男爵夫人の企み
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「男爵夫人は、サリエリになんの用かしら?」
帰り道で、ノラはアベルにたずねた。
サリエリは孤児院の子だから、男爵夫人が気にかけても不思議はないのかもしれない。しかし、なにか引っかかる……
「……もしかすると、サリエリをもらいにきたのかも……」
アベルが推理して、ノラは目をぱちくりさせた。
「男爵夫人が、サリエリを養子にしたがってるってこと?」
「それはわからないけど……下働きにする子を探していて、サリエリの噂を聞き付けて、様子を見にきたとかさ」
「下働きねぇ……?」
なきにしもあらず。しかし、噂を聞きつけたって、いったいどこから……?
「……魔学校……」
ノラは閃いた。
「え?」
「国立魔学校よ……!男爵夫人がサリエリに目を付ける理由なんて、それ以外に考えられない!」
ノラは確信をもって断言した。口にすると、いっそう真実味を帯びた。
「私、ちょっとヘルガ先生に聞いてくる!」
「あ!ノラ!」
ノラがアベルと別れ、息急き切って学校へ戻ってくると、ヘルガが馬車に乗ってどこかへ出かけようとしているところだった。
ノラはヘルガを捕まえて、男爵夫人が視察にきた本当の理由をたずねた。
「実はね、サリエリの入学資格を、譲って欲しいと言われているのよ」
はじめは言い渋っていたヘルガだったが、ノラがしつこくお願いすると、観念して話し出した。
「入学資格?国立魔学校のですか?」
「そうよ。マントウィック男爵夫人の娘……レーチェ・ドミニナ嬢は、ヴォロニエで試験を受けて不合格だったの。向こうの試験官を口説き落とそうとして、失敗したみたい」
なるほど、それでサリエリに目を付けたというわけか。
「最初に手紙で打診があったのだけれど、きちんとお断りの返事を書いたのよ。審査は厳正なもので、たとえサリエリが入学を辞退しても、資格がレーチェ嬢に移ることはあり得ないって。何度かやり取りをして、納得していただけたと思ったのに、まさか本人が乗り込んでくるなんて……」
ヘルガはほとほと困った風に嘆息して、頭を抱えた。
「娘が落ちた学校に、援助している孤児院の子が合格するなんて……男爵夫人にしてみれば、まさに渡りに船というわけね。断るのは簡単だけど、うかつなことはできないわ。マントウィック男爵は、孤児院に多額の寄付をして下さっている、大切な方よ。諦めていただくにしても、穏便にすまさないと……」
「あの、サリエリはなんて……?」
「それが、まだなの。喜んでいるあの子には、とても言い出せなくて……サリエリは悲しむでしょうね……半ば諦めていたのを、デムターさんが後見人になって下さったおかげで入学できることになったのよ。それがまた駄目になるかもしれないなんて知ったら……」
項垂れるヘルガを見て、ノラは男爵夫人に憤慨した。娘を良い学校に入れたいばかりに、弱い立場の人を脅迫するなんて!
「男爵夫人は、いつまで町にいる予定なんですか?」
「さあ……一週間か二週間か……あの大荷物を見る限り、こちらが承諾するまで粘る気のようよ。デムターさんも説得して下さるそうだけど、どうなるか……」
「…………」
「今夜話し合いに行ってくるわ。あなたも幸運を祈っていてちょうだい」
ノラはヘルガと別れて帰宅した。
午後になり、アベルとマルキオーレが家に遊びに来た。
「そんなのずるいよ。頑張った子供達に失礼だよ!」
男爵夫人の企みを暴露すると、アベルは一緒になって怒ってくれた。
「でしょ?だからね、マントウィック男爵夫人を、追い返そうと思うの」
ノラがはりきって提案して、アベルとマルキオーレは目を丸くした。
「ええ?どうやって?」
「それをこれから考えるのよ。サリエリに借りを返すチャンスじゃない!マルクだって、このままじゃいやでしょ?」
ノラがたずねると、マルキオーレは難しい顔で考え込んだ。
「……よし……やろう!俺達で、男爵夫人を追い返そう!」
「そうこなくちゃ!……心配かけるといけないから、クリフには秘密ね」
善は急げということで、ノラとアベルとマルキオーレの3人は、サリエリの意思を確認するため、孤児院へ向かった。
「フランシス、そこが終わったら子供達を見てきて。シンシア、食器は見つかったの?なに?テーブルクロスに染み?花でも飾って隠しなさいよ」
孤児院では、タリスン院長先生の指示のもと、男爵夫人を迎える準備が着々と進んでいた。3人は建物の周りの森の中を通って、サリエリを捜した。
サリエリは建物の裏手で、自分の体の倍以上もありそうな大きな脚立を、たった1人で運んでいた。
「今よ!」
ノラとアベルとマルキオーレの3人は、サリエリが近付いたところを見計らって、茂みから飛び出した。
「!?」
脚立をかついでいたせいもあり、不意打ちを食らったサリエリは、あっさりと周りを取り囲まれた。ノラとアベルとマルキオーレは、逃げ場を失ってうろたえるサリエリを、じりじりと壁際に追いつめた。
「あんた、国立魔学校に行きたい?」
冷や汗をかくサリエリに向かって、ノラは出し抜けにたずねた。
「???」
「良いから答えなさい。行きたいかって聞いてるの」
ノラは偉そうに命令した。サリエリは激しく困惑しながら、うん、と首を縦に振った。
ノラとアベルとマルキオーレの3人は、『よし』と頷き合うと、速やかに撤収した。後には目を白黒させて首を傾げるサリエリが残された。
「次は偵察よ。まずは敵の情報を集めなくちゃ」
孤児院を出ると、3人はノラの号令で、今度はお屋敷へ向かった。
ノラ達がお屋敷に到着すると、そこには思わぬ先客がいた。
「私達、レーチェお嬢様の遊び相手に選ばれたの。上品でお行儀の良い子でないと務まらない役よ」
「ジノやエレオノーレだっているのに、どうして私達なのかしらね?ちゃんとやれるか不安だわ」
シルビアとカレンは門扉のところにノラを見つけると、わざわざ近寄ってきて、『お屋敷にきた理由』を、自慢たらしく説明した。べつに聞いてないと思ったノラだったが、ややこしくなるので、喉もとまで出かかった嫌味は飲み込んだ。
「それじゃあ私達、仕事がありますので。ごめんあそばせ」
シルビアとカレンは満足すると、しゃなりしゃなりと歩き去った。
「なんだあ?あれ……」
「見ればわかるでしょ。貴婦人ごっこよ」
2人に続いてお屋敷に入って行くと、階段の前で男爵夫人の御者に出くわした。
「こんにちは」
「やあ、こんにちは。君たちは学校の子だね?」
御者は愛想よく挨拶を返すと、腰をかがめてノラの顔を覗き込んだ。
「そうよ。私、ノラっていうの。おじさんは?」
「俺はリッキー・カールソン。ヴォロニエから奥様にくっ付いてきたんだ。御者ってわかるかい?」
「馬車を操る人でしょ。そのくらい知ってるわよ」
ノラはつんとして答えた。
「ノラは学校一の秀才なんだよ。ノラより物知りな子は、この町にはいないよ」
アベルが紹介すると、ノラはえへんと胸を張り、御者のリッキーはへぇ!と感心した。
「そりゃすごい。なら、奥様の勘もあながち外れちゃいなかったんだな」
「そうでもないわ。サリエリは私よりずっと賢いの。あの国立魔学校に合格したのよ」
サリエリを褒めそやすノラを見て、アベルとマルキオーレは顔を見合わせた。
「それなら知ってるよ。うちのレーチェお嬢様も、同じ試験を受けなさったからね」
「そうなの?そんなら、すごくお利口なのね!」
リッキーはからからと笑った。
「まさか!俺が言いたかったのは、同じ試験を受けたってことだけさ」
「?どういう意味?」
「試験を受けるだけなら、誰にでもできるって意味。ここだけの話、レーチェお嬢様は、簡単なお釣りの計算も出来ないんだ」
今度はノラとアベルとマルキオーレの3人が顔を見合わせた。
「国立魔学校の試験は、奥様が受けさせたのさ。男爵家にはもう1人、今年16歳になられる男の子がいらっしゃるんだが、病弱な方でね。その看病にかかりきりで、レーチェお嬢様のことは、乳母や家庭教師達にみんな任せているんだ。家庭教師達がレーチェお嬢様を怖がって嘘を付くので、奥様はレーチェお嬢様のことを、天才だと思っているんだよ」
リッキーは呆れ返って言った。
「奥様が見ていないのを良いことに、レーチェお嬢様はやりたい放題さ」
「へぇー……」
4人がおしゃべりしていると、玄関から入ってきた背の高い従者が、仕事をさぼっているリッキーを見咎めて、つかつかと歩み寄ってきた。
「リッキー!なに無駄口叩いている!仕事に戻れ!」
背の高い従者は、青白い顔を赤らめて怒鳴った。リッキーは口を尖らせた。
「ひと段落して、ちょっと休憩していただけじゃないか。それになぜ俺がお前に指図されにゃならない」
リッキーが口答えすると、背の高い従者は尖ったまぶたをいっそう鋭く、険しくした。
「……帰ったらベルモンド様に報告してやるから、そのつもりでいろ!」
従者は1つ脅して、荒々しく階段を上って行った。
「……あいつ、このあいだ見習いから従者に昇格したばかりなんだぜ。あの上下、前のやつのお下がりなんだ」
リッキーは従者の背中を指差して囁いた。
「さっきの話、くれぐれも内緒にしてくれな。奥様に知られたら本当にくびになっちまう」
リッキーは急めいて仕事に戻って行った。