サリエリを守れ!
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ノラとアベルとマルキオーレが、さっそく話題のお嬢様を見に行こうとすると、男爵夫人とデムターさんが階段を下りてきた。その後ろから、絹のドレスを着た少女と、背の高い従者、無愛想なメイド、シルビアとカレンが、ぞろぞろと付いてきた。
3人は、絹のドレスの少女が例のお嬢様……レーチェだろうと見当を付けた。
「到着したばかりですし、もう少しゆっくりされては?」
デムターさんは男爵夫人を気づかって休憩を勧めた。
「いいえデムターさん、私は遊びにきたわけではありませんもの。それに、ジャンマリアに後で行くと約束しましたから」
男爵夫人は従者を連れて、リッキーが手綱を握る馬車に乗り込むと、お嬢様と無愛想なメイドに見送られて、屋敷を出て行った。
「後を追いかけましょう」
孤児院の玄関前には、4人の大きい子供達が整列していた。左から、フランシス・コーエン、シンシア・マーケット、ベンフリート・カーティス、チャック・ノーマンだ。
サリエリは到着した馬車の脇に立って、男爵夫人が馬車を降りる手助けをした。
「ようこそいらっしゃいました。マントウィック男爵夫人」
4人はタリスン院長先生の号令で、男爵夫人に向かって歓迎のあいさつを述べた。男爵夫人は2、3言タリスン院長先生と言葉をかわすと、サリエリに案内されて孤児院の中へ入って行った。子供達もその後に続いた。
ノラとアベルとマルキオーレの3人が、後を追いかけようとした、その時。
「お前等、なにやってるんだ?」
「ぎゃっ!」
後ろから声をかけられた3人は、飛び上って驚いた。振り返るとそこにいたのは、クリフォードだ。
「べ、別になんでもないよ。クリフこそなにしてるの?こんなところで……」
ああ、びっくりした。ノラはどきどきする胸を押さえて、たずね返した。
「俺か?……俺は教会に帰る途中でお前等を見かけて、追いかけてきたんだよ。……今のが噂の男爵夫人か?」
「そうみたい。私達、男爵夫人を見たくて偵察にきたのよ」
「ふぅん?それだけか?」
勘の良いクリフォードは、ふに落ちないという顔をした。
「ちょうど帰ろうと思っていたところなのよ。途中まで一緒に帰りましょ!」
3人は仕方なくは偵察をあきらめて、クリフォードの背を押して孤児院を離れた。
「今日もアベルとマルクは教会に泊まるんでしょ?」
帰り道で、ノラはアベルとマルキオーレにたずねた。
「うん。そのつもり」
「ちぇーっ。また私だけ仲間外れかあ」
「仕方ないよ。ノラは女の子なんだし」
「私も男の子に生まれれば良かったな。女の子なんて、つまんない」
ノラがぼやくと、アベルとマルキオーレとクリフォードの3人は、顔を見合わせて苦笑した。
ノラはアベルに馬車で送ってもらって帰宅した。
ノラが2階の自室に入って行くと、帰りを待ちかねていたミライが変な顔をした。
『お前、今日はどこへ行ってきた?誰に会った?』
ミライは首をかしげるノラに、矢継ぎ早にたずねた。男爵夫人が視察にきたことを話すと、ミライは難しい顔で黙り込んだ。
「どうしたの?」
『なんでもない……たぶん、気のせいだ』
翌日の土曜日はみんなでクリフォードの家を掃除に行った。診療所に入院していたフォスターが、ようやく家に帰れることになったのだ。
4人は協力して布団を日に干し、シーツを洗濯し、机や家具に溜まった埃を掃い、床を磨いた。
「ちょっとぉ。2人とも遊んでないでまじめにやってよー」
クリフォードとマルキオーレは家中を駆け回って雑巾を投げ合い、シーツをかぶってノラを驚かせ、桶をひっくり返してアベルに怒られた。
午後になると、パーラー店主のマルタ・ブレトンが、差し入れを持ってやってきた。
「どうもありがとう、ブレトンさん。……その、家賃のことなんだけど……」
「良いんだよぉ、そんなこと気にしなくて。うちはいつでもかまわないんだからさ。それより、親父さん戻ってくるんだろ?なにか手伝うことあるかい?」
「大丈夫。みんなに手伝ってもらって、もうほとんど終わったから」
「そうかい?そんなら、引き上げるとしよう」
マルタを見送ったクリフォードは、ふぅーっと長いため息をついた。
「……今の、大家さん?」
リビングに隠れていたノラが姿を現すと、クリフォードは憂え顔をひっこめた。
「差し入れもらったんだ。ノラも喰ってけよ」
「う、うん。ねえ、クリフ……」
「ん?」
「学校をやめるって、もう誰かに言った……?」
ノラはクリフォードにおずおずとたずねた。
「……まだ。もう少し落ち着いたら、学校に届けを出しに行こうと思ってる」
「……そう……」
「シルビア達が騒ぐから、みんなにはまだ内緒な」
クリフォードは人差し指を唇にあてて微笑んだ。
「今日は本当にありがとうな。お前等がきてくれて助かった」
帰り際、クリフォードは3人を見送りに出た玄関先で陳謝した。
「明日、教会に来る?」
「行くよ。みんなに迷惑かけちゃったし、神父様にお礼も言わなくちゃならないし」
「じゃあ、また明日ね」
クリフォードの家を出て、しばらく荷馬車を走らせて行くと、道の向こうから男爵夫人の馬車がやってきた。立派な黒塗りの馬車の御者台には、リッキーが座っていた。
「やあ。こんにちはみんな」
御者のリッキーは、わざわざ馬車を停めてノラ達にあいさつした。
「こんにちはリッキー。どこへ行くの?」
「これから用足しに、町へ行くところなんだ」
リッキーが口にするや否や、ばたん!と箱馬車の扉が開き、背の高い従者が顔を出した。
「おい、リッキー!なにを道草食ってるんだ!早く出さないか!」
背の高い従者はぷりぷり怒って喚いた。
「また今度、ゆっくり話でもしよう」
リッキーは一度肩をすくめて見せ、去っていった。
「ただいまあ」
帰宅したノラが2階の自室に入って行くと、ミライがぴょーんと飛びかかってきた。ミライはノラの肩の上で、鼻をぴくぴくさせた。
「どうしたの?あんた、昨日からちょっと変よ」
『危険な悪魔の臭いがする……』
「危険な悪魔?」
『ああ。……くさい。くさいぞ。人間の妄執と、熟しきった怨憎の臭いだ。厄介なやつに目をつけられたな』
ミライは低い声でぶつぶつと呟いて、ノラを困惑させた。
「退屈だから、からかおうっていうのね。怖がらせようとしても無駄よ」
ノラは肩の上をちょろちょろするミライの首根っこを捕まえて、めっ!と叱った。
『うそじゃない。昨日はかすかな気配だったのに、今日は腐った卵みたいな、ひどい臭いだ』
ミライは片方の手で鼻を摘まんで、もう片方の手をぱたぱたさせた。ノラはむっとして、怒りと羞恥に頬を染めた。
「言いがかりは止めてよ。腐ったたまごの臭いなんか、しないじゃない」
『たといだ、たとい。……明日の教会には、私もついて行くぞ』
「ええー」
『今日お前と接触した人間の中に、悪魔に魅入られている者がいる。突き止めて私の獲物……じゃなかった。主に手を出したことを、後悔させてやるのだ』
そして次の日。
『パン焼き窯の灰を持って行け』
支度を済ませて家を出ようとすると、服の中に隠れていたミライが、家族にばれないよう、小声で指図した。
「?……そんなものどうするの?」
『用心のためだ。その鞄の中にでも詰めろ。さあ、早く!』
ノラはしぶしぶ、パン焼き窯の中に残っていた灰を鞄に詰めた。
教会に到着すると、礼拝堂では、華やかな一団が人々の注目を集めていた。
一番前の席に、シルビアとカレンがレーチェを挟んで座り、その隣に男爵夫人。男爵夫人の隣には、緊張でカチコチになったサリエリが座らされていた。
「まあサリエリ、襟が立っているわ。直しましょうね」
男爵夫人は、まるで自分の子供にするように、なにかとサリエリの世話を焼いた。男爵夫人の魂胆を知らないサリエリは、戸惑いつつも、ちょっぴり嬉しそうだった。サリエリの耳が赤くなっているのを見て、ノラはむっつりした。
(でれでれしちゃって)
後ろの列には、背の高い従者と、無愛想なメイド、御者のリッキーが並んで座っていた。
『あいつだ……!あの男だ……!』
胸元から這い出したミライが、そのうちの一人を指して小声で叫んだ。ノラはミライの指の先にいる人物を確認して、首をかしげた。
「?……リッキーが?」
『間違いない、あの男は悪魔だ。嫌な臭いがぷんぷんする』
ノラは疑いの目でリッキーを見つめた。リッキーは堪え切れずに大あくびをして、従者の男に叱られていた。
「まっさかぁ」