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ノラとパン焼き窯の悪魔  作者: kaoru
小さな町の大事件
52/91

ばか!!

著作権は放棄しておりません。

無断転載禁止・二次創作禁止

「う、うーん……この問題、難しいわ。レーチェお嬢様、教えてくださいな」

 ノラは作戦を開始し、アベルとマルキオーレははらはらしながら見守った。

「レーチェ。教えてあげなさい」

「…………」

「どうしたの?レーチェ?」

 男爵夫人が問題を解くように促したが、レーチェは問題を見つめたまま、微動だにしなかった。よしよし、これで男爵夫人も気付くはず……

「困ったわねぇ……たくさんのお友達に囲まれて、びっくりしているのね」

 と思ったのに、事はそう旨くは運ばなかった。ノラとアベルとマルキオーレは、がっくりと肩を落とした。

「少し休憩にしましょう。メイドにお茶の用意を頼んでくるわ」

 男爵夫人はメイドの名前を呼びながら、部屋を出て行った。

「こんな問題、サリエリならあっという間に解いちゃうのに……」

 子供達だけになった部屋で、ノラが聞えよがしに呟くと、レーチェはむっとした。

 レーチェが言い返そうとすると、勉強に集中していたクリフォードが、ノラの手元を覗き込んだ。

「お前がこの程度の問題、解けないわけないだろ。意地悪しないで教えてやれよ」

 クリフォードはいらいらと言った。

 クリフォードに叱られたノラは愕然とし、レーチェはにやっとほくそ笑んだ。これじゃあノラの方が嫌な子みたいだ……!

「クリフには関係ないでしょ!私はこの子に教えてもらいたいの!」

「だから、お前は誰かに勉強を教わる必要なんかないだろ。首席なんだから!」

「私は次席!首席はサリエリ!」

 売り言葉に買い言葉で、つい大きな声を出してしまったノラを、クリフォードはきっとにらんだ。

「……なんだよ。サリエリ、サリエリって、そんなにあいつが良いなら、あいつに教えてもらって来いよ!」

 クリフォードはがたんっ!と椅子を蹴倒して立ち上がると、ぷりぷり怒って部屋を出て行ってしまった。ノラはあちゃあ!と頭を抱えた。

「ノラ、追いかけた方が良いよ!」

「う、うんっ……」

 ノラは慌ててクリフォードの後を追いかけた。

「待ってクリフ……!」

 クリフォードは、階段の踊り場で立ち止まって、玄関の方をにらんでいた。

「?」

 不思議に思ったノラは、クリフォードの視線の先を見やった。

「あ……」

 そこにいたのは、男爵夫人とオーボー校長先生、それから……サリエリだ。ノラはクリフォードの隣に並んで、聞き耳を立てた。

「ですから、この子にはもっと相応しい学校があるのではないかと言っているのです。校長先生もご存じでしょう?国立魔学校が、我が国随一の名門校と謳われる理由を。あそこには貴族の子息だけでなく、やんごとなき血筋の方々もいらっしゃるのですよ」

 男爵夫人はサリエリの肩に手をおいて、背中を丸めるオーボー校長先生に主張した。話の内容を理解して、ノラはぎくりとした。

「境遇が違い過ぎるのです。入学したその日に、この子は思い知るでしょう。教師はもちろん、高貴な子供達は、靴紐1つ結んだことはありません。ジャンマリアを国立魔学校に入学させることは、彼にとって本当に良いことなのでしょうか?」

 男爵夫人に詰め寄られたオーボー校長先生は、ひたすら恐縮した。

「私が必ず、この子に相応しい進学先を見付けてみせますわ。ジャンマリアは手先がとっても器用なんですってね。職人学校はどうかしら?靴職人とか、家具職人とか、ガラス工房なんかも良いわね。……学校の中には、お給金を貰いながら学べるところもあると聞きます。お金も貯められるし、卒業したら直ぐに一人前よ!」

「しかし……サリエリは優秀な生徒です。職人学校と言うのは、あまりにも……」

 オーボー校長先生がしどろもどろに意見すると、男爵夫人は長いため息をついた。

「なにも職人学校に限った話ではございません。帝国内に学校はいくらでもあるのですから、別の選択肢も視野に入れるべきだと言っているのです。ジャンマリアがどこへ進学したとしても、私は助力を惜しみませんわ。推薦状も付けましょう」

 男爵夫人は確約して、オーボー校長先生をいっそう狼狽させた。

「良くお考えになって下さい。惨めな思いをするのは、ジャンマリアなのですよ」

 男爵夫人とオーボー校長先生が話している間中、ノラははらはらしながら、サリエリを見つめていた。項垂れて靴の先をにらむその瞳の、なんと悲しげなこと!

「っ……」

 居ても立ってもいられなくなったノラは、クリフォードの横をすり抜けて、階段を駆け下りた。ノラは3人の元まで走って行き、サリエリの腕を掴んだ。

 突然目の前に現れたノラを、サリエリは目をまん丸にして見た。

「……行くわよ」

 ノラはサリエリの腕を強引に引いて、お屋敷から連れ出した。あっという間のできごとだったので、オーボー校長先生も、男爵夫人も、クリフォードでさえ呆気にとられてしまい、制止することはできなかった。

 ノラとサリエリは、お屋敷の屋根が見えなくなるくらいまで走った。

 道の真ん中で上がった息を整え、額から滲みだした汗を拭うと、ノラはきっとサリエリをにらみつけた。

「……ばか!!」

 走ってほんのりと赤くなったサリエリの顔に向かって、ノラは吠えた。お腹の底から叫んだので、空気がびりびりと震えた。

「そんな顔してないで、いやならいやって、はっきり言えばいいじゃない!」

「?……」

「国立魔学校、行きたいんでしょ!?」

 ノラの剣幕に気圧されたサリエリは、姿勢を正して、こくこくと頷いた。

 サリエリの反応に満足したノラは、はあ。と疲れたため息をつき、サリエリは目を白黒させた。

「……しっかりしなさいよ。あんたがしっかりしないと、あんたに負けた私まで格下に見られるでしょ。今さら辞退なんかしたら、一生許さないんだからね」

「…………」

「聞いてんの!?」

「!……」

 サリエリは飛び上がり、何度も首を縦に振った。ノラは腰に手を当て『よし』と頷いた。

 今更お屋敷に戻るわけにもいかないので、ノラは自宅の方に向かって歩き出した。サリエリは2メートルくらい後ろを付いてきた。

 ノラの家の前を通りかかると、玄関の扉が開いて、中から母が出てきた。母はノラの後ろにサリエリの姿を見つけると、にっこりと笑顔になった。

「こんにちはサリエリ。ちょうど良かったわ。ランベル夫人から美味しいジャムを頂いたのよ」

 母はサリエリをお茶に誘った。サリエリは、ちらりとノラの顔色をうかがった。

「……上がってけば」

 ノラはつんけんして言った。

 ノラとサリエリは、食卓に向かい合ってお茶を飲んだ。2人とも変に緊張していたため、ノラは舌を火傷し、サリエリは咽て咳き込んだ。お互いの顔をちらりと盗み見たり、わざとらしく咳払いしたりした。2人の間に会話はなく、それはそれは静かなお茶会だった。

 サリエリはお茶をすべて飲み干すと、席を立った。すごく長い時間に感じたのに、時計を見ればサリエリが食卓についてから、10分も経っていなかった。

 ノラは玄関先でサリエリを見送った。

「ねぇ」

 帰って行くサリエリの背中に、ノラは思い切って声をかけた。

「?……」

「……男爵夫人の言うことなんか、気にしなくて良いんだからね」

 ノラはサリエリをにらむように見て、つっけんどんに言った。照れ臭くって、口にするなり頬が熱くなってきた。サリエリは目をまん丸にして見詰めてくるし、ノラは居た堪れなくなった。

 サリエリがあんまりびっくりしているので、文句を言おうと口を開いた、次の瞬間。

「…………」

 サリエリの顔がゆっくりと綻んで、ノラは息を呑んだ。はじめて見るサリエリの笑顔に―――薔薇色の頬や、弧を描く唇や、少し下がった眉に―――ノラは釘づけになった。頬がいっそう熱くなるのを感じた。

「あ、あのっ……それじゃあね!」

 ノラは慌てふためいて、逃げるように家に駆け込んだ。ああ、びっくりした!

「サリエリはもう帰ったの?……ノラあなた、顔が赤いわ。熱でもあるの?」

 ノラが玄関の扉にもたれて、どきどきと高鳴る胸を押さえていると、2階から下りてきた母がたずねた。

「なんでもない……!」

 ノラは両手で頬を隠して、ばたばたと2階に駆け上がった。

 ノラが部屋に入って行くと、そこにはいらいらとしっぽを揺らすミライがいた。

『あいつが来ていたのか……』

「うん……」

 ノラは赤くなった頬を見られないよう、さりげなく顔をそむけた。

「ミライはどうして、サリエリが嫌いなの?前に言ってた恩知らずって、どういう意味?」

 深呼吸して気持ちが落ち着くと、ノラは不機嫌そうなミライにたずねた。するとミライはボンッ!と音を立てて銀色の煙に姿を変えてしまった。

また消えてしまうのかと思いきや、銀色の煙はみるみる人の姿になった。

「ミライ、大きくなったりして大丈夫なの?」

『ああ。あの悪魔どもが、たっぷり力を蓄えていたんでな』

「???」

『こちらの話だ。気にするな』

 ミライは小さなノラを、よっこらせと抱き上げた。

『それより、話の続きだ。お前が知りたいのは私のことか?それとも、あいつのこと?』

 ミライは美しい顔を歪めて、ノラをじろりとにらんだ。

「どっちも。ミライはずっと腕輪の中にいたんでしょ?どうして腕輪の中にいたの?サリエリとはいつ出会ったの?」

 ノラは怯まなかった。ノラが矢継ぎ早にたずねると、ミライは深いため息をつき、ノラを早々とベッドの上に下ろした。

『あいつに関わってもろくなことはないぞ』

「?……どういう意味?」

『言葉の通りだ』

 ボンッ!

「きゃっ……!」

 言い捨てたミライは、今度こそ煙の中に消えてしまった。

 その夜、ミライは戻ってこなかった。早々とベッドに入ったノラは、窓から差し込む月明りを見つめながら、サリエリのことを考えた。

「…………」

 そういえば、以前ソニアが言っていた。この町の孤児院の子供達は、あぶれたり、元の場所を追い出されたりして、どこかから連れて来られたのだと。

(いつ、どこから……?)

 ノラは記憶の箱を漁った。サリエリがはじめてノラの隣の席に座ったのは、今から1年と3カ月ほど前のことだ。去年の冬休み明けのテストで、年長のジャック・フォローズを追い抜いて次席になった。

(……そうだ)

 サリエリは確か、ノラよりも遅れて入学してきたのだ。はじめての登校日、期待に胸ふくらませて足を踏み入れた教室に、彼はまだいなかった。サリエリが入学してきたのは、一昨年の4月。間近に迫った創立者祭に、町中が浮足立っていた頃だ。

 それ以前のことは、残念ながら思い出せなかった。

「はあ……」

 サリエリは、どうやってこの町に来たんだろう?この町に来るまでは、どこで暮らしていたんだろう?どうして孤児になったんだろう?

 いろいろ考えていると、ふとサリエリ顔が頭に浮かんだ。大きく見開かれたまぶたの奥の、ゆらゆらと揺らめく黒い瞳。思い出せばノラの胸は不思議と高鳴り、ざわざわと落ち着かない気持ちになった。

(眠れない……)

 ノラは何度も寝返りを打ち、いら立たしげなため息をついた。


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