエラはいらいらとため息をついて、職員室に戻って行った。
ノラが席に着こうとすると、サリエリがガブリエラと入れ替わりに職員室から出てきた。偶然に目が合うと、ノラは昨日の笑顔を思い出してどきっとした。ノラはいそいそと席に着き、俯いて赤い頬を隠した。
放課後、ノラとアベルとマルキオーレの三人は、作戦の成果をヘルガに報告しに行った。
「そう……根気よくやるしかないわね。今日もお願いできる?」
「もちろんです、先生」
3人が元気よく返事をすると、ヘルガは安堵して「あなた達がいてくれて、本当に心強いわ!」と笑った。
「実はね、シルビアとカレンも協力してくれることになったの」
「あの2人が?」
「サリエリを助けたいって言っていたけど、本当の目的は別のところにあるんじゃないかしら?」
ヘルガは堪らず、うふふと笑った。アベルとマルキオーレは首を傾げたが、ノラはぴんときた。シルビアとカレンの目当てなんて、クリフォードのこと以外にない。
ノラの予想は的中した。シルビアとカレンは、クリフォードが男爵夫人に雇われたことを嗅ぎ付けたのだった。
「お金で人の気を惹こうなんて、図々しいわ!クリフォードに色目を使ったら、許さないんだから!」
「男爵令嬢がなによ!貴族だからって、なんでも思い通りになると思ったら大間違いよ!」
職員室を出て、5人でお屋敷に向かう途中。シルビアとカレンはずっとレーチェを罵っていた。
「町を追い出すだけじゃ生温いわ!2度とちょっかいを出せないように、うんとこらしめてやる!」
恋の力は凄まじく、レーチェを怖がっていたはずのカレンは、過激なことを言って相方を驚かせた。
「男爵夫人なら、今日も孤児院だよ」
残念なことに、男爵夫人は不在だった。諦めて帰ろうとしたノラ達だったが、シルビアとカレンが、クリフォードとレーチェを2人きりにしておけないと言い張ったので、仕方なく付き合うことにした。
クリフォードはノラの顔を見ると、むっつりした。クリフォードににらまれ、しゅんと肩を落とすノラを、アベルとマルキオーレが慰めた。
7人は2階の客間で勉強することにした。
2人きりの時間を邪魔されて怒るかと思われたレーチェは、意外にも勉強会に乗り気だった。ノラは訝ったが、理由は直ぐに判明した。
「クリフォード、キャンディ食べる?とっても美味しいのよ」
「う、うん。ありがと……」
「私が食べさせてあげるわ。はい、口を開けて」
レーチェは見せ付けるようにクリフォードに甘え、シルビアとカレンとノラをいら立たせた。クリフォードは積極的なレーチェに少し戸惑っている様子だったが、雇い主の娘だからか、満更でもないのか、されるがままだった。
午後3時になると、レーチェはクリフォードを伴って休憩に出て行った。少女達は2人が出て行ったドアを、ぎろりとにらみ付けた。
「なによあれ!すっかり恋人気取りじゃない!」
「あの子、どさくさに紛れてクリフォードの手を握ったわ!」
「クリフォードもクリフォードよ。でれでれしちゃって、感じ悪い!」
シルビアは細い鼻をふくらませ、カレンは歯軋りして悔しがり、ノラはつんと口を尖らせた。ぷりぷりと腹を立てる3人を、アベルとマルキオーレは、恐々と見つめた。
「いつも仲悪いくせに、こういう時だけ意気投合するんだ、女ってやつは……」
マルキオーレが物知り顔で呟き、アベルを苦笑させた。
しばらくすると、レーチェが1人で部屋に戻ってきた。
「あれ?クリフは?」
アベルが代表してたずねた。
「用事を言いつけたから、しばらくは戻ってこないわ。……ところであんた達、私になにか話があるんじゃない?」
レーチェにたずねられた子供達は、顔を見合わせた。
「あんた達の魂胆はわかってるわ。国立魔学校の件でしょう?」
レーチェにずばり言い当てられて、ノラはぎくりとした。
「諦めてあげても良いわよ」
「え!……本当に?」
「ええ。ただし、あんた達がゲームに勝ったらね」
レーチェは自信あり気に微笑んで、ノラ達をびびらせた。
「今から私が、お屋敷の中に鶏を10羽放すわ。10分以内にすべて捕まえることが出来たら、国立魔学校は諦めてあげる」
「私達が負けたら?」
「私とクリフォードの仲を邪魔しないで。もう2度とここには来ないと誓って」
ノラは答える前に1度、仲間たちの顔を見渡した。アベルとマルキオーレは頷き、シルビアとカレンは激しく首を左右に振った。
「その勝負、受けて立つわ」
ノラが即答すると、シルビアとカレンは青ざめた。
「どうして勝手に受けたりしたのよ!負けたらどうするつもり!?」
レーチェが準備をすると言って部屋を出て行くと、シルビアとカレンはノラに猛然と詰め寄った。
「平気よ。勝てば良いんだもの。町を出て行ってもらうチャンスじゃない」
2人のあまりの剣幕に、ノラは後退りながら言った。
「それに、もし負けてもお屋敷に来られなくなるだけよ。ぜんぜん問題ないわ」
「大ありよ!私達が見ていない間に、クリフォードがなにかされたらどうするのよ!」
ノラとアベルとマルキオーレは顔を見合わせた。
「クリフなら、大丈夫だと思うけど……」
クリフォードは女の子には優しいが、嫌なことは嫌だとはっきり言うし、頑固だ。ノラがのんきに言うと、シルビアとカレンの怒りがついに爆発した。
「そんなことわからないじゃない!あなた、それでもクリフォードの友達なの!?」
「お、大げさねぇ……」
ノラ達が言い争っていると、準備を終えたレーチェが、のっぽの従者を従えて部屋に戻ってきた。従者の腕に抱えられた鶏を見ると、マルキオーレの顔が青ざめた。
「うちの鶏じゃないか……!」
「そうよ。だって他にいないじゃない。これから鶏を放すから、出てってちょうだい」
マルキオーレは驚愕した。慌てて鶏を取り返そうとするマルキオーレを、背の高い従者は、問答無用で屋敷の外へ追い出した。
「みんな、お願いだから、乱暴なことしないでくれよ!捕まえる時は優しく、そっと持ってくれよ!」
マルキオーレはみんなに懇願した。狼狽するマルキオーレを、シルビアは『男のくせに!』と嘲った。
しばらくすると、レーチェと従者が屋敷の外に出てきた。
「捕まえたらこのクレランボーに見せてから、裏の家畜小屋に戻すのよ」
レーチェが指示して、ノラ達ははじめて背の高い従者の名前を知った。
準備が整うと、5人は玄関の前に立った。
「よーい……どん!」
レーチェの合図と同時に、屋敷の中へと駆け込んだ。シルビアとカレンは1階、ノラとアベルとマルキオーレは2階へ駆け上がった。
ノラは最初に男爵夫人が使用している客間に足を踏み入れた。男爵夫人の客間には3羽もいて、ノラの胸には希望が湧いた。こんなに簡単に見つかるのなら、楽勝かもしれない!
「やーっ!」
ノラはベッドの上を歩き回る鶏に、勢いよく飛びかかった。3羽の鶏は羽をまき散らし、燭台を倒して花瓶を割り、シーツやカーテンに足跡を付けた。すばしこい鶏はなかなか捕まらず、やっと1羽捕まえた頃には、疲れ果ててぜいぜいと喘いでいた。
子供達は家中をしっちゃかめっちゃかにして鶏を追いかけまわした。
途中、はりきりすぎたカレンが鶏を絞め殺してしまうという事故が起きたが、子供達は無事に鶏を10羽、家畜小屋に戻すことができた。ノラとシルビアとカレンは、それぞれ1羽ずつ。アベルは廊下にいたやつと、客間にいたやつ、合計2羽を捕まえた。1番頑張ったのはマルキオーレで、彼はなんと一人で5羽も捕まえた。長く一緒にいるノラやアベルでさえ、こんなに機敏で必死なマルキオーレを見たのは、はじめてだった。
「ゲームは私達の勝ちね」
カレンが家畜小屋に鶏を置いて戻ってくると、全身を鶏の足跡だらけにし、頭に羽毛をくっ付けたシルビアが、勝ち誇って言った。
「良いわ。約束通り、国立魔学校は諦めてあげる。……私はね」
レーチェは従者のクレランボーに、2、3言耳打ちすると、くすりと笑って言った。ノラはぎくりとした。
「残念だけど、国立魔学校に入学するのは、やっぱり私だと思うわ。お母様が諦めない限りね」
「だ、騙したの!?」
「私は諦めたって言ってるじゃない」
唇を噛んで悔しがるノラを見たレーチェは、いっそう優越感に浸り、高らかに笑い出した。なんて忌々しいやつ!
ノラがレーチェに詰め寄ろうとすると、とつぜん部屋のドアがバタンッ!と開き、男爵夫人が入ってきた。
「……この有り様はなんです!?どうなっているの!?なにがあったの!?」
男爵夫人は室内をぐるりと見渡すと、つかつかと歩み寄ってきて、子供達に詰問した。シルビアとカレンはたちまち畏縮してしまった。
「レーチェお嬢様が、屋敷に鶏を放したんです。それで私達に、全部捕まえるよう命じたんです」
ノラが率先して訳を説明した。
「本当です。レーチェお嬢様は、俺達が鶏を全部捕まえられたら国立魔学校は諦めると、約束して下さったんです」
アベルが付け足して、子供達はそうだそうだと頷いた。
「信じないでお母様!この子達が私を脅迫したんです!町を出て行かなければ、ひどい目に合わせてやるって!断ったら、どこかから鶏を連れてきて、私とお母様のお部屋に放したんです!」
レーチェの真っ赤な嘘に、子供達は耳を疑った。よくもそんな嘘を……!
「……説明しなさい、アメデ」
男爵夫人は、背の高い従者に命令した。クレランボーは1歩進み出て……
「すべてレーチェお嬢様が仰る通りでございます。奥様」
と言った。
「嘘よ!その2人は嘘をついてるわ!」
「お黙りなさい!」
高らかに叫んだノラを、男爵夫人はぴしゃりと叱り付けた。
「レーチェに勉強を教わりたいなんて、おかしいと思ったわ。あなた達はヘルガ先生の差し金ね。そうなんでしょう?」
男爵夫人は憤怒の形相で問い詰めた。シルビアとカレンは項垂れて靴の先を見つめ、アベルとマルキオーレはおろおろと視線をさまよわせた。
「違います。私は、自分の意思でここにいます」
ノラはずいっと前に進み出て、男爵夫人の瞳を真っ直ぐに見詰めた。
「男爵夫人にお願いがあります。私をレーチェお嬢様と、勝負させて下さい」
ノラは男爵夫人に懇願した。男爵夫人は目を丸くした。
「勝負ですって?」
「はい。もしも私が勝ったら、サリエリを国立魔学校に行かせてあげて欲しいんです」
男爵夫人は、ふーっと長いため息をついた。
「どうやらあなた方は、大きな誤解しているようね。私はジャンマリアから、入学資格を奪おうなどと考えてはいません。ジャンマリアが納得する形で、譲ってもらおうと考えています」
「…………」
「それに、あなたでは役不足でなくて?勝負をするならジャンマリアとでしょう?」
「……お言葉ですが奥様、私に勝てないようでは、サリエリと勝負なんてとても無理です」
これには、さすがの男爵夫人も血相を変えた。ぎりぎりとにらみ合う男爵夫人とノラを、アベル達ははらはらしながら見守った。
「……そこまで言うのなら、良いでしょう。もしもあなたが勝利したら、私達は国立魔学校を諦め、すみやかにこの町を出て行きます。その代わりレーチェが勝ったら……」
「?……」
「あなたには、サルタゴビアの感化院へ行ってもらいます」
男爵夫人はもったいぶって言い、ノラを驚愕させた。
「感化院だって……!?」
アベルとシルビアとカレンは、ひっと息をのんだ。
「なあ。感化院ってなんだ……?」
青い顔をしているアベルに、マルキオーレが小声でたずねた。
「手の付けられない不良を教育する、更生施設のことだよ……1度入ったらなかなか出られないことで有名なんだ……」
「ええ……!?」
アベルが耳打ちして、マルキオーレがぎょっと目を剥いた。この時ばかりは、大事な鶏を亡くした悲しみを忘れていた。
「どうしたの?……怖気付いたのなら、べつに止めても良いのよ」
足跡だらけの床を見つめてじっと考え込むノラに、男爵夫人は助け船を出した。
「……やります。必ず勝ってみせるわ」
ノラははっきりと宣言した。ノラの胸は勇気に燃えていた。自信に満ち溢れた、堂々たる態度のノラに、男爵夫人は俄かにたじろいだ。
「結構です。それではさっそく……」
はじめましょう。男爵夫人がそう口にしようとすると、開けっ放しの扉からサインツが入ってきた。その後ろから、オーボー校長先生とヘルガも入ってきた。
「突然の訪問をお許しください、マントウィック男爵夫人。ヘルガ女史から事情はうかがいました」
サインツの後ろのヘルガは、ノラの見間違いでなければ、ちょっぴりしゅんとしていた。
「あなたは確か、学校の先生でいらっしゃいますよね?」
「はい。エステバン・サインツと申します」
「ちょうど良かったわ。今からうちのレーチェと、こちらの少女が勉強で対決するのです。サインツ先生、試験官を務めて頂けませんこと?」
「かまいませんが……必要ないでしょうな」
「なんですって?」
「あえて競わせる必要はないと申し上げたのです。ノラとお嬢さんでは勝負にならない」
サインツが断言すると、男爵夫人はにんまりとほほ笑んだ。
「やはり、先生もそう思われます?いえね、ほんのお遊びのつもりだったんですよ。私ったら子供相手にむきになったりして、お恥ずかしいわ」