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ノラとパン焼き窯の悪魔  作者: kaoru
小さな町の大事件
36/91

窮地のノラ2

著作権は放棄しておりません。

無断転載禁止・二次創作禁止

 デムターさんが出て行ったのは、ちょうど1時間目の授業が終わる時刻だった。休み時間になると、サリエリが慌てた様子で教室から飛び出していった。ノラも後を追いかけようとしたが、それよりも早く、心配したアベルが駆け寄ってきた。

「ノラ、大丈夫?怖かったね」

「う、うん……」

「デムターさんは誤解してるんだよ。気にすることないよ。直ぐに本物の犯人が捕まるよ」

 アベルの優しい言葉に、こちこちに固まっていたノラの心は震えた。

「あのねアベル、私……」

「いったいどんなトリックを使ったのよ!」

 ノラがアベルに真実を打ち明けようとすると、シルビアが近寄ってきた。

「言いがかりはやめろよ、シルビア!」

 アベルはノラを守ろうと、シルビアに食ってかかった。

「言いがかりですって!?……私は確かに見たのよ!ノラが床に落ちた指輪を拾って、ポケットに入れるところをね!……私だけじゃないわ!あの子も見たはずよ!」

 シルビアは言いながら、用を終えて教室に戻ってきたサリエリを指した。

「ねぇ、あなたも見たわよね?ノラが指輪をポケットに隠すのを!」

 シルビアはサリエリに詰め寄った。みんなの注目が2人に集まり、ノラは唇を噛んだ。

「どうなんだ?サリエリ」

 年長のジャック・フォローズがサリエリにたずねた。みんなが見ている中、サリエリは目をぱちくりさせて、首を左右に振った。

「ほら、やっぱりシルビアの勘違いだ」

 アベルが勝ち誇り、クラスメート達はたちまち興味を失った。シルビアとノラは事あるごとに衝突するので、いつもの意地の張り合いだと思われたのだ。

 シルビアは悔しそうに歯軋りをした。

「見てらっしゃい。必ずあなたが犯人だという証拠をつかんでみせるわ!」

 次の授業時間中、ノラは机に向かうサリエリの背中を見つめていた。

(どうして……?)

 サリエリはあの時確かに、床の上を転がる指輪を見て、驚いていた。気付いていないはずはない。もしかして、ノラを庇ってくれた……?

(まさか……)

 そんなはずない。あの子は友達じゃない。

「…………」

 やはり、全部ノラの勘違いだ。サリエリは指輪を持っていなかった。だとすれば、信じ難いことだが、気付かないうちにどこかへ落としたのだ。放課後にもう1度、教室の床を探してみよう。

「ノラ・リッピー。心ここに在らずだな。やる気がないなら出て行きなさい」

 よそ見をするノラを、サインツはいつもの調子で、淡々と注意した。

 サインツの説教を聞き流して、ノラは自分の不運を嘆いた。

 ああ、どうしてこんな日にクリフォードは欠席なんだろう!彼ならば、誰も傷付けずに全てを丸く収める魔法を知っているに違いないのに!

 放課後、ノラは指輪を探そうとしたが、シルビアとカレンがノラの悪事を暴いてやろうと見張っていたので、諦めた。彼女達はこれから、指輪がどこかに隠されていないか、教室中をひっくり返すつもりだ。

 ノラは仕方なく学校を出て、クリフォードの家へ向かった。彼ならば、きっと良い知恵を貸してくれるに違いない。

 クリフォードの家には誰もおらず、ノラはしょんぼりと肩を落とした。

「今朝早く、弁当を持って出かけて行ったよ。西の森の方まで行くって言ってたな」

「そうなの……」

「あの夫婦はこのところ、ぶつかってばかりだったからな。仲直りするつもりなんだろう。良かった、良かった」

 クリフォードの家の隣(と言っても、歩いて5分はかかるが)に住んでいる鍛冶屋のヨーハン・ギルデンは、上機嫌で言った。

 ノラは諦めて帰路についた。

 ノラがとぼとぼと歩いていると、学校の前の道で、ショーン・カートライトに出くわした。ショーンはノラと目が合うと、不快そうに眉を寄せて、すっと視線をそらした。

「待って!ショーン……!」

 ノラは慌てて、無視して通り過ぎようとしたショーンを呼び止めた。

「誤解よ!私、泥棒なんてしてないわ……!」

「…………」

「お願い……信じて……」

 ノラは訴えたが、ショーンはノラの制止を振り切って行ってしまった。

(ショーンっ……)

 誤解しているとはいえ、彼の冷たい態度に、ノラは傷つき、涙した。

 泣きながら歩き続けて、午後3時頃家に帰りつくと、玄関の前でデムターさんと母が言い争いをしていた。デムターさんの隣には、シルビアの父で、ノラの父の同僚のアヒム・グッドマン。その後ろには、憲兵で巨漢のダミアン・マスグレイブが控えていた。

 とてもじゃないが出て行く勇気などなく、ノラはパン焼き窯の陰に隠れて、様子をうかがった。

「なんと仰られても家にあげるつもりはございません!お帰り下さい!」

「奥さん、そうかっかしないで下さいよ」

 いきり立つ母を、ダミアンがなだめた。

「これがかっかしないでいられますか!他人の娘を証拠もないのに泥棒呼ばわりして……こんなことが許されると思っているの!?」

「ベスタ、あんたの娘が私の指輪を持っているのを見たって子がいるんだ」

 デムターさんはいらいらと言った。

「うちの子はそんなことしません!」

「ふんっ、どうだかわからんね。頭の良い子って言うのは、油断がならないもんだ。特にノラのようなずる賢い子はね」

「……お金持ちの口って言うのは、こうも軽薄かしらね!これ以上娘を侮辱したら許さないわよ!」

 2人の言い争いをもっと良く聞き取ろうと、身を乗り出したその時だ。油断したノラは、ふと振り返ったアヒム・グッドマンに見つかった。

「ノラが帰ってきた!……そこ!そこだ!」

 アヒム・グッドマンはノラを指して、宝探しでクッキーを見つけた子供のようにはしゃいだ。

「ノラ!今までどこに行っていた!?」

 頭に角を生やしたデムターさんは、ノラを捕まえようと近寄ってきた。

「見ろ!隠れるなんて、やましいことがある証拠だ!」

 アヒムは母に向かって主張した。

「白状するんだ!さもなければ君の父親が仕事を失うことになるぞ!さあ!指輪を出せ!……出せー!」

 デムターさんは唾を飛ばしてノラを怒鳴り付けた。とても隠してはおけない!真実を打ち明けようとしたノラだったが、口を開こうとすると、脳裏にマルキオーレの怯えきった顔がちらついた。

「…………」

 告げ口したりしたら、マルキオーレは絶対にノラを許さないだろう。2度と口を利いてもらえないかもしれない。

「口を割らないつもりか!?そんなにこの町を出て行きたいか!?」

 デムターさんはノラの肩をつかんで、がくがくと揺さぶった。ノラはたまらず、声を上げて泣き出した。

「放して!その手を放しなさい!」

 母が駆けつけてきて、デムターさんの手からノラを救い出した。母はノラの腕を引いて玄関に連れて行くと、自分の身体ごと家の中に押し込んだ。

「待つんだベスタ!そっちがその気なら、私にだって考えがあるぞ!!……女じゃ話にならん。アヒム!エドモンを連れて来い!」

 母はドアにかんぬきをかけると、家中のカーテンを閉めた。

「デムターのやつ、許せないわ!」

 母はノラのことはそっちのけで階段の周りをぐるぐると歩きまわり、時々カーテンの隙間から外を覗いた。

 それから小1時間ほどして、玄関のドアがノックされた。

『俺だよ!開けてくれよ!』

 オリオだった。母は注意深くかんぬきを外してやった。

「ノラ!」

「オ、オリオ……!」

 ノラはオリオの腰に飛び付いた。オリオはノラを抱き上げ、よしよしと背中をさすった。

「銀行の用事で町役場にいたら、アヒム・グッドマンが飛び込んできたんだ。指輪泥棒の犯人はノラだなんて言うもんだから、慌てて父さんと一緒に帰ってきたんだよ」

 オリオの話を聞いた母は、がりっと爪を噛んだ。グッドマンの人達は、町中駆けまわって吹聴して回るだろう。

「……それで、お父さんは?」

「今、外でデムターさんと話してる」

 3人は、父が話し合いを終えて家に入ってくるのを待った。

「ここからじゃあ、外の様子が見えないわ。ちょっと2階に行って見てくるから。2人とも家から出るんじゃありませんよ」

 相変わらず階段の周りをぐるぐると回っていた母は、しびれを切らして2階へ上がって行った。

「そんな顔するなよ。こんなの、いつものことだろ?ガブリエラ先生に悪戯した時なんて、1ヶ月も教会に通わされたじゃないか」

 オリオは、膝の上で不安そうにしているノラを、そう言って励ました。

「大丈夫。もしもの時はお兄ちゃんが一緒に牢屋に入ってやるよ」

「…………」

「……ずいぶん静かだな」

 オリオが、ちょっと外の様子を見てやろうと、窓辺に寄ったその時だ。

わああ―――っ!

 窓の外からたくさんの人の喚声が響いてきて、ノラとオリオは顔を見合わせた。

「なんだあ?」

カーテンを開いて外の様子を確認しようとすると、2階から慌ただしく母がおりてきた。

「ノラ!オリオ!ちょっといらっしゃい!」

 ノラとオリオは、興奮した母に急かされ2階へ上がった。階段を上るにつれ、わーわーと騒がしい声は大きくなった。

 開け放たれた窓から外を見るようにうながされた2人は、恐る恐る顔を出すと、目下に広がる光景に目を瞬いた。

「しびれを切らしたデムターさんが、無理やり家に押し入ろうとしたのよ。そしたらお隣の奥さんが、デムターさんに向かって水をぶちまけたの。デムターさんが泥団子を投げ返して、怒ったカシマにランベル夫人が加勢して……そこからはもう、なにがなにやらって感じよ」

 目下では噂を聞き付けて集まってきた大人達が、家の前の道を挟んで一心不乱に泥団子を投げ合っていた。

「それ行けー!ノラを守れー!」

「もっと腕を上げろー!女に負けたら恥だぞー!」

 道のこちら側の指揮をとっているのは、母の宿敵のランベル夫人だ。デムターさんがいる向こう側の指揮をとっているのは、元軍人のジョナサン・ブロシャール。

「うわー……」

 見たところ、真剣にやっているのはほんの1部の人だけだ。みんなお祭り気分で、全身泥んこになりながら大いに笑っていた。

「ノラ、今のうちに支度なさい。お洋服と下着をこのバッグに詰めて」

 目を丸くするノラに、母がてきぱきと指示した。

「片が付くまで教会で預かってもらうの。神父様にはライラがお願いに行ってくれたわ」

「えっ……」

「しばらくはお家に帰れないかもしれないから、必要なものはみんな持って行くのよ。学校の道具と、タオルと……お母さんのクマちゃんも貸してあげるわ」

 母はリビングから、古びたクマを持ってきた。鼻が曲がったクマのぬいぐるみの正体を、ノラは知っていた。クマの裏地には、家族にもしものことがあったら使うようにと、へそくりが縫い付けてあり、時がきたらお腹を開いて取り出すのだ。今までも何度か持たされたことがある。

「神父様の言うことを良く聞いて、いい子にするのよ」

 荷物の準備が済むと、母はノラを裏口から逃がした。外は暗くて、ノラは急に心細くなった。独りぼっちになったノラの頼みの綱は、腕に付けたミライの腕輪だけだ。

(どうしてこんなことになっちゃったんだろう……)

 ノラの脳みそは、考えることを拒否していた。心身ともに疲れきっていた。



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