作戦開始!
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次の日の朝、アベルと一緒に登校してみると、教室ではシルビアが必死になって、担任のガブリエラにレーチェの遊び相手を辞めたいと訴えていた。
「どうしたの……?」
ノラとアベルは、シルビアの相棒であるカレンにたずねた。
「シルビアね、昨日レーチェお嬢様に豚の鳴き真似を20回もさせられたの……私は髪を切られそうになったわ。言うことを聞かない罰だって言って……」
カレンは真っ青な顔で答えた。カレンは藁にも縋りたいほどに、怯えきっていた。
「ねぇノラ、レーチェお嬢様の遊び相手を代わってくれない?私、もう怖くて……」
「ええ?」
「お願い。こんなこと言ったらシルビアは怒るかもしれないけど……私達には荷が重いわ。このままじゃ殺されちゃう!」
ノラとアベルは困り顔を見合わせた。
「もしも代わってくれたら、あなたの言うことを1回だけ、なんでも聞くわ!」
「なんでも?」
「なんでも!」
カレンは確約した。
カレンがあんまり頼むので、ノラは仕方なく、男爵令嬢の遊び相手を代わってあげることにした。現金なカレンはノラを勇者と称えた。
「ノラあなた、本当に大丈夫なの?くれぐれも失礼のないようにね」
ガブリエラは過剰に心配して、ノラをむくれさせた。
「ノラ、本当に1人で平気?」
そして放課後。1人でお屋敷に向かおうとするノラを、アベルとマルキオーレは心配した。
「平気よ。なにかあったら窓から合図するわね」
「う、うん……無理はしないでね」
ノラはアベルとマルキオーレに見送られて、鼻息も荒くお屋敷に乗り込んだ。
はじめに男爵夫人の部屋に挨拶に行くと、彼女はノラを見て少し嫌な顔をした。
「昨日の子供達はどうしたの?シルビアと、カレンだったかしら……?」
男爵夫人は眉を寄せたままたずねた。
「お尻のおできが潰れて、診療所に行きました」
「お尻のおでき?……2人とも?」
「はい。あの2人は双子みたいに仲良しなので、食事をするのもお便所に行くのも、病気になるのも一緒なんです」
ノラは平然と嘘をついた。男爵夫人は胡散顔でノラをにらんだが、追及はしなかった。
「まあ良いわ。レーチェは隣の客間よ。……くれぐれも、おかしな遊びを教えないでちょうだい」
ノラは男爵夫人の部屋を出て、レーチェの部屋の扉をノックした。
「あんた、だあれ?」
「ノラ・リッピーよ。どうぞ宜しく」
怪訝な顔をするレーチェに、ノラははりきって自己紹介をした。
「ふぅん?ちょうど良かったわ。あんた、馬になりなさい」
レーチェは命令して、床を指差した。ノラは目をぱちくりさせた。
「早くしなさい。その棚の上の箱を取りたいのよ」
ノラは高い棚の上を見上げた。棚の上には確かに、薄べったい木箱が乗っていた。
「なら、脚立を持ってくるわ」
「そんな時間ないわ。私は今すぐあの中が見たいの」
「でも、私が馬になったくらいじゃ、届かないと思うわよ」
「黙んなさい。言うことを聞かないと、お母様に言いつけるわよ」
レーチェがいらいらしだしたので、ノラはしぶしぶ四つん這いになった。
「はじめから素直に従えば良いのよ。召使のくせに、主人に意見するんじゃないわよ」
レーチェはぶつぶつと独り言のように呟いて、ノラの背に靴のまま、どん!と足を乗せた。腹を立てたノラは、レーチェが背中に乗ったところを見計らい、わざと体を揺らしてやった。
「痛い!……急に動かないでよ!怪我をしたらどうするのよ!」
床に尻もちをついたレーチェは、真っ赤な顔で喚いた。
「どうもすみません。私は馬になるのは下手みたいです。今度はレーチェお嬢様が馬になってください。私が取って差し上げます」
ノラはしゃあしゃあと言った。
「馬鹿なこと言ってないで早く起こしなさい!ぐずね!」
「はい、はい」
ノラはレーチェを助け起こした。
「……叫んだら喉がかわいたわ。お茶を用意しなさい」
ノラは言われたとおりお茶を用意したが、レーチェは安物のカップが気に入らないからと言って、口を付けなかった。
レーチェの我がままは、ノラが言うことを聞くたびにエスカレートしていった。
「疲れたから肩を揉んで。痛くしたら承知しないわよ」
ノラはレーチェに、半時も按摩をさせられ……
「どうして今日はこんなに暑いの?扇いでちょうだい」
腕が痛くなるまで扇で風を送り……
「靴を磨いておいて。傷つけたら弁償よ」
20足もの靴を、ぴかぴかになるまで磨かされ……
「面白い本を10冊選んで持ってきなさい」
図書室から重い本を借りてこさせられ……
「やっぱり必要ないわ。戻していらっしゃい」
返しに行かされ……
「退屈ねぇ……なにか面白い芸をしなさい」
3桁の足し算の暗算を披露し、つまらないと一蹴された。
部屋に入って2時間も経つ頃には、ノラはくたくたのへとへとになり、逃げ出したくてたまらなくなっていた。
「お嬢様は、国立魔学校の試験を受けたんですよね?将来は魔学者になるんですか?」
ノラはレーチェの髪を丁寧にブラシで梳かしながら、さりげなくたずねた。
「私は男爵令嬢よ。学者になんかなるもんですか」
「はあ……そういうものですか?」
「そういうものよ。労働なんて、卑しい身分の者達がすることよ」
得意げに断言したレーチェを、ノラは冷ややかな目で見つめた。
「どうして国立魔学校なんですか?別の学校でも良いんじゃないですか?」
「高貴な私にふさわしい学校は、国立魔学校以外にはあり得ないわ」
「でも、すごく規則が厳しいそうですよ。先生も怖いって聞くし……もしかしたら勉強についていけないかも……」
「そんなもの、お金でどうとでもなるわ。我が家の使用人たちは、お金をあげればなんでも言うことを聞くのよ」
ノラは呆れて、二の句が継げなくなった。
ノラはブラシを放り出して部屋を飛び出すと、外で待機していたアベルとマルキオーレの元へ向かった。これ以上の偵察は無意味だと悟ったのだ。
アベルとマルキオーレはノラの背中の靴跡を見て、目を丸くした。
「どうだった?」
「想像以上よ。シルビアとカレンが音を上げたのも頷けるわ」
ノラはアベルとマルキオーレに、レーチェの我がままぶりを話して聞かせた。
「とにかく、男爵夫人に気付かせることよ。レーチェがお馬鹿さんだってわかれば、国立魔学校は諦めざるを得ないわ。私、明日ヘルガ先生に相談してみる」
ノラがアベルに送ってもらって家に帰ると、2階の部屋の窓辺では、ミライが夢中でなにかを齧っていた。
「なあにそれ?」
覗きこむと、魚の骨のフライのようだった。ノラから隠すように、ミライはそれを背中に隠した。
「やらんぞ」
「いらないもん。……ふんだ、変なもの食べるとお腹を壊すんだからね」
翌日、ノラとアベルとマルキオーレは、ヘルガに相談に行った。ヘルガは3人の協力を、とても喜んだ。
「みんなでお勉強会をするというのはどうかしら?」
ノラ達が偵察の成果を報告すると、ヘルガが閃いた。3人は顔を見合わせた。
「お勉強会?」
「そう。みんなでレーチェお嬢様にお勉強を教えてもらうふりをするの。レーチェお嬢様が困っているのを見れば、男爵夫人も気付くはずよ」
「そっかあ!先生、頭良いー!」
ヘルガの名案に、3人は拍手を送った。
「午前中に男爵夫人と孤児院へ行く約束をしているの。その時にでも話してみるわ。早速今日から開始しましょう」
放課後、ノラとアベルとマルキオーレは、レーチェに勉強を教わるために、お屋敷へ向かった。
お屋敷には思いもよらぬ先客がいた。フォスターが無事に退院し、すっかり元気を取り戻したクリフォードだった。
クリフォードはノラ達の姿を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきた。
「クリフ、どうしたの?おじさんの看病はいいの?」
こんな時間に遊びに来るなんて珍しいと、ノラはたずねた。
「俺はこれから仕事なんだ」
クリフォードは誇らしげに胸を張り、3人は首を傾げた。
「?仕事ー?」
「レーチェお嬢さまの遊び相手。昨日の夜、男爵夫人が家に来てさ。直々に頼まれたんだ。お嬢様と半日遊んだだけで、なんと1万ピチももらえるんだぜ!」
「ええー!」
「驚きだろ?こんなうまい話はそう転がってないよ」
クリフォードはほくほく顔で自慢した。
「じゃあ俺、先に行くな」
クリフォードがお屋敷に入って行ってしまうと、ノラとアベルとマルキオーレは、困り顔を見合わせた。
「どうする……?」
「どうするって……やるしかないわよ。男爵夫人には、もう話が通っちゃってるんだもの。私たちが行かなかったら、ヘルガ先生が怒られちゃう」
「だよねぇ……」
アベルとマルキオーレは、はあ。と大きなため息をついた。
約束の時間に遅れてはいけないと思い、3人は一先ずお屋敷に入ることにした。玄関を入って直ぐのところで、男爵夫人とレーチェ、クリフォードが雑談していた。
「いらっしゃい、みなさん。さあどうぞ、2階にお部屋を準備してあるわ」
男爵夫人はまるで自分の家のように、ノラ達を招き入れた。
「ヘルガ先生から話は聞いているわ。レーチェに勉強を教わりたいんですって?感心ね。人に学ぼうという素直な心は、大切にしなければなりません」
我が娘が頼られるのがよほど嬉しいらしく、男爵夫人は上機嫌だった。クリフォードは怪訝な顔をした。
「勉強を教わる?ノラが?」
クリフォードは疑いの目でノラを見て、ノラとアベルとマルキオーレはひやひやした。
結局、クリフォードも一緒に勉強をする羽目になった。クリフォードは依然として3人を疑っていたが、勉強会がはじまると、直ぐに意識をそちらに集中した。家庭の事情で学校を休み続けているクリフォードは、この機会に少しでも遅れを取り戻そうと考えているようだった。
勉強をはじめて半時ほど経つと、マルキオーレは早くも飽きてしまい、チョークを転がしはじめた。レーチェはクリフォードの眉間のしわを、うっとりと見つめるばかりだった。
男爵夫人が様子を見に近付いてきて、ノラとアベルは、こっそりとめくばせした。