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ノラとパン焼き窯の悪魔  作者: kaoru
小さな町の大事件
40/91

事件解決

著作権は放棄しておりません。

無断転載禁止・二次創作禁止

 ノラとガブリエラは、さっそく行動を開始した。

 家の前では母が、靴底で地面を叩いてノラの帰りを待っていた。母はノラの隣にガブリエラの姿を見つけると、顔色を変えた。

「ガブリエラ先生!うちの子をこんな夜遅くまで連れ回して、どういうおつもり!?」

 母はガブリエラに食ってかかった。

「申し訳ありません奥様。奥様と少しお話をさせていただきたくて、ノラに連れてきてもらったんです」

 頭から角を生やした母に、ガブリエラは丁寧な口調で言った。

「今頃話ですって?あれから何日経つと思っていらっしゃるの?」

 しらじらしい!と、母は舌打ちした。

「話など必要ありません。私はあなたの無礼を許すつもりはありません。お友達と喧嘩をして傷付いている子供を慰めるどころか、罰を与えるなんて、真っ当な教師のすることではないわ」

「教室に立たせただけですわ。ノラだけ特別ということはありません。みんな一度は経験しています。奥様にだって覚えがおありでしょう?」

「ありません!……先生はみんなと仰いますがね、うちの娘を他の子と一緒にしてもらっては困ります!この子は私に似て、とっても傷付きやすいんです!」

 母が声を大にして主張すると、ガブリエラは横目でじろりとノラをにらんだ。いや本当、申し訳ない。

「失礼ですが奥様。これほど懲りな……いえ、めげない子もいないかと……」

「お黙りなさい!」

 母はいっそう顔を赤らめて激昂した。ノラははらはらした。

「お屋敷から指輪を盗んだ犯人は、例の男の子だそうじゃありませんか!それ見なさい!もともと問題がある子だったのよ!それをうちの子ばかり悪者にして……!」

「お、お母さん、止めて……」

「私が思った通りよ!今後は孤児と普通の子供の教育は、きっちりと分けるべきね!うまく行くはずがないんだから!」

「止めて、もう止めてお母さん」

「孤児なんて、大人しそうな顔をしていても、なにを考えているかわからないわ!新聞には毎日のように、孤児が起こした悪質な事件が載っているわ。あのサリエリという男の子だって、本性をあらわしたというだけのことよ!」

「っ……や、止めて!止めてよ!」

 我慢ならなくなったノラは、、母の声をかき消すように、その何倍もの声量で叫んだ。

「ノラ、なんなの?急に大きな声を出して。あなたは黙って……」

「黙るのはお母さんの方よ!お母さんなんか、サリエリのこと、なんにも知らないくせに!」

 ノラが口答えすると、母は面喰って閉口した。

「あいつは嫌なやつだけど、どろぼうなんてしてないわ……!」

「…………」

「お母さん、なんにもわかってない!ガブリエラ先生にいじめられたなんて嘘なの!叱られて腹が立ったから、腹いせのつもりだったの!サリエリをぶったのだって、試験に落ちて悔しかったからよ!」

 ノラは母の、鳩が豆鉄砲を食ったような驚き顔に向かって捲くし立てた。

「ノラ、それ以上は………」

 頭に血が上ったノラに、ガブリエラの制止の声は届かなかった。

「良く知りもしないのに、どうしてそんな酷いことが言えるの!?……私、お母さんが恥ずかしい!」

 ノラは感情の赴くままに喚き散らした。言いたいだけ言って冷静になったノラは、母の傷付いた顔を見てはっとした。

「……奥様、とにかく中でお話を………」

「…………」

 石のようにかちこちに固まった母は、ガブリエラにうながされてふらふらと家の中に入って行った。

 入れ替わりでオリオが玄関から出てきた。

「ノラ、こんな遅くまでなにやってたんだい?お母さんが心配していたんだよ」

「うっ……」

「?……ノラ?」

「……ええええんっ……!」

 ノラがとつぜん泣き出して、オリオは仰天した。オリオはあの手この手でなだめようとしたが、ノラは意地になって泣き続けた。

 ガブリエラから真相を聞いた母は、直ぐさまノラをお屋敷へ連れて行った。馬車に揺られている間中、母はノラの方を一度も見ようとしなかった。

「これは奥さん。ちょうどこれからうかがおうとしていたところです」

 ノラと母とガブリエラの三人がお屋敷に到着すると、大きな玄関の前で、デムターさんとはち合わせた。

「ノラ……本当にすまなかった。息子の無二の友人を疑うなんて、どうかしていたよ」

 デムターさんはノラに近づいてくると、先手必勝とばかりに謝罪した。

「デムターさん、よして下さいな。娘はまだ昨日のショックから立ち直れていないんです」

 ノラが答えられずにいると、母がノラの代わりに言った。

「奥さん……あなたにも本当に申し訳ないことをした。今朝うちの若いのに片付け行かせたんですが……」

「必要ありませんわ。ご近所の方々に手伝っていただきましたから」

「はぁ……奥さん、そう意固地にならずに聞いて下さい。私だって最初は、まさかそんなと思いましたよ。でも目撃者の女の子は、犯人はノラで間違いないと言うし、昨日の昼間に会った時、なにか隠している風だったのを思い出して、てっきり……」

 デムターさんはもごもごと言い訳した。

「ノラだって、違うなら違うと、はっきり言えば良かったんだ。今回のことは、不運な事故ですよ。そうでしょう?私だってれっきとした被害者なんですから。最初から真犯人が別にいると知っていたら、あんな馬鹿なこと……」

 必死に弁解するデムターさんは、食べる時も寝る時も身にまとっている威厳のマントを、すっかり脱ぎ棄てていた。

「なにもかも、あの手癖の悪い小僧のせいなんだ。あの小僧が私の指輪を盗まなけりゃ、こんなことにはならなかったんですよ」

 真実を知ったとき、彼がどんな顔をするのかと思うと、ノラは居た堪れない気分になった。

「かわいそうに。せがれは同級生が犯人だったことがよほどショックだったようで、部屋でふせっております」

 デムターさんの口からマルキオーレの話が持ち出されると、黙って話を聞いていたガブリエラが口を開いた。

「デムターさん、その件について、お話があります」

 ガブリエラが切り出すと、デムターさんはすっとまぶたを細めて、険しい顔を作った。

「私も先生とは一度、お話ししなければと思っていたところです。サリエリは、あなたが特別に目をかけている生徒だそうですね?足しげく孤児院に通っていると聞きました。あまりに熱心で、保護者から苦情がくるほどなんだとか……」

「苦情なんて……サリエリは難しい環境の子です。生徒達にも理解を得ています」

「そうでしょうか?保護者の間では評判ですよ。ガブリエラ先生は、親のない子を捕まえて、自分の子のようにかわいがっているとね。失礼ですが、そろそろ職を辞された方がよろしいのでは?恋人でも作って、ご自分の幸せを考えたらいかがですかな?日常が満たされていないから、他人の子で寂しさを埋めようなどと考えるのでしょう」

 かっ!と、ガブリエラの頬が羞恥に染まった。デムターさんは勝利を確信し、にやっと口角を持ち上げた。

「憐れな身の上だからこそ、社会のルールを叩きこんでやるべきだったのです。今回の件は、あなたがサリエリを甘やかし過ぎたのが原因ですよ。……やはり女は教壇に立つべきではないんだ。教育ってものを、まるでわかってないんだから」

 デムターさんは気持ち良く弁舌をふるった。

「デムターさん。それ以上なにも仰らない方が、ご自身のためですわよ」

 母が一文字に引き結んでいた口を開いた。デムターさんは、やれやれと首を振った。

「はあ……奥さん……奥さんは、なにを偉そうにとお思いでしょうな。私は子供の話を鵜呑みにして、大事なお嬢さんを傷つけてしまった。その件に関しては、申し開きのしようもない」

「…………」

「しかし、私はあえて言わせてもらいますよ。こうなってしまった今、サリエリの更生はこの町の……いや、もはや私の使命です。私だって子供を痛めつけるのは忍びない。しかし我々大人には、自分の手を痛めてでも、子供を殴らなきゃならない時があるんだ」

 胸を張って、断固として言い切ったデムターさんを、母はひややかな目で見つめた。

「……今の言葉、くれぐれも忘れないで下さいね」

 母はノラをデムターさんの前に押し出した。ノラの首筋は緊張で真っ赤になった。

「ゆ、指輪を持ち出したのは……」

 ノラは蚊の鳴くような声で切り出した。

「……マルキオーレです……」

「な、なんだって!?」

「本当なんです……!最初、マルクは指輪を綱引き相撲の賞品だと言って、私にくれたんです。ダンスパーティの夜です……」

 ノラはしどろもどろに説明した。

「私、綱引き相撲の優勝者がヒューゴだって聞いて、直ぐに気付きました。サリエリは、私が指輪を持っているのを知って、デムターさんに返そうとしたんです……」

「……嘘だ……!そんなはずはない!」

 デムターさんは、唇をわなわなさせた。

「せがれには何度も確認したんだ!それに、サリエリは確かに自分がやったと……!」

「それは!……私をかばったんです……」

 デムターさんは混乱して、おろおろと視線をさまよわせた。

「し、しかし……それならなぜ早く言わなかったんだ!?なぜ今まで隠していたんだ!おかしいだろう!?ノラ、君にもなにか後ろめたいことが……!」

「……デムターさん、おわかりにならないんですか?」

「なに?」

「うちの娘は、お宅の息子さんをかばっていたんです」

「…………」

「こうなったのは、早く真実を打ち明けなかった娘の責任でもあります。しかし、これ以上うちの娘を侮辱するというなら、今度は事故じゃ済まされませんわ」

 それからしばらく、デムターさんと母は無言でにらみ合った。先に視線をそらしたのは、デムターさんの方だった。

「マルキオーレを呼んでこい……」

 デムターさんは、様子をうかがっていたお手伝いのスチュアートに、マルキオーレを呼びに行かせた。

「坊ちゃんは部屋にはいらっしゃいません」

 スチュアートは、しばらくすると戻ってきて、デムターさんに告げた。

「なに?いない?」

「たぶん裏口から外に出たのかと……」

 デムターさんは絶句した。

「……クローゼットを見てみたんですが、洋服と旅行鞄がなくなってます……」

 青ざめるデムターさんに、スチュアートは言い難そうに告げた。

「……どうやら決まりのようね。手分けしてマルキオーレを探しましょう。こんな夜遅くに、子供が一人では危ないわ」

「その必要はない」

 声がした方を振り返ると、灰色の髪をぼさぼさにしたサインツと、大きな旅行鞄を抱えたマルキオーレが立っていた。

「ダニエルの馬車の中で見つけた。荷物に紛れて町を出ようとしていたようだ」

 マルキオーレは逃げられないよう、サインツにがっちりと首根っこを掴まれていた。マルキオーレの赤ら顔は、涙と鼻水でびちょびちょに汚れていた。

 デムターさんはふらふらした足取りでマルキオーレに近付いた。

「うそだろう?せがれ……うそだと言っておくれ……やってないって言ったよな?死んだ母さんに、誓ったよな?」

「…………」

「マルキオーレっ!!」

 鼓膜を突き破るようなデムターさんの怒声に、マルキオーレの身体がびくりと跳ねた。まぶたからは大粒の涙がこぼれ、唇からは嗚咽が漏れた。

 一緒になって縮み上がるノラの肩を、サインツの大きな手がぽんっと叩いた。サインツのシャツはあちこち汚れていた。

「……デムターさん。先ほど仰いましたよね?我々大人には、自分の手を痛めてでも子供を殴らなければならない時があると……」

「お、奥さん………」

「うちの娘は憲兵詰所に連れて行きます。……それで良いわねノラ?」

 母の決断に、ノラはしっかりと頷いた。

「先程の言葉がうそでないのなら、どうぞ、マルキオーレにも彼と同じ罰を」

 母の言葉の意味を悟ったデムターさんは、青い顔をいっそう青くした。

 鞭打ちなんて厳しすぎると思ったノラだったが、同じ罰を受けたサリエリのことを思うと、庇えなかった。

 ノラはちらりと、マルキオーレの方を見やった。情けない泣きっ面に、ノラの胸は後悔と罪悪感でいっぱいになった。

「も、申し訳ありませんでした……!」

 デムターさんは、膝と両手を土の地面に付けた。

「うちの馬鹿息子が、本当に、本当に、申し訳ない!」

「…………」

「マルク!お前も謝れ!ちゃんと謝るんだ!!」

 デムターさんはマルキオーレの腕を引っ張って自分と同じように座らせると、その頭をぐいっと地面に押しつけた。

「マルク!さあ謝れ!早くしないか!」

「……ず、ずびばぜんでちた……」




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