貴婦人の来訪
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翌日の金曜日には、良いことがあった。マルキオーレが、22日ぶりに学校に登校してきたのだ。
ガブリエラやヘルガはもちろん喜んだが、クラスメート達の反応は様々だった。
『立たされ組』のベン・ウォルソンは、戻ってきた同志を歓迎した。ショーン・カートライトは、ノラと仲違いする原因を作り出したマルキオーレを恨み、頑なな態度をつらぬいた。正義感の強いジノ・シャルディニは、責めるような眼でマルキオーレをにらんだ。ヨハンナ・カレーラスは、興味がなさそうだった。
「良くやったわマルキオーレ。その調子でどんどんアタックなさい」
「私たち、あなたを応援するわ。協力できることがあれば遠慮なく言ってね」
大半の女の子達……クリフォードの心を我が物にしようと企む女の子達は、マルキオーレの頑張りを称え、激励した。
「なるほど。そうなるのねぇ……」
シルビアに指導を受けているマルキオーレを見て、ノラは一人納得した。指導内容はもちろん『女の子と仲良くなる方法』だ。マルキオーレはちょっぴり迷惑そうだった。
「…………」
サリエリは……いつも通りだ。マルキオーレの心情を思うと、そっとしておくのが一番良い気がした。
「ねぇ、そういえば昨日は3人で教会に泊まったんでしょ?」
休み時間、ノラはアベルにたずねた。
「うん。客間じゃ狭いからって、神父様が礼拝堂を貸してくれたんだ。ドキドキして眠れなかったよ」
「良いなあ。良いなあ。私も行きたかったなあ」
ノラは心の底から羨ましがった。
「夏になったら4人でキャンプをしよう」
「うん!」
勉強嫌いな子供たちが、待ちに待った3時間目。
ガブリエラとヘルガは手分けして、遠足気分の子供達を馬車に乗せた。馬車には、サインツとオーボー校長先生も乗り込んだ。
一行が町の入口に到着すると、生徒達はガブリエラの手で、道の脇に一列に並ばされた。背の順に並ばされたおかげで、ノラとサリエリは隣どうしだった。
「いらしたわ!」
15分も経った頃。今か今かと首を長くして待っていたガブリエラ先生が、道の先に黒い点を見つけ、興奮したように叫んだ。
「ベン、シャツが出てるわ。エドワードも襟を直して」
急に落ち着きがなくなったガブリエラは、子供達の服装や髪形をチェックし、指図した。
「みなさん、姿勢を正して、お行儀よくするのよ。……シルビア、準備は良い?」
「はい、先生」
シルビアは意気込んで頷いた。よそ行きの上等なドレスを着た彼女の胸には、大きな花束が抱えられていた。
浮足立つガブリエラとは反対に、ヘルガとオーボー校長先生は浮かない顔をしていた。
ノラが見つめていると、最初豆粒ほどだった黒い影は、だんだんと近づいてきて、立派な黒塗りの箱馬車になった。
箱馬車は2台でやってきて、生徒達の前で停まった。1台はお仕着せのロングコートを着込んだ御者が、もう1台は同じくお仕着せの―――暗褐色のウールの上着に、同色のベスト。豪華なドレスシャツの胸元には、絹のスカーフを巻いていた―――背の高い従者が手綱を握っていた。どちらも若かったが、背の高い従者は顔色が悪かった。
御者台を飛び降りた背の高い従者が、前の馬車の扉を開けると、中からほっそりした、美しい女性が出てきた。
「ようこそいらっしゃいました。マントウィック男爵夫人」
緊張した面持ちのシルビアが、女性に……男爵夫人に近付いて行き、抱えていた花束を手渡した。
「どうもありがとう。まあ、綺麗なお花」
男爵夫人はにっこり微笑んで、シルビアから花束を受け取った。得意になったシルビアは、つんと澄まして列に戻った。
「みなさんも、どうもありがとう。デムター・オシュレントン氏はどちら?主人から仕事の手紙を預かってまいりましたの」
「屋敷でお出迎えの準備をしております。長旅でさぞお疲れでしょう。さっそくご案内いたします」
「よろしくお願いします。ええと……」
「私はこの町で幼年学校の校長をしております、ニコラス・オーボーと申します」
オーボー校長先生は丁寧に自己紹介をした。
「まあ、校長先生でしたの。自慢の学校をぜひ1度見学させて下さいな。私にも娘がおりますのよ。子供の教育に付いて、いろいろ教えていただきたいわ」
「もちろん、喜んで」
オーボー校長先生は、快く引き受けた。
「さっそくなのですが、校長先生。この中にサリエリという子はいるかしら?」
男爵夫人がたずね、子供達は顔を見合わせた。
「ああ、それでしたら……」
「やっぱりお待ちになって。私が当ててみせますわ」
男爵夫人は答えようとしたオーボー校長先生の言葉をさえぎって、子供達1人1人の顔をじっくりと見て回った。
「マリアと言うのだから、女の子よね?あなた……じゃないわ。あなたでもない」
「…………」
「……わかった。あなたね!そうでしょう?」
ゆっくりと歩いてきた男爵夫人は、ノラの前でパンッ!と両手を打ち合わせた。ノラはむっつりした。そりゃあ、他の子に比べりゃ、ノラの洋服はぼろだけど……
「サリエリはこっち」
ノラは隣のサリエリを肘で小突いた。ガブリエラははらはらした。
「あなたが?……まあ本当、良く見ればかわいいお顔……」
「こいつ、男の子」
「…………」
男爵夫人はじろりとノラをにらんだ。ノラが知らん顔すると、見かねたガブリエラが、すーっとノラの後ろにやってきて、ノラの口を両手でふさいだ。もがもが。
「この子はジャンマリアというのです。マントウィック男爵様に支援していただいている、孤児院の子供です。この子がなにか?」
オーボー校長先生が不安そうにたずねた。
「いいえ、べつに、なんでもありませんわ」
男爵夫人は身をかがめて、サリエリの顔を覗き込んだ。サリエリはどきりとして、一歩後退った。
「こんにちはジャンマリア。学校は楽しい?お勉強は頑張ってる?」
サリエリはおっかなびっくり頷いた。
「そう。後で孤児院にもお邪魔するから、その時は院内を案内してもらえるかしら?」
「……?」
「あなたに案内してほしいのよ」
男爵夫人は懇願した。サリエリは少し考えて、うん、と頷いた。男爵夫人はサリエリの返答に気を良くして、彼の頬をよしよしと撫でた。サリエリは全身を緊張させ、目をきょときょとさせた。
「マントウィック男爵夫人……」
男爵夫人の前に、浮かない顔のヘルガが進み出た。男爵夫人はサリエリの頬から手を放して、ゆっくりと身を起こした。
「ヴォロニエから、はるばる7日もかけてまいりましたのよ。あなたは歓迎して下さらないの?」
男爵夫人はヘルガに、残念そうな声色でたずねた。
「そのようなことは……ようこそお越し下さいました。私も、男爵夫人とは直接お話ししなければと思っておりました」
「……それは良かったわ。今晩、お酒でも飲みながらお話しましょう」
男爵夫人は、オーボー校長先生の案内でお屋敷に向かった。
男爵夫人の馬車が去って行くと、子供達はたちまち騒ぎはじめた。
「綺麗な方だなあ。同じ人間とは思えないよ」
熱に浮かされたように呟いたのは、年長のジャック・フォローズ。
「近くを通った時、すごく良い匂いがしたよ」
ジャン・ピッコリはほっぺをりんごの実のように赤くし……
「あれが貴婦人というものよ」
「やっぱり本物は違うわあ」
シルビアとカレンは知ったかぶった。
「男爵夫人は、あんたになんの用よ?」
ガブリエラの拘束から解放されたノラは、サリエリにたずねた。サリエリは、さあ?と首をかしげて見せた。